一問一答

 こうしてぼくとスエヒコ叔父さんとの生活が始まった。

 治療や修行、それと何気ない会話。

 今になって思い返してもかけがえのないキラキラとした時間。


 この回ではスエヒコ叔父さんと交わした会話を再現してみたい。

 ムダをなくし要点だけをまとめたら自然と一問一答形式になってしまった。

 なんとか雰囲気だけでも伝わればいいのだけど……。


 ★  ★  ★  ★  ★  ★


「え~、一応今日からご厄介になります。ここで住まわせてもらうからには何か手伝いをするんでしょ。薪割まきわり? 川まで水くみ? 山で芝刈しばかり?」

「あんまりバカにしたもんじゃないぞ。電気、ガス、水道のライフラインはバッチリだ。重労働なんてしたくない。文明の恩恵に感謝だな」


「なんでいつも黄色いサングラスをしているの? カッコつけ?」

「昔、インドを放浪していた時に太陽を凝視する修行をして目を痛めてしまったんだ。カッコつけではない。でもカッコいいだろ?」


「インドでの面白エピソードをもっと知りたい」

「スゴい秘法を教わったぞ。かつてインドのベンガル地方には眠らなくても食べなくても平気な聖者ギリバラがいた。彼女は60年間飲まず食わず眠らずに平気だったとか」


「へえ、本当かな? それでそのスゴい秘法って?」

「太陽を背に受ける。これだけだ。つまりは延髄から太陽エネルギーを吸収する。そのために大きく息を吸ったら口の中で太陽エネルギーを咀嚼そしゃくする。もちろん叔父さんも試したよ。確かに一日一食から二食くらいで満足できるようにはなった。ケン坊も試してみるといい」


「ところで食事はどうするの? 料理なんてしたことないんだけど」

「安心しろ、叔父さんも料理したことないよ。キッチンにはレンジでチンするご飯と缶詰とインスタント味噌汁がある。冷凍庫には冷凍チャーハンや冷凍ピラフ。冷蔵庫にはモヤシやハムやソーセージがあるだろ。自由に食っていいぞ。よりどりみどりだ」


「いつもこんな食事をしているの?」

「独身男にしちゃ上出来だろ。とりあえずは腹がいっぱいになればいい。そうだ、今夜は寿司でも取るか。いや、ピザも捨てがたい」


「治療家なのに栄養のバランスとかは考えてないの?」

「問われるのは食事の中身ではなく排泄はいせつ能力なんだ。イエス曰く『口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚す』と。さすがイエス、素晴らしい教えだ」


「食事は置いといて、これからぼくはここで何をすれば?」

「基本的には食っちゃ寝してればいいよ。ここは日本でも有数のパワースポットなんだ。住むだけで健康増進、体力up、無病息災むびょうそくさい、家庭円満、縁結び、大願成就たいがんじょうじゅ。なんでもござれだ」


「ぼくに鍼を刺したりお灸をえたりしないの?」

「まず原則として子どもには鍼をさない。肌が柔らかいからね。代わりに小児鍼しょうにしんという刺さない特殊な鍼を使う。後で見せてやろう。お灸はまあ、おいおいやっていくつもりだ」  


「お灸はやっぱり熱い?」

「そもそも皮膚をわざと火傷させるのがお灸の目的なんだ。けど、それじゃ患者さんが来なくなっちまう。だから今はもっとソフトにしている」


「例えば?」

「今どきはもぐさを直接肌に据えるのは流行らない。要はツボに熱を加えればいい。ドライヤーの温風おんぷう。火のついたタバコ。これらをツボに近づけるのもお灸と同じ効果がある」


「そもそもどうしてわざわざ火傷やけどさせるの? お灸ってかなり変だよ」

「文句は北京原人に言ってくれ。火を使えた北京原人たちは冷えた手足や胴体を松明たいまつなんかであぶっていたらしい。体のある特定の箇所かしょねっしていた時にやたら元気になったり便秘解消する効果を発見。すなわちツボの発見。またひじのツボを熱するとなぜか指先まで温かくなることにも気づいた。これが経絡けいらくの発見だ」


「北京原人!? そんな昔から!?」

「アルプス山脈で発見された冷凍ミイラのアイスマン。約5,300年前に生きていた彼の体にはタトゥーがあった。それも腰痛に効くツボの上にだ。研究の結果、そのタトゥーがある皮膚の上で草を燃やしていたことがわかった。お灸は歴史が長いんだ」


「ツボと経絡についてもっと詳しく」

「ツボは正しくは経穴けいけつと呼ぶ。文字通り経絡上に在る穴だから凹んでいる。その経穴の下には動脈や神経やリンパせつなどがある。正式な経穴は人体に365もある。経絡は気の通り道。しかし目には見えない。赤道直下せきどうちょっかの国に行っても地球儀にかいてあるような赤い道は見えない。それは感じるものなんだ」


「自分で言うのもなんだけどぼくは筋金入すじがねいりの虚弱体質で病弱体質なんだ。本当に夏休みの終わりまでに強くなれるの?」

「なるほど、な。ケン坊は自分を弱いと思っているんだな。だけどそれは大きな間違いだ。叔父さんから見るとケン坊は歴戦の勇士だ。あらゆる病気とやりあってきたツワモノだ。ずっと逃げ場のない戦いで生き残ってきたじゃないか! 叔父さんだけはケン坊の強さをわかっているぞ」


「うっ、スッ、スエヒコ叔父さん……、ぼ、ぼく……」

「何も言わないでいい。さあ、明後日辺あさってあたりから本格的に鍛えるぞ。覚悟はいいな」

「はい!」


 ★  ★  ★  ★  ★  ★


 決して学問のための学問でなかったのは断言できる。

 自分の体の奥に問いかけるような生きた学びは初めてで新鮮で。

 なおかつ現実の生活に役立った。


 特にお腹が空いてどうしようもない時は今でもギリバラの秘法を実践したりしている。

 実に至れり尽くせりの教えだった。

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