プロローグ その1 出たな幽霊!

 病室のエアコンは先週から壊れたまんま。

 だけど大丈夫。

 今日はそんなに暑くなかったし、今は夕方だし。

 それに窓からは心地よい風に乗って祭り囃子の陽気な音が聞こえてくる。

 秋祭りの開催日までもうすぐだからお祭り男たちの練習も本番さながら気合いが入っているみたい。

 太鼓の音もお腹に響いて心地良い。

 ドンドン、ドーンドン。

 うん、元気が出てくる。


 正式な診断名は膝蓋骨しつがいこつ骨折。

 平たく言えば右ヒザのお皿が割れた怪我。

 手術は無事に終わりつらいリハビリにも耐えた。

 だけどぼくには師匠直伝の気功法があるから大丈夫。

 超人的な回復力はお医者さんも驚くほど。

 おかげであと一週間もしないうちに退院できる。

 恒例の秋祭りも楽しめそうだし、運動会や学芸会にも参加できそう。


 ぼくの入院している仁志北にしきた病院はこの地域で唯一の総合病院。

 だけど困ったことに評判はあまりよろしくない。

 広まっている噂も散々なモノで、

 “院長が変わってから医者の入れ替わりが激しくなった”

 “清掃の業者の質が落ちて汚くなった”

 “診療ミスや手術のミスが増えた”

 “お化けや幽霊の類が白昼堂々闊歩している都内きっての心霊スポット”

 などなど。

 口の悪い患者たちは悪意を込めて“仁志北にしきた病院ならぬた病院”なんて呼んでいる。


 そんな病院の9階にある小児病棟の大部屋の病室に、ぼくは今一人だった。

 噂のせいで、子どもを入院させたくないのか。

 それともたまたまなのか。

 他の子どもの入院患者はついにお目にかかれなかった。

 おまけにクラスメイトは誰もお見舞いに来ない。

 けれどぼくには暇つぶし用に持ってきたマンガがある。

 スマホだって買ってもらったし。

 だから……大丈夫。

 さびしくなんて、あるもんか。

 ただ、ちょっと退屈なだけだ。


 夕食の時間まであと1時間ほど。

 スマホのゲームはもう飽きてしまった。

 マンガはセリフを覚えてしまうくらい何回も読み返した。

 当然、勉強なんてやる気になれない。

 そもそも成績はクラスでトップだし。


 仕方ないので夕食まで一眠りでもしよう。

 ぼくはゆっくりと目を閉じた。

 ウトウトし始めると、オヤ、なんだろう?

 ほっぺたや唇のあたりがくすぐったい。


 目を開けると不気味な少女が無表情でぼくを上からじっと覗いていた。

 おまけに長い黒髪に白いワンピース。

 くすぐったかったのは長い黒髪がぼくの顔にかかっていたせいだった。


 出たな幽霊! 

 病院という場所柄、覚悟はしていた。

 慌てず騒がずに師匠から教わった邪気払いの呼吸を実行。

 まず腹に息を入れ、次に胸に息を入れ、最後に肩に息を入れる。

 そのまま息を止め8秒後に体を丸めつつ鼻と口から一気に息を吐ききる。


 ダメ押しにお経モドキを唱えてみる。

「なんまんだぶ、なんまんだぶ。ここはあなたの住むべきところではありません。どうか安らかに成仏を。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 病室に朗々と響き渡るお経モドキは我ながら惚れ惚れするほどだった。

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