第2話 銀麗の少女


「はむっ、むぐっ、もぐっ!」


「ぁ……」


「はむはむっ!」


「………」


「おねーちゃんすごーい!」



 ただいま、アルトランテ自治州の商店街の一角に店を構えている飯酒屋ナボリにて、一人の少女がものすごい勢いで料理を口に運んでいる。

 イチカの作ったポトフに加えて、親父さんに頼んで作ってもらったチキンの肉団子やミートパスタなど、テーブルにはこれでもかと言うくらいに料理が並べられている。

 それを小柄な少女が、まるで水を飲むかのように平らげていくのだ。

 少女と同じテーブルを囲んでいるイチカ、ミーアは唖然とし、クロエは少女を応援するようにはしゃいでいる。



「おねーちゃん、これもおいしいよ!」


「わぁ〜!ありがとうございます!」



 クロエが持ったフォークの先には、一口サイズのジャガイモに、ミートソースとたっぷりのチーズが絡めてある。

 先ほどからクロエ達が食べているミートグラタンの具材だ。

 それを少女は大きく口を開けて、一口に頬張る。

もぐもぐと咀嚼しながら、少女の表情が至福に満たされているのがわかった。



「おいひぃ〜♪」


「こらこら……食べながら喋らない。行儀は悪いぞ?」


「っ……んくっ。す、すみません……あまりにも美味しかった物で……」


「ったく、空腹で倒れてるなんて思わなかったから、びっくりしたぞ」


「すみません……。ここに来る前に、ちょっとトラブルがあって……」


「トラブル?」


「はい……」



 一通り食事を終えた少女は、身なりを整えて話してくれた。



「まず、自己紹介ですよね。私はリオン・ストラトスといいます。

 聖都へ向けて旅をしていたんですが、その……道中で、変な人たちに絡まれまして……」


「なるほど……野盗か」


「はい……」



 それもそうだろう。

 見たところイチカよりも若く見える少女。

 おそらく12か13歳くらいの年齢だろうか……。

 そんな子が一人で旅をすると言うのも無茶な気がするし、そもそも何で聖都へと向かっていたのか?

店内を照らしているランプの照明により、少女の顔立ちはクッキリと映される。

 銀色の長髪に紫紺の瞳。

 整った顔立ちは、少々保護欲をくすぐられる。

 身につけていた白亜のマントを脱いだ下には、かつての帝国軍人が着用していた軍服と似通った服装。

 しかし、色合いや細かなデザインの違いが見えるため、一概にも元帝国軍人のものとは言い難い。

 深いブルーを基調に、青地に白いフリルがあしらってあるスカート……そもそも帝国の女性軍人であっても、スカートではなくズボンを履いていたし、色も男女問わず黒一色だったので、正規品である可能性は低い。

 だが側から見れば、それはとてつもなく貴重なものに当たるだろう。

 マントで隠れているとは言え、身なりのいい少女が一人で出歩いていれば、襲ってくださいと言っているようなものである。



「なんで一人で……君くらいの歳なら、保護者同伴とかが普通だけど……」


「その……私の両親は……」


「ん?」



 言い淀むリオン。

 しかし意を決したのか、真剣な眼差しでこちらに顔を向けて話した。



「私の母は、私が幼い頃に病で亡くなり……父は、四年前の戦争で……」


「ぁ……すまない。無神経だった」


「あっ、いえいえ!そんな……!」


「でも、だったら尚更、一人で聖都まで行くのは危ないだろう……。

 だれか付き添える人はいなかったのか?」


「はい……私の父が軍の関係者だったので……周りからはあまり良く思われてなかったので……」


「……そうか」



 重々しくなるテーブル。

 かつて帝国は、その力を持って周辺諸国へと侵略を開始し、武力を持って併合・掌握してきた。

 それは帝国の力を周辺諸国、並びに当時から大国であった聖アルカディア王国に知らしめるためだと言われていたが、実際のところは違う。

 その理由は、先ほどサーシャとグランが話していた内容……。

 帝国はたしかに凄まじい力を保有していた。

 帝国が誇る技術革命……聖霊という摩訶不思議な存在が人と共存する道を選び、《聖霊使い》という人種が生まれ、その能力を遺憾無く発揮するために《聖霊魔導士》という職種が誕生した。

