第18話

 僕が自宅待機になり二日目。

 その間に高井からメッセージで今の状況を教えてもらった。


 例のグループチャットの内容が明るみになり学校側に知られたらしい。しかしグループチャットは削除されていたらしく、学校側で把握できたのはスクショだけだそうだ。


 ただ、そういった誹謗中傷が陰で行われていたことが問題になり、臨時のホームルームが開かれクラス全体にそのことが知れ渡ったようだ。その場でグループチャットに書かれていたことは事実無根であり、信じないようにと先生から話があったようだ。


 しかし犯人探しのようなことはなく、そういった誹謗中傷に加担してはいけないