第36話

 今日は朝から色々とある日だ。

 僕の下駄箱に手紙が入っていたり、高井がイメチェンしてきたり。


 僕たちは千尋、上原さん、相沢さんの四人で昼食を食べている。


 そして当の高井はといえば、昼休みに僕達と一緒にご飯を食べることは未だに無かった。本人曰いわく読書に時間を当てたいからだそうだ。


「それしても高井さん変わりましたね。すごく可愛くなりました」


 千尋が高井に目をやり、続けて相沢さんに目を向けた。


「昨日さ放課後三人で出掛けた時に麻里花が似合うんじゃないかって提案してきたんだ。それでそのまま麻里花の行きつけの美容室に行ってカットしてきちゃった」


 なんという行動力! 上原さんは思い立ったら即行動の人だった。


 確かに僕の時も上原さんがその場で全てコーディネイトして、カットまで指示してくれたんだっけ。


「上原さん凄いな……僕の時も全部決めてくれたしホント尊敬するよ」


「えへへ、褒められた! 遠山に褒められるとすごく嬉しい」


 僕に褒められ照れる上原さんは本当に可愛かった。僕の周りには可愛い女の子ばかり集まっている。千尋は男だけど。


 ふと、教室の別のグループに目をやるとそこには今朝、下駄箱に入っていた手紙に書かれていた名前の中村友美の姿があった。


 ――彼女は一体なにが目的なんだろう?


 本当に中村さんが手紙を入れたんだろうか? もしかしたら中村さんの名前をかたったイタズラかもしれない。


 そんなことを考えてジーッと中村さんを見ていると彼女と目が合った。

 中村さんはニコッと微笑み小さく手を振ってきた。僕は彼女に何も返さず咄嗟とっさに目を逸らした。


「遠山、どうしたの? 急にボッーっとしちゃって」


 上原さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ、ああ……別になんでもないよ。ちょっと遅くまで本を読んでて寝不足で急に眠気が襲ってきたんだ」


「そう、遠山も読書はほどほどにしないとね」


「うん、そうする」


 中村さんのあの態度は……やっぱり手紙は中村さんなのか?



〜 放課後 〜



 そして僕は放課後になり、用事があるからと上原さん達に告げ呼び出された校舎裏に来た。


 呼び出された場所にはセミロングで髪を明るく染め、整った顔立ちをした女子が立っていた。中村さんに間違いない。


「遠山くん? 来てくれたんだ……ありがとう!」


 僕が近付くと彼女はパアっと笑顔になった。


「この手紙は中村さんが僕の下駄箱に?」


「うん、急に呼び出してごめんなさい」


「いや、それはいいんだけど……どんな用件なのかな?」


 僕は中村さんが何の用件なのか本人を目の前にした今でもサッパリ分からない。それほど彼女と接点がないのだ。


「えと……そ、その……」


 中村さんはすごく言い辛そうだった。


「私、遠山くんのことが好きです! 付き合ってください!」


 へっ⁉︎


 思わず間抜けな声を出してしまった。


「今、なんて……?」


「勇気を出して言ったのに、もう一回私に恥ずかしいことを言わせるんですか?」


 中村さんは少しムッとした様子だった。


「い、いや、ちょっと信じられないので聞き違いかなって……」


「それは仕方ないです……ね。いきなりこんなことを言われても信用できないですよね。……それじゃあもう一度言います」


「うん……」


「遠山くんのことが好きです。私とお付き合いしてくれませんか?」


 どうやら聞き違いでは無かったらしい。


「えーと……どうして僕なのかな? 同じクラスだけど今日初めてお話しするよね?」


 中村さんとは今まで全く接点がなく、一言も話したことがない。


「確かに今まで話したことは無いですけど、最近、髪の毛を切ったじゃ無いですか? そうしたらサッパリしてなんか良いなぁって気になるようになったんです」


 髪の毛を切っただけでそんなに変わるものなのだろうか?


「それじゃあ理由になりませんか?」


 確かに雰囲気が変わって気になるようになったというのもあるかもしれない。今日の高井を見てるとそういうこともあるんじゃないかと思える。


 でも、僕は中村さんのことはなんとも思っていない。考えるまでも無くお付き合いはできない。


「えと……気持ちは嬉しいんだけど、中村さんとは付き合えないです」


 僕は悩むことなく中村さんの告白を断った。


「やっぱりダメですか……上原さんとかと比べちゃうと私なんて可愛くもないですよね……」


 中村さんは少しシュンとしてしまった。


「い、いや、そんなことないよ。中村さんもカワイイと思うよ」


 上原さんと比べてしまうのは可哀想だ。彼女は特別だ。


「ホントですか⁉︎  遠山くんに言われると嬉しい!」


 中村さんは少し元気を取り戻したようで何よりだ。


「でも、やっぱり中村さんとは話したことも無いし、そういう感情はないから付き合うことはできないよ」


 僕は正直に答えた。


「そう……ですよね……」


 中村さんは何かを考えているようだった。


「分かりました……今は諦めます」


 よかった……中村さんは諦めてくれるようだ。今はと言っていたけど。


「うん、せっかくの気持ちだけど、ごめんなさい」


「いえ、私も遠山くんの気持ちを考えないで押し付けてしまってごめんなさい。それで、その……最後に一つだけお願いがあるんです」


「お願い? えーと……できることなら」


「そ、その……ハ、ハグをしてもらえないでしょうか? 遠山くんとお付き合いできなくても、それで諦められると思うので」


 ――えっ? ハグって抱きしめるアレのこと?


 なんでいきなりハグなんだろうか? でも……ハグぐらいで満足して諦めてくれるならいいのか?


「やっぱり……だ、ダメですか?」


 上目遣いで申し訳なさそうにお願いしてくる中村さん。こういう仕草をされると男は弱い。


「う、うん、ハグくらいならいいよ」


 まあ、数秒だけそれっぽくすればいいだろう。それで諦めてくれるなら。


「ホント⁉︎ やった! そ、それじゃお願いします」


 僕は中村さんの身体に手を回し軽く抱きしめる。女性特有の柔らかい感触と良い匂いがした。

 中村さんも僕の背中に手を回してきた。


 中村さんは背が低く僕の顎くらいに頭の天辺がくるくらいの身長だ。彼女は僕の胸の中にスッポリ収まっている。


 僕と中村さんは抱き合ったのは十秒間くらいだろうか。彼女が僕の胸から離れていった。


「遠山くん、ありがとうございます! 今日のことは忘れません!」


 そう言って彼女は恥ずかしそうに走り去っていった。


 嵐のように去っていった中村さんを見送りながら僕は、告白するのもされるのも疲れるものだなと思った。


 セックスには慣れてはいるが、恋愛に関しては経験ゼロの僕は初めてのことで疲れてしまいその場に腰を下ろした。

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