 しかし帝国は、そんな聖霊達に頼らずとも自らの知識、技術を持ってすれば、ただの人間でも聖霊使いに匹敵する力を持てると信じて来た。

 そのための技術革命だった。

 だが、その技術革命を発展させるには、何はともあれ資源が必要になってくる。

 当時の帝国の領土では、使える資源は限られており、帝国の民だけでなく、国そのものの存亡すらも危うくなる状況であった。

 故に、帝国は周辺諸国へと侵攻を始めたのだ。

まだ手付かずであった鉱山や資源の調査をした上で周辺諸国に同盟を持ちかけ、それを断るのならば……と。

 現にアルトランテ自治州の北部に位置するアトラス鉱山は、中にある鉄鉱石や金、銀と言ったあらゆる鉱物を取り尽くしてしまい、廃坑となった。

そんな帝国の成り立ちは時代を跨いで伝えられている為、四年前の聖霊大戦も引き起こした悪しき存在として世に知れ渡っている。



「じゃあ、君のお父さんは前線に……?」


「はい……その……父は……」



 何かを言おうとしているが、その口は固く閉ざされた。

 聞かれたくない事なのだろう……。



(まぁ、明かしたくないって事なんだろけどな)



 無理に聞き出すのも失礼だと思い、イチカはそのまま聞くのをやめた。



「ごめんな。君にとっては辛い事なのに……」


「い、いえ!ほ、本当にお気になさらず!」


「そういえば、君はこれからどうするんだ?もう暗くなってるし、これから街を出るわけにもいかないだろう?

 どこか泊まる場所は決めてるのか?」


「へ……?あっ……!」



 食べる事に夢中だったのか、まるでいま思い出したかのような反応……。



「もしかして、何も考えずに聖都へ行こうと思ってたのか?」


「あうぅ……」


「無茶苦茶だな……君は」


「ごめんなさいぃ……」


「じゃあまずは宿だな……格安のところで一室……銅貨一枚で一泊朝食付きがある宿があったはずだけど……」


「あ、あの……」


「ん?」


「その……大変申し訳ないんですけど……」



 今度はバツの悪そうな表情で、こちらを見てくるリオン。

 自身の胸の前で両手を握ったり離したりしながら、ポロリと呟いた。



「その……ここに来る前に野盗に絡まれて……その……」


「………」


「お金……無くしちゃって……!」


「………ぁぁ……」



 なるほど、無一文と言うことか……。

 空腹で倒れていたのは、水も食料も何も持っていなかったからだとは思っていたが……。

 よもやお金も無いとは……。



「じゃあどうするか……さすがに野宿はな……」


「あ、あの!私、馬小屋とかでもいいですから、どこか雨風凌げるところがあったら……!」


「いやいや、女の子が馬小屋ってのは危ないだろう……!

 ただでさえ野盗に襲われたんだから……。この街だって、そう治安は良くないんだぞ?」



 表立って犯罪が横行しているわけではないが、聖都に比べれば、数が少ない訳でもない。

 辺境とも言える自治州……国境沿いであることから、他国からの人の出入りは多い。

 この自治州には自警団などが巡回などをして治安維持をしているが、それにも限界はある。



「だったら、うちに来ればいいんじゃない♪」


「「え?」」


「わぁ〜!おねえちゃん、クーのウチにくるの〜?!」


「え、ええ?ご自宅に?」


「あぁ、なるほど……そう言うことか……」



 ミーアの突然の提案に、頭を傾けるリオン。

 その隣ではクロエが喜びをあらわにし、イチカも納得したと表情で訴える。



「私の家は農家なんだけど、昔は今よりももっと大勢で作業してたの!

