幕間 その2

修羅場! マッキーVSミーナ

 ぼくは病室のベッドの上でチキンカツサンドを頬張っていた。

「ゲフッ、ゲホッ、ゴホゴホッ」

 むせるぼくにマッキーが笑顔で缶コーヒーを渡す。

「ほら、慌てるから。チキンカツサンドは逃げないから落ち着いて」

 ぼくの背中をさすったり叩いてくれたりするマッキーには感謝しかない。


「はあ、はあ、死ぬかと思った」

「フフ、元気を出してもらうために本当はうなぎ弁当にするつもりだったんだけど。ここまできたらチキン料理にこだわるべきだから初志貫徹でチキンサンドにしたの。お味はどう?」

「チキンは特別好きなわけでもないけど、せっかくだから食レポ風に。えと、衣がサクサクしつつ香ばしいソースがかかっていてシットリと。主役の鶏肉はよく揚がっていて一口食べるとジューシーな肉汁があふれてくる。このチキンカツをはさんでいるパンも……。いやゴメン。ぼくには食レポの才能はないみたいだ」

 テレビに出る芸人の苦労がよくわかった。


「まあ、そっち方面は期待してないから気にしないで。本当に知りたいのは『燃えよヤイト拳! ~地獄の小学生~』の第二幕、『男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ』の下書きの感想。ケンはどう読んだ?」

 長くてつやのある黒髪、女優のように整った顔立ち、長身。

 松ぼっくり小学校屈指の美少女マッキーはオーバーテーブルの上にあるタブレットPCを指差し、ぼくに一歩近づいた。


「ぼくがケガしたところで終わっちゃうんだけど。続きは、というか結末は?」

「いい、ケンは強くなりすぎたの。物語の流れからいって舞台から退場するのがお約束」

「……? 言ってる意味がよくわからないな。もっとわかりやすくお願い」

 わからないことはわからないと正直に聞いた方がいい。


「圧倒的強者、特殊能力の持ち主、英雄と称せられるような人たち。彼らは普通の社会にとっては異物でしかない。そこで宇宙のバランスを保つために社会から異物は排除されるってわけ。何らかの力が働いてね。おわかり?」

「いや、まったく。もっと具体的にお願い」

「特撮ヒーロー番組を観たことはあるでしょう。最終回で役目を終えたヒーローは住み慣れた場所や仲間とお別れをするのがセオリー。その強すぎる力は平穏な社会では無用の長物どころか危険物でしかない」

 マッキーは一気にまくしたてるとベッド脇に置いてある椅子に座り缶コーヒーに口をつけた。

 こんだけ一生懸命に説明してくれたのに、ぼくはまだよく理解できなかった。


「つまり、ケンはケガをしてこのままフェードアウトさせてもいいし、親の仕事の関係で急に転校させてもいい。真の生まれ故郷であるヤイトせいからお迎えが来てもいいし、横断歩道で轢かれそうになる女の子をかばって代わりに犠牲になるのもアリ。さあ、どれにする?」

「……よりどりみどりで嬉しいよ」

 短く感想を述べて残りのチキンカツサンドを平らげた。


「で、感想はそれだけ? もっと聞かせて」

「1人の病弱な少年の栄光と挫折、恋とケンカ、成功と不満、孤独と友情。ぼくの平凡な日常をよくもまあドラマチックに展開できたもんだと感心はしている」

 褒めようがなかったので、無理やり適当に褒めるしかなかった。


「そうでしょう! 私の筆の上手さのおかげね。これでヤングライオン児童文学小説賞の受賞は間違いなし。ケン、いままでありがとう」

 意外にも右手を差し出してきたのでぼくも反射的に右手を出して握手をした。

 温かくて柔らかい手だった。

「受賞するといいね。心から応援しているよ」

 そう言うとマッキーは熱い瞳でぼくの目を見ながら強く握り返してきた。


「ところで、いよいよ明日退院なんでしょう」

「うん、来週からは登校できるよ。マッキーもありがとう。いい退屈しのぎになったよ」

「とうとうミーナもチューリンもお見舞いには一度も来なかったわね。権八っつあんだって一応は担任なのに。なんて薄情なのかしら」

「ミーナはぼくのケガに対して責任を感じているらしい。気にする必要なんてないのに。チューリンと権八っつあんはむしろお見舞いに来ないほうがいいや」

 本心からそう言った。


「ねえ、ミーナのことはどう思っているの? なぜかケンに懐いているけど。私から見ればあれはただのハシカ。おマセな女の子がかかる恋のハシカ。恋に恋しているだけの幼稚な恋愛ごっこ。ケンもまんざらじゃない感じだけど心からミーナが好きってわけじゃなさそう。だからこそ、初めて作品の感想を聞いた日に『恋愛なんてしたことはないからなぁ』なんてマヌケな発言をするのよ」

 マッキーに痛いところを突かれた。


 ミーナはアイドル顔でポニーテール。

 運動神経抜群で気さくなボクっ娘。

 そんな可愛い女の子がぼくなんかを好いてくれる。

 悪い気なんかするわけがない。

 そしてそのまんまズルズルと……。


「でも、邪険にはできないし情だってわいてくる。何より今の状態を楽しんでいるのはぼくなんだ」

 ぼくの言葉にマッキーは大きなため息をついて、

「悪かったわ、今の言葉は忘れてちょうだい。ケンはいずれイヤでもツケを払うから大きなお世話だったわね。私が本当に言いたかったのは……」

 マッキーは一呼吸置いてから話を続けた。


「退院する前に言わなくちゃいけないことがあるんだけど……。まあ、それは置いといて。もうすぐ秋のお祭りが始まるの。私の実家の賀原かばら神社でね。もし、すべてが平穏無事に終わるのなら、その、私と一緒にお祭りを……」

 しかしなぜか赤面しているマッキーは途中で口を閉じてしまった。


 いつの間にかミーナが病室の入り口に立っていて、ぼくと目が合うなり走って飛びついてきて強く抱きついてきたのだからさすがのマッキーもあ然となるのはしょうがない。


「もう、ボクのせいで嫌われたかと思ったから、お見舞いも怖くって行けなかったんだけど、ボク、やっぱりケンが好きっ!」

 半分泣きながら、絞り出すように声を出すミーナ。

「おお、よしよし。ミーナは悪くない。いい子いい子」

 ミーナの頭をナデナデしていたらようやく泣き止んだ。

 マッキーは般若の顔でぼくを睨んでいる。


「よう兄弟。来るのが遅れてすまねえ。なにせお彼岸が近いから家の手伝いで忙しくって……。なあ、もしかしてオレはお邪魔かな」

 今度はチューリンがお見舞いにやって来た。

 ぼくに抱きつくミーナ、それを睨むマッキー。

 いつもデリカシーに欠けるチューリンもこの状況に置いては何かを感じ取ったのだろう。


「いやいや、来てくれるだけありがたいよ。椅子はそこら辺に立て掛けてあるからミーナの分も用意してくれるとありがたいな」

「任せろ兄弟」

 ぼくを兄弟と呼ぶのが気になるが、チューリンは素直に椅子を用意してくれた。

 考えてみればスエヒコ叔父さんが嫌がっても“師匠”なんて呼び続けた因果が巡ってきたのかもしれない。



「そうだ、ケンに手作りのクッキーを持ってきたんだけど。食べてくれると嬉しいな」

「グッドタイミング! マッキーが持ってきてくれたチキンカツサンドを食べた後なんでちょうど甘いものが欲しかったんだよ」

「ん? マッキー!? いつからそこに!?」

 驚くミーナの声は驚くほど大きかった。

「フフ、ミーナが来る前からず~っと一緒にいたわよ。あなたって本当にケンしか目に入らないのね」

「ケンッ! どういうことなのッ!?」

「落ち着いて。ケンは私が投稿する小説の主人公になるから取材をしていただけ。ミーナが心配するようなことはまったくないから安心して」

「信用できないッ! 病室で、ふ、2人きりなんてイヤらしいっ! 油断もスキもないじゃない、こんなのヒドすぎるよ」

「そんなに騒ぐほどのことじゃないわ。私は何回もここに来ているけどミーナは今日になって初めてのお見舞い? 来れない理由が罪悪感かなんか知らないけど、あなた本当にケンのことが好きなの?」

「キーーッ! この泥棒猫めっ!」

 売り言葉に買い言葉。

 マッキーとミーナは取っ組み合いを始めてしまった。

 ここは病室なのに。


 しかしぼくはケンカをあえて止めない。

 師匠戦法その4,女同士のケンカには決して割って入るな。見ざる言わざる聞かざるを決め込め。

 師匠の教えは絶対。


「いいのか兄弟、止めなくて」

 チューリンが言った。

「噴出しようとするエネルギーを抑え込むのは自然の流れに反するよ。それにケンカが終われば仲良くなれるかもしれないだろ、ぼくとチューリンのように」

「それは言えてる。オレたち、いつかきちんと義兄弟の盃を交わそうぜ」

 最近のチューリンは任侠映画にハマっているようだ。


「それよりちょっと話は変わるけど。マッキーはチキンカツサンド、ミーナは手作りクッキーを持参してきたのにチューリンは手ぶらでここに来たの?」

「まさか、ちゃんと持ってきたぞ。はい、これ」

 かばんの中からサラダ油を出して得意顔なチューリン。

「何だ、これは?」

「見ての通りサラダ油だ。檀家さんからの貰い物で悪いが、あって困るもんじゃない」

「そりゃそうだけど……」

「実は、あの決闘騒ぎを起こしたせいで小遣いを半分以下に減らされちまった。本当ならデパ地下で売ってるイベリコ豚の生ハムを見舞いの品にしようとしたんだが残念無念」

「いや、お気持ちだけ受け取っておくよ。でもまあ、一応は礼を言っておく。ありがとう」

「いいってことよ、オレと兄弟の仲じゃねえか。ウシャシャシャシャ」

 テンションの低いお礼に対し気味の悪い笑い声で返された。


 病室が急に静かになった。

 やっとマッキーとミーナのケンカが終わったらしい。

 2人とも肩でハアハアと息をして、向かい合っている。

 髪の毛はボサボサ、引っかき傷が頬や首筋や腕にできていて実に痛々しい。


「このわからず屋ッ! 私はケンのことなんかなんとも思ってないのに。でもケンが心配だから最後に言わせて。ケン、退院したら身辺に充分気をつけて。生きるか死ぬかの危険があなたを襲うから。私の予言が外れればいいんだけど。それじゃまた」

 マッキーは嫌な予言を残して病室から出て行った。


「あんな女の予言なんか気にすることないよ、ケン。ボクがついている。ボクの愛のパワーでケンを守ってあげるんだからッ」

 言うなりミーナは再び抱きついてきた。

 ぼくはミーナの頭をなでてやった。


「それじゃオレ様は友情パワーで兄弟を助けてやろう。どれ、魔除けに効きそうなお経を一発がなるとするか。“ハンニャ~、ハラボテ~、ハラヘリ~、カニスキ~”」

「うるさいっ!! あなたたち、もう出ていきなさいッ!!」

 チューリンがわけのわからぬお経を気持ちよく唱えていると獄卒ごくそつのようなベテランの看護師長さんがやって来て一喝!


 ミーナとチューリンは追い出された。

 なお、残されたぼくが師長からたっぷりこってりみっちりと絞られたのは言うまでもない。

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