風変わりな来訪者

 身長は約180cm、体重は約90kg。

 鍛えられた肉体を藍色の作務衣に包み、白衣を粋に羽織る。

 師匠の堂々たる体格には弟子として純粋にあこがれる。


 それに反してご面相はちょっといただけない。

 基本モヒカン頭で後ろ髪は弁髪。その先端には赤いリボンが付いている。

 黄色いサングラスをかけ、ドジョウヒゲを生やしている。

 師匠の凶器のようなルックスには弟子としてもノーサンキュー。


 しかし見た目に反して治療の腕は確か。

 面倒見も良く知識も豊富で、なおかつ優しい。

 ギャップの魅力にやられる患者が続出。

 気がついたら各界の大物たちから引っ張りだこに。


 波動を乱されたくないので取材の類はすべてNG。

 なので治療を希望する著名人たちはお忍びで来るのがお約束。

 有名になりすぎて患者が殺到したら、自分たちが治療を受けられなくなってしまうのはサルでもわかる。


 どうしても来られない患者に対しては往診も受け付けている。

 そんな時は留守番を任される。

 大抵は何事も起きない平穏無事な日。

 極稀に師匠を訪ねてくる人がいる。

 事情を話せば普通はおとなしく帰ってくれるのだが。


 今回はとりわけ印象に残った変わり者のお話。


 雨、というか台風の日だったのを覚えている。

 師匠は東京に往診。

 なので石松と一緒にお留守番。

 治療院の入り口には“本日休診”の札を掛けた。


 この丸太小屋にして治療院の一角には書斎がある。

 置いてある本は東洋思想やインド哲学系が多い。それと解剖・生理学関係。

 中には経営のコツを説いたビジネス書から武術・格闘技関係まで。


 面白半分に読んでみたらそんなに難しくもなくスラスラと読める。

 小学生のぼくでもある程度は理解できるし、『マンガで覚える人体の急所』なんて特に興味深かった。


 夢中になって読んでいたがお腹が空いた。

 冷凍ピザをチンしようとキッチンに向かったら怪しい男がヌボーっと目の前に現れた。


「ヒッ!?」

 悲鳴を上げて固まるぼく。

「落ち着いてください。私は怪しい者ではありません。八井戸やいと院長にお話しがあって来たのですが。今、どちらに?」

 男の声が治療院に響いた。


 師匠の知り合いだろうか?

 だとしたら失礼があってはならない。

 しかしどう見ても怪しい。

 つっかけサンダル、金色の全身タイツ、赤いマント、トドメに顔には銀色の宇宙人マスクをかぶっている。

 身長はゆうに2メートルを超えているだろうか。

 全身タイツ越しからも鍛えられた筋肉がモコモコと盛り上がっているのがわかる。

 うん、きっと師匠の知り合いに違いない。


「え~と、院長なら東京に往診に。帰ってくるのは夜になるはず。あっ、お茶を出しますのでこちらのソファーにどうぞ」

「おお、それではありがたく。ところで君は?」

「ああ、ぼくは師匠の……、じゃなくって八井戸やいと院長の甥でケンと申します。はい、麦茶です」

「私も申し遅れました。この度、太陽系ブロック、地球は日本の関東方面担当になりました銀河連合警備隊所属、隊長補佐のフッコです。以後お見知りおきを」

「はあ……」

 フッコを名乗る男の冗談に笑っていいのかどうか迷った。


 ちなみに宇宙人マスクの口にあたる部分はオープンになっている。

 フッコさんは当たり前のように麦茶をゴクゴクと飲み干した。

 なので麦茶のお代わりとお菓子を用意した。


「ところでケン君は何年生かな?」

「はあ、5年生です」

「垢抜けているからこの辺の育ちじゃないでしょ」

「はあ、本当は生まれも育ちも東京です」

「小学校は下町のほうにあるのかな?」

「いえ、中野区の松ぼっくり小学校です」


 さっきから根掘り葉掘り聞いてくるが気まずい沈黙よりはマシだった。

 きっとこの男なりに気を使っているのだと思った。


「フッコさんはそもそも地球出身なんですか?」

「う~ん、種族としては大和民族なんだが生まれは火星なんだ。おっと今のは極秘事項だった。誰にも言ってはダメだよ」

「ハハハ……、はい。誰にも言いません」

 冗談に決まっているけど、笑えない冗談。

 礼儀として一応は笑っておいた。


 しばらく麦茶とお菓子で会話をしていたが、フッコさんは急にソワソワしだした。

「ねえ、ケンくん。ここでタバコを吸って構わないかな? 構わないよね? お灸を扱うのだから灰皿は必ずあるはず。ああ、吸いたいな。私はタバコを非常に吸いたくってたまらない。スー、プカプカ。喫煙による精神安定が必要だ」

 フッコさんはかなりのニコチン中毒のようだった。


「一応、治療院なのでご遠慮ください。どうしてもというのなら外でお願いします」

 ぜんそく持ちのぼくにとってタバコはやばい。

 近くで吸われるだけでも発作が起きる。 

 児童の前でタバコを吸うなんて常識外れにもほどがある。

 しかしこんな格好をしている奴に常識は期待できない。

 結局は外でタバコを吸ってもらった。


「今回はお会いできずに残念です。ご縁がなかったので帰らせていただきます。と、その前に院長あてに手紙を書いてからね」

 タバコを吸い終えたフッコはそう言うと入り口に置いてあったリュックサックから紙とペンを取り出し、サラサラと素早く書き記して封筒に入れた。


「すまないが院長が帰宅したらこれを渡してくれますか。大事な手紙です」

 フッコが真剣な口調でぼくに手紙を渡した。

「はい、必ず。もう台風は去ったようだけどお気をつけて」

 玄関までフッコを見送った。


 外へ出てからフッコは振り返り、

「八井戸院長のしようとしていることは宇宙のバランスを壊しかねない。今日はその警告に来たのですが空振りに終わってしまいました。でも手紙を読めばわかるはずです。ケンくん。君とはいつかまたどこかで会う気がします。その時までお元気で」

 と言った。

 今になって石松がやって来てフッコに向かって「キキーッ!」と吠えていた。

 サルの本能に何か訴えかけるモノがあったのかもしれない。


 夕方になって師匠が帰ってきた。

 今日の出来事を伝え、手紙を渡した。


 手紙を読み終えた師匠は険しい表情になっていた。

「少しばかり事情が変わった。これからはより実戦的に鍛えねば。ケン坊、叔父さんのシゴキについてこれるかな?」

「それこそぼくの望むところです、師匠」

 笑って答えた。


 手紙の内容がなんなのかわからないし、フッコのことも聞けずじまい。

 でもぼくには関係ない。

 強くなれるなら多少の厳しさは覚悟の上。

 シゴキ上等、ドンと来い!

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