 でも、今は人が減っちゃってね……その時に使っていた宿舎があるから、今日はそこに泊まって行って。

 もちろんお風呂なんかも使って構わないわ!」


「えっ、でも……ご迷惑じゃ……」


「大丈夫よ、イチカ君もそこで生活してるんだし!そこにもう一人増えたところで、手狭になるわけでもないしね!」


「えっと……」



 ミーアの提案に気持ちが追いついていないようで、イチカの方へと視線を向けるリオン。

 そんなリオンに、イチカは微笑みで返した。



「まぁ、俺もここ最近世話になっててね。畑の仕事をちょっと手伝いながらだったから、宿ってのを忘れてたよ……。

 君が良ければ、すぐに部屋を片付けて使えるようにするけど……。

 まぁ、野宿や馬小屋よりかはいいと思うけど?」



 改めて、どうする?……そう問い返す。

 するとリオンは一瞬戸惑ったものの、すぐにミーアの方へと向き直り……。



「その、よろしくお願いします……!」


「そうか。よし、じゃあ今から軽く掃除だな。ミーアさん、隣の部屋が空いてましたよね?後でバケツと雑巾借りていいですか?」


「ええ、いいわよ。私も一緒に手伝うから、イチカ君はまず、リオンさんを風呂場に案内してあげて」


「そうですね……了解です」


「あ、あの……」


「「ん?」」



 リオンに呼び止められて、ミーアとイチカはリオンの方へと向き直る。



「ありがとうございます……!」



 上目遣いでこちらを見ながら、にこやかにお礼を述べるリオン。

 整った顔立ちではあるが、まだ幼さの残る少女の笑顔に、思わずドキッと鼓動は跳ねたような気がした。



「「どういたしまして」」



 ミーアとイチカはリオンにそう言って店主の親父にお代を支払う。

 帰りはミーアがクロエを抱えて歩き、その後ろをイチカとリオンがついていく。



「あの……!」


「ん?」


「その……ごめんなさい。食事のお金も……」


「あぁ、別にいいよ。今回は親父さんが気を利かせてくれたみたいで若干安かったし、困った時にはお互い様ってね」


「あはは……イチカ…さんは、いつもあそこで食事してるんですか?」


「いつもって訳じゃ無いけど、店番とか調理の手伝いをしたりとかが多いから、割と食べてるのかな?」


「お手伝い……ですか?イチカさんは、あのお店で働いてるんじゃないんですか?」


「あぁ、俺は『なんでも屋』だから」


「なんでも屋?」


「そう、特に決まった仕事はしてない……困り事があれば、その手伝いをしに行く……みたいな感じ?」


「はあ……」


「まぁ、要するにお手伝い係みたいなもんだよ」


「お手伝い……」



 しばらく歩いて、商店街から少し離れた辺りに急に開けた場所に出る。

 見渡す限りの草原。

 所々に緑の生い茂った木々が立ち並んでいる。

 さらに歩くと、今度は木製の柵が広大な敷地を区切っている。

 そこがミーアとクロエの実家で、商店街にも卸している小麦畑だ。

 見渡す限り一面が麦の穂先が風で揺らいでいた。

 まだ緑色をしている葉や穂先……あともう数ヶ月すれば色が茶色くなっていき、収穫の時期を迎える頃合いだ。

 柵が立ち並ぶ道沿いを歩いてさらに数分。

 見えてきたのは木造建築の一軒家と、その隣にある納屋ともう一つの大きな木造の建物。

 それが宿舎だ。



「じゃあ、私はお父さんに事情を説明しに行くから、まずは荷物を置いてきて」


「はい。一旦俺の部屋に置いてればいいですかね?」


「ええ、その間に隣の部屋を掃除しておきましょう」



 イチカはリオンを連れて、自分の借りている部屋へと向かい、ミーアとクロエは母家の方へと向かっていった。

 おそらくお風呂を沸かしにいったのだろう。

風呂は母屋の方にあるので、イチカもそこを使わせてもらっている。

 イチカとリオンは宿舎の入り口にはいっていき、入ってすぐの場所にあるランプを見つけ、そこに火を灯す。

 ガラスで火が消えないように覆い、つけた灯りを頼りに廊下の方のランプにも火を灯す。



「ぁ………」


「えっと……まぁ、見た目は少しボロいかもだけど、住んでみれば結構良いところだよ?」


「あ、いえ……なんだか、結構キレイだなぁーって思って……」



 他の部屋は、誰も使ってないので閑散としているが、廊下などは普段イチカが行き来するのに使っているし、宿舎の方には農作業する際に使用する道具などを保管している倉庫も掃除るので、ミーアが入ってきたりもしている。

