第8話 とはいえ女の子と二人だとちょっと緊張する 中編

「……随分とささやかな願望だな」

「そうですか?」

「そりゃあ、俺だって平穏な生活は送りたいしさ」

「ふむふむ。それじゃあ、女子高生にとって平穏な高校生活を送るのに最も必要なことって、一体なんだか分かりますか?」


 ええ……めちゃくちゃ難しいこと聞くじゃん。

 難関大学の入試問題の方が、まだ解ける可能性あるぞ。


「……金?」

「それが最初に出てくるのって、結構致命的な気がしますね」


 しょうがないじゃん! 分かんないんだからさあ!


「じゃあ、友達、とか?」

「まあそれも大事ですが、本質ではありませんね」

「空気を読むセンス?」

「お、だいぶ近づいてきましたね」

「教室が埃っぽいときにすぐに窓を開けるフットワークの軽さ?」

「死ぬほど遠ざかりましたバカにしてるんですか?」

「ごめん、つい」


 とはいえ、分からないものは分からない。

 空気を読むセンスは、割といい線いってると思ったからなあ。


「……分からん。降参だよ」

「正解は、波風を立てない立ち回りです」

「俺の答え、ほとんど正解じゃん」

「ま、近くはありましたね。七十五点くらいです」


 また微妙な点数だな……。


「空気を読むだけじゃ、どうしようもない事態ってものがあるんですよ」

「ふうん、例えば?」


 俺の問いに、玲愛さんは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに片目をつぶった。


 うわ、かわい。

 あとでブロマイドにして売ってくんないかな。


「それが、色恋沙汰です」

「……ああ、なるほどね」


 つまり、あれか。


 いくら自分が気を払っていても、例えば友達の好きな子には近づかまいとしていたとしても。向こうに好きになられたらどうしようもない、と。


「察しがいいですね。そういうところ、素敵だと思いますよ」


 やめて軽率に褒めないで。慣れてないから好きになっちゃう。


「人は恋するとバカになるんですよ。本来あるべき優先順位は簡単にひっくり返るし、視野は狭まって大事なものが見えなくなっちゃうし、涙腺は異常に脆くなるし、度し難いくらいに散々なんですよ。私の調べによると、女子高生の喧嘩の原因の七割は色恋沙汰です」

「残りの三割は?」

「取るに足らないプライドをかけた攻防戦」

「お前、女子嫌いだろ」

「あ、お前って言ったー」

「わ、悪い……」


 しまった、つい清美にツッコむときの勢いで……。


「いえいえ、いいんですよ。なんだか距離感が縮まった気がして嬉しいです。ついでにそのまま呼び捨てにしてくれてもいいんですよ?」

「それはちょっと……」

「むぅ、ガード固いなあ。ま、今はいいですけど」


 とにかく。と玲愛さんはカップの淵を爪で弾いた。


「色恋沙汰はトラブルの種なんです。彼氏を作らないとそれはそれで面倒くさいですし、そもそも女子高生的に恋の一つや二つは経験としてマストです。そ、こ、で」


 玲愛さんはそこでぐいっと身を乗り出した。

 両腕に挟まれたおっぱいが協調されてすごいことになる。


 あまりにも目に毒なので目線を上にあげたら、めちゃくちゃ可愛い顔が近くにあった。なにこれ、上見ても下見ても天国のデッドロック状態なんですけど。


「私は考えました。誰も狙わないような、それでいてステータスは平均的な、トラブルの種にならなそうな無難な男子と付き合えば、万事問題は解決する、と」


 なるほど、一理ある。

 要するに誰から見ても全然羨ましくない男と付き合えば、色恋沙汰でのトラブルはなくなるわけだ。


 ……あれ、これ俺の評価けっこう低くね? 別にいいんだけど。


「でもさあ、やっぱりちょっと納得できないな。その理論だと、やっぱり俺じゃなくてもいいじゃないか」

「と、言いますと?」

「俺以外にも候補はいるだろ。それこそ、もうちょっと俺より見た目がマシなやつとか、性格がマシなやつとか、玲愛さんくらい可愛かったら、選び放題だろ?」

「おや、私のこと可愛いって思ってくれてるんですか?」

「まあ、そりゃあ……現にかわいいし」

「そうですかねえ。私、学校ではかなーり地味ですよ?」


 俺は眉をひそめた。なに言ってるのこの子。


「嘘つくなよ。言っちゃあなんだけど、その見た目で地味っていうのは無理があるぜ」

「でも志茂田さん、私が一緒のクラスだったこと、気付かなかったでしょう?」

「それは……」


 確かにその通りだ。

 昨日告白されるまで、俺は玲愛さんのことをこれっぽっちも認識していなかった。

 さらに言えば、今日だって教室で玲愛さんを見つけられなかった。


「実は私、学校ではこんな感じなんですよ」


 玲愛さんはそう言うと、カバンから眼鏡を取り出した。

 そしてぱぱっと手早く前髪を弄り、装着する。


「こ、これは……」

「どうです? かなり印象変わるでしょう?」


 前髪を弄り、眼鏡をかけた。

 たったそれだけ。

 たったそれだけのことなのに、目の前に座っている玲愛さんの印象ががらりと変わった。

 早い話が、になったのだ。

 高校デビューした子の中学の頃の卒アルを見るのと、きっと似ている。

 やったことないから分かんないけど。


「これも……平穏に暮らすための処世術ってことか?」

「ですです。派手な子は目立ちますし、目立つと叩かれますから。地味にまとめるのが賢い選択です。オフモードって感じですね」


 学校にいる時がオフモードとはこれいかに。


「で、俺に告白した時に眼鏡をはずしてたのは……」

「ああいう時こそ本気モードにならないと。オフモードの時に告白されるより、絶対きゅんきゅんしたでしょう?」

「……まあ」


 したね。心臓が悲鳴をあげるくらいには。


「でもそれってさ、自分で自分が可愛いことを自覚してるってことだろ?」

「ま、そうとも言いますね」


 けろっとした顔で玲愛さんは言った。いい根性してるぜまったく……。


 自分で自分の印象を変える術を身に着けている。つまり、彼女は、自分の外見について客観的な視点を持っているのだ。


 どうすれば可愛く見せられるか、どうすれば地味に見せられるか。

 自分が可愛い事なんて百も承知で、それこそ、色んな人に言われた経験だってあるだろう。


「というわけで、見た目を褒めていただけたのは嬉しいですが、残念ながらそれくらいの言葉では、私のハートはうち抜けないのです。漫画とかでよくある、なんとも思ってなかった男子に急に容姿を褒められて思わず胸キュン☆ みたいなベタベタ展開にはなりませーん。残念でしたー」

「べ、別に狙って言ったわけじゃないし」

「ふふ、そうですよね。失礼しました」


 どうにも調子狂うな……。

 手のひらの上で転がされてるだけっていうかさ。

 嫌な感じは、しないんだけど。


「……話を戻そうぜ。話を聞いてると、やっぱり付き合う相手が俺である必然性はないと思うんだよ」


 玲愛さんは、しかし首を横に振った。


「いえいえ、志茂田さんじゃなきゃダメなんです。だって――」


 そして、言う。


「志茂田さん、友達なんていらないと思ってますよね?」

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