第29話

 昼休みに僕、上原さん、千尋、相沢さんの四人は各々お弁当を持ち寄り、僕の机を中心にして集まっていた。

 最近はこの四人で集まって一緒にお昼を食べることが多くなった。


 それにしても……つい最近まで一緒にお昼を食べる相手は千尋しかいなかったのに、僕も随分と変わったもんだな。


 ちなみに髪の毛を切ったことに千尋は気付いたが、他の人に何かを言われるようなことは無かった。


 ――劇的に変わったわけでもないしね。


 ちなみに上原さんは、お昼を一緒に食べようと高井をしょっちゅう誘っているがいつも断られている。

 断られてもめげずに誘い続ける上原さんの熱意には感心する。


「遠山、今日の放課後空いてる? みんなでカラオケに行かない?」


 上原さんが突然カラオケに行こうと言い出した。

 先日、上原さんと映画を観に行った別れ際、キスしたことは無かったかのように、彼女は僕に対して普通に振る舞っている。


「賛成! いくいく! 最近カラオケ行ってないから行きたい!」


 真っ先に返答したのは相沢さんだった。


「前はみんなでよく行ってたけど、最近はみんなバラバラになっちゃったからね」


 上原さんが言うにはカラオケによく行っていた上位カーストのメンバーは、グループチャットの一件以来バラバラになってしまったということらしい。

 倉島と谷口が誹謗中傷の件で謹慎になったことで、上原さんと相沢さん以外の生徒も抜けてしまったのが大きいようだ。


 その倉島だが今はどうなっているのかというと、別の中間くらいのカーストにいた生徒を取り込み、新たにグループの中心になっているようだった。


 倉島はあのような性格だが何故かカリスマ性があり、彼を中心に人が集まってくるようだ。


「沖田くんはどうする?」


 上原さんが千尋に尋ねた。


「佑希は行くの? それだったら行こうかな……ぼく、カラオケあんまり行ったことないし……」


 千尋は僕に判断を委ねるようで、彼はジーッと僕の顔を覗き込んできた。

 千尋は一見ボーイッシュな女の子に見える。彼の男子とは思えない可愛い顔に見つめられて僕は何となく恥ずかしい気持ちになった。


「アンタたち男同士で見つめ合ってなに照れてるのよ⁉︎ 遠山は私が腕組んだりしても平然としているクセにっ!」


 上原さんだと恥ずかしくないのに何で千尋の時はドキドキするんだろう……?

 ギャップ萌えみたいなものなのか? 


「千尋がそう言うなら僕も行くよ」


 千尋の懇願するような眼差しに負けて僕もカラオケに行くことにした。

 

「麻里花、沖田に負けちゃったね〜よしよし」


 相沢さんが上原さんの頭を撫でてなぐさめている。


「遠山ってばつれないんだからっ! 私より沖田くん選ぶんだ。ふーん」


 上原さんは拗ねてぷいっとそっぽを向いてしまった。


「あーっ! 遠山が麻里花を怒らせちゃった」


 どう考えても上原さんは怒ってはいない。相沢さん面白がって煽らないでください。


「ほら千尋もカラオケ慣れてないし、一緒に行った方がいいかなぁって」


「言い訳がましい! 男ならハッキリ決める!」


 相沢さんは中々に厳しい。


「はいっ! カラオケ行きます! 上原さん一緒に行こうか」


「やった! じゃあ、高井さんも誘ってくる」


 そう言って上原さんは、いつものように一人静かに本を読んでいる高井の元へ向かった。


 それにしても上原さんが高井を誘うとは予想外だった。彼女は……行かないだろうな。

 高井がカラオケで歌っている姿は想像出来ない。




「高井さん行くって〜」


 ――えっ⁉︎


 高井の元から戻ってきた上原さんから意外な言葉が返ってきた。

 ……まさか高井がカラオケへ一緒に行くとは……どういう心境の変化なんだろうか。


 でも、相沢さんもいることだし、この機会に仲良くなって交友関係が広くなればと僕は思った。



 放課後、高井を含めた僕たち五人は駅前に向かって歩いている。


 よく考えるとこのメンバーで男は僕と千尋の二人だけだ。彼は一見女子に見えるが今は男子のブレザーを着ているから男子に見えないことはないが、はたから見ると地味な男子一人が女子四人と歩いているように見えるかもしれない。


 高井の素顔は美人だが今は地味で、上原さん、相沢さん、千尋の三人とのコントラストがハッキリと分かれている。まさに陰と陽といった感じだ。


「高井、今日はどうしたの? 珍しいじゃないか」


 僕以上に一人を貫いている高井にどういう心境の変化があったのか知りたかった。


「別に。上原さんが食い下がってきて面倒だったから仕方なく」


「はは、そういうことにしておくよ」


 その後、高井は何も言わなかった。


 上原さんが食い下がってきたのは本当だろうが、普段はそれで面倒くさがられて断られているのだろう。でも上原さんはスルリと達人のように高井の心に入り込んで、彼女の返事を引き出したのだ。


 上原さんは純粋に損得無しで高井と仲良くしたいと思っているのがよく分かる。

 だから高井も上原さんに邪気がないことが分かり、少しずつ心を開き始めているのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る