 故に、人の生活感を感じるのはそのためだ。



「じゃあ、とりあえず俺の部屋に荷物置いてこようか」


「はい。その、お邪魔します……」


「あぁ、どうぞ」



 靴についた土を落として、二人は宿舎の中に入っていく。

 二人の履いている靴が革靴だから、靴底の厚い層が床板を踏むたびにコン、コンと音を立てる。

 雇われ人の者たちが住むにしては、とても良い宿舎。

 建物全体は木製であるものの、頑丈な板張に支柱もしっかりしている物が使われているし、ガラス製品である窓も付いている。

 今でこそ窓付きの住宅は増える一方ではあるが、ひと昔だと金を持っている商家か、貴族の家ぐらいにしかついていなかったはず……。

 リオンがそう思いながら歩いていくと、前を歩くイチカの足が止まった。



「ここが俺の部屋。荷物を置いて、それから母屋の方へ行こうか。

 その後はとりあえず風呂と、着替えはミーアさんが持ってくるって言ったから……その後は……」


「…………」


「あっ、とりあえず入ろうか……どうぞ、何もない部屋だけど」



 ドアノブを回して部屋の中に入る。

 部屋は真っ暗で最初は何も見えなかったが、イチカが部屋の奥の方へと向かい、奥の方で微かに見えた机の前で止まる。

 皿のようなものを置く音がして、その中に水を入れた音がする。

 そしてその中に何かを入れた瞬間、部屋の中に光が灯される。



「わぁ……」


「あぁ、これは『発光石』って言って、水につけると反応して、石自体が光るんだよ」


「あぁ、なるほど」



 イチカが体をずらして光っているものを見せてくれる。

 ちょうど成人男性の握り拳と同じくらいの大きさの石が、水の入った皿の中に入っている。

 発光している石の光は温かな暖色をしており、少し落ち着く。



「私の家にもありました。この暖色石、結構大きいですね」


「あぁ、この辺りじゃないけど、北部辺りになるとこういった鉱石が取れてたんだよ。

 まぁ、今はもうほとんど掘り返しちゃって、資源はほとんどないんだけどね」


「じゃあ、かなりの年代物なんですか?」


「いや、これは比較的新しいものらしいよ……。年代物だともっと大きな物になるだろうし。

 そうなると、加工品になったりするからほとんど原石で残ってるものは無いと思う」


「なるほど……あ……」



 テーブルの上の発光石の話をしていたリオンが、ふと視線を横に向ける。

 視線の先にあるのは壁……部屋の壁だ。

 しかしその壁にはあるものが掛かっていた。



「あの……あれって……」


「ん?あぁ……」



 リオンが指さした方へと視線を移すイチカ。

 リオンが指差す方にあった物……それは、全体が黒い塗装で染まっている一振りの剣。

 しかしただの剣とは違い、本来まっすぐに伸びている刀身が反っているのが見て取れた。

 過度な装飾などはなく、ただただ黒い……という印象。



「これって、帝国製の……『軍刀』じゃ……!」


「へぇ……よく知って……あぁ、お父さんは元軍人さんだったっけ……」


「はい。でも、この形のは父は持っていませんでしたし……家に父の部下の人たちが何度か来てましたけど、それと似ているような……」


「…………」


「あ……ご、ごめんなさい、私っ、その、勝手に……!」


「いや、俺は別に……」


「その……もしかして、イチカさんも軍人さん……だったんですか?」


「うん……まぁ、そうだね。一応そんな感じかな……」


「じゃ、じゃあ!私の父ともお知り合いだったりしますかっ?!」


「君のお父さん?えっと名前は?」



期待の眼差しをイチカに向けながら、リオンは答えた。



「帝国軍第07特殊作戦群スレイプニル隊長ーーーー」


「…………」


「ギルベルト・ストラトス少佐です……!」


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