第19話 決死のグランド・キャニオンツアーで笑いが腹の底から

 さて、グランドキャニオン・ウェストリム・ツアーなのだが、一度とんでもないことがあった。ある朝、出発時から大雨になっており、フリーウェイを左折し、お土産屋さんに行くまでの起伏のある田舎道に入ると、もう、濁流になっていた。


 前方を走るピックアップ・トラックが、浮き沈みするボートのように見えた。お土産屋さんに着いてすぐ、店主にこの先はどうなっているのだろうかと聞くと、「誰にも分からない」であった。


 すぐに、所属する旅行会社に電話を入れた。すると社長が出た。

 

 「もう、洪水のようになっているから、ツアーは中止にしましょう」と、私が、伺いを立てた。


 すると、社長は「後続する田中さんと相談して決めてください」と不機嫌そうに答えた。ツアーは、キャンセルになると全額返金になるからである。私は、ツアー客を集めて、この先、洪水が発生する可能性もありますから、ツアーはキャンセルになるかもしれません。しかし、後続しているベテラン・ガイドと相談して決めますと話した。


 ツアー客は、驚いた顔をして洪水だったら仕方ないですよねと答えた。ほどなくして、田中さんとツアー客が到着した。私は、さっそく、どうしますかねと相談をもちかけた。すると、彼は意外にも、行けるところまで行こうよと答えた。私は、今度は後続に回った。


 しかし、田中さんは、数キロ走って、その行けるところをとっくに突破してしまった。この人、分かってんのかなあ?と不安だったが、私も突破した。すると、戦場を走行する戦車に乗ったような兵士のような気分になり、ふつふつと笑いが腹の底から込み上げてきた。私は、恐怖を通り越すと楽しくなる人なのだ。


 しかし、結論から言うと、洪水には遭わずにツアー客には観光を楽しんでもらえた。そのツアーの数日後、会社の控室で年上のガイドから、こう言われた。


 「うちの会社は、なってねえな」


 「何がですか?」


 「この前の大雨のツアー、他の日系の旅行会社は、警報をキャッチしてみんな帰って来たって言うじゃねえか」


 「まあ、結果オーライだったから良いんですよ」


 「でも、鉄砲水にでも遭ったらどうすんのよ」


 「………」


 社長は、警報をキャッチしていなかったのか?それとも、キャッチしていたのに行かせたのか?とにかく、社長に、この時点で大きな不信感を抱くようになったのである。

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