murder fantasy~シリアルキラーと刑事の異世界転移~

高杉愁士朗

第一章 添えた黒薔薇の行方

 柴崎来弥しばざきらいやは、億劫だった。高校三年の夏、周りは受験勉強に勤しんでいる中、自分がこの先、どう生きていけばいいのか分からずにいた。

 教室の窓際の席で、外を眺める。外は煌々と日が照っており、自分に陰を落としてくる。別に、好きでこうなったわけじゃない。でも、自分の中にある葛藤を抑えることがただただストレスで仕方なかった。真っ黒な長めの髪を何度も弄っていた。

 ホームルームが終わった。ぼうっとしているだけで一日が終わる。そそくさと授業用具の入っていない鞄を持って教室の外へでようとしたときだった。担任の女性教諭が、来弥に声を掛けた。


「柴崎くん。進路のことなんだけど……」


 どこか不安げな様子で来弥を見た。来弥は黙って素通りしようとしたが、「待って!」と呼び止められ、足を一旦止めた。それから女性教諭は、


「ご両親がいないのは十分理解してるわ。でも、勉強が出来ないわけじゃないし、奨学金制度だって使えるのよ。もう三年生の夏なんだから、自分の進路のことを考えてくれないと後々困るのは柴崎くんよ」


 さも分かったかのように話す担任教諭を一瞥すると、


「あんたに俺の人生をとやかく言われたくないね」


 と、素っ気なく答えると、教室のドアをぴしゃりと音を立てて出て行った。残された担任教諭は、びくりと肩を震わせて、他の生徒に話掛けていた。


 来弥は両親を亡くしていた。亡くしていた、というと、不慮の事故や病気を浮かべるだろうが、来弥の両親は来弥の手によって殺されたのだった。

 来弥の両親は喧嘩が絶えなかった。お互いがお互い外に愛人を作っていて、離婚も病むなし、という状態だった。それが来弥の小学六年の頃。その頃の来弥は真面目で大人しい性格だった。しかし、日々繰り返される夫婦喧嘩の巻き添えにもなり、来弥は家庭内暴力を受けていた。

 ある日、来弥がテスト全教科百点を取って帰ってきた時のことだった。来弥は母親に褒めて貰おうとリビングへ行くと、父が家から出ていく準備をして、母がそれを止めようとあちこち部屋の中にある物を投げつけている場面に遭遇した。


「かあさん、見て。全教科百点取ったんだよ」


 来弥は、ランドセルからテスト用紙を取り出して母親に見せようとしたとき、母が来弥を睨み付け、その場でテスト用紙を破いた。


「随分頭が良いのね! 誰に似たのかしら!」


 来弥の父は弁護士だった。嫌味を交えて感情的に来弥を巻き込んだ母に、父は投げつけられた物を投げ返しながら、


「来弥が暗いのはお前の根性が似たからだろうな!」


 言って、母に殴りかかるところだった。来弥はそのとき、今まで閉じ込めてあった感情が溢れ出し、母が投げつけていたトロフィーを持つと、母の顔面目掛けて思い切り投げつけた。ガツンと鈍い音がした。


「ぎゃ!」


 と、醜い声を出して、どさりと倒れ込む。父はそれを見て、「ひい!」と情けない声を漏らすも、来弥は構わずまたトロフィーを持ち、父親の顔面目掛けて投げつけた。再び、ガツンと音が部屋中に響くと、父はちょうどローテーブルの角で頭を打ち、それから大量の血を流して動かなくなった。


「はあ、はあ、はあ……。テスト用紙、直るかな……」


 言って、破られたテスト用紙をかき集めた。それから隣の家の人が、物音が煩いと警察に通報していたらしく、来弥がテスト用紙を集めている最中に、警察がやってきた。その後、近所の人がいつも夫婦喧嘩をしていたことや、愛人がお互いにいたこと、それに来弥を虐待していた事実を踏まえ、夫婦喧嘩中による事故死として処理されたのだった。


 来弥はその後、隣町に住んでいる父方の祖母の家に住まうことになるが、来弥は一度人を殺した感覚が今でもずっと消えることがなかった。

 殺したいというよりも、殺すのが当たり前だと思っていた。


 来弥はそんな過去があってから、実験をするかのように人を殺めていた。隣町の祖母は地主で、土地を広く持っている。都会とはかけ離れた場所で、山をひとつ丸ごと持っている。手入れもされていない雑木林で、来弥はちょうどいい餌を見つけると、そこまで連れて行き、殺すのだった。殺し方は主に鈍器だった。靴下に大量の小銭を入れて、それをリュックに隠し、相手に近づく。所謂ブラックジャックという武器だ。巧妙に、「母の形見をこの辺りで無くして」などと言って、付いてくる奴らをそれで殺すのだ。

 殴打していると、まるで自分の親を殺したときのような晴れやかな気持ちになる。

 一通り、なぶり殺したあとはそこに埋める。それから、同じくリュックに入れてある黒い薔薇を添える。

 何故、黒い薔薇なのか。それは、いつも花好きだった母が薔薇をよくリビングに活けていたからだ。それが血に染まり、黒くなったという意味合いで添えるのだ。

 来弥は高校三年生に上がるまで既に十人もの人を殺害していた。しかし、警察の手は及んでいなかった。来弥は賢い少年だったため、むやみに監視カメラのある場所へは狩りに出ない。証拠も、小銭を使い切り、靴下を燃やしてしまえば残らない。

 用意周到な犯罪者であった。そんな人格形成をしてしまった今、自分がどうこの先生きていけばいいのか分からずにいた。


 来弥は家に帰ろうと電車を乗り継ぎ、祖母の家に向かっていると、前からサラリーマンと思しきスーツ姿も男と視線がぶつかった。その男は来弥を見つけると、


「あの、すみません」


 と、声を掛けてきた。男は二十代前半と思われた。端整な顔立ちで、栗色の短髪で、清楚な感じが漂っている。いかにも人が良さそうだった。来弥は心の中で(ふーん)と呟くと、周りを見た。この辺は監視カメラはない。担任教諭に嫌なことを言われたあとだったし、今日の獲物はこいつでいいか、そう思った。

 スーツ姿の男は、じっと自分を見られているのが分かり、にこっと微笑んだ。


「あの、この辺ってコンビニとかないですよね?」

「コンビニ?」

「ちょっとトイレに行きたくて。やばいんですよ」

「んなもん、そこらへんにすりゃいいだろ」

「ダメです!」


 男はきりっと目を光らせて言った。


「立ちションは軽犯罪法違反、それに、それを人に見られたら公然わいせつ罪にもなるんですよ!」


 ふんす、と鼻を鳴らして言う男に、来弥はなんだこいつは、と不思議に思った。しかし真面目を絵に描いたような男だ。それならばと、


「じゃあ、俺ん家で良ければお貸ししますよ。ちょっと足場悪くなるけど、来ます?」


 言うと、男はぱあっと表情を明るくして、


「助かります! もう、本当にやばかったんですよね!」


 言って、来弥は遠回りをして雑木林の中へと入って行った。


 夕方の雑木林は薄暗く、夏のせいも手伝って色んな虫が飛んでいる。男は辺りを見て、不安になったのか、


「こんな雑木林の中にお家があるんですか?」


 忌憚ない意見を述べると、来弥は頷き、


「ああ。ばあちゃんの持ち家がこの先にある。こっから入るのが一番の近道なんです」

「近道、ですか。なんかお化けでもでそうな感じがしますけど」

「お化けか。もしかしたら出るかもね」


 言うと、ちょうど雑木林の中腹に差し掛かった辺りに、黒い薔薇が置かれているところに出た。それを男が見つけると、


「これは……」


 男が黒い薔薇で埋め尽くされているのをじっと見ていると、来弥は鞄の中からブラックジャックを取り出した。


「バカなお兄さんだねえ! 俺が連続殺人犯だとも知らずにこんな林の奥まで付いてきてさ!」


 けたけたけたと来弥は笑う。男ははっと、来弥の手にある凶器を見て、胸からさっと警察手帳を取り出した。


「やっぱり、君が連続殺人犯だったのか! 僕は警視庁捜査一課の糸屋叶いとやかなうだ! この黒い薔薇は枯れているのも含めて大量にあるね。シリアルキラーだったのか。君を今すぐ逮捕する!」

「させねえよ!」


 言って、来弥はブラックジャックを振り下ろした。しかし、叶は流石警察官、素早くそれを右に避け、来弥の身体を捕捉した。


「くそ! やめろ!」


 来弥は手に持ったブラックジャックを再び振りあげようとする。叶はなんとか来弥の片手を引っ張りあげ、背中に回すも、ブラックジャックを持った右手を抑えることができない。来弥は締め付けられる身体の痛みを堪えて、ブラックジャックを思い切り持ち上げた。そのときだった。


 地に落ちていた黒い薔薇が空に舞出した。ふわふわと浮かび、その薔薇の集合体が二人を覆い尽くした。


「なんだ、これは!」


 叶が、手でその薔薇を追い払おうとする。来弥も目の前を覆う無数の黒薔薇を掻き分ける。甘い香りが鼻腔を抜ける。その場にもともとあった黒薔薇よりも多い数が一斉に二人を包み込むと、二人は薔薇の匂いと共に気絶してしまった。

 真っ黒な闇が二人の運命を誘ったのだ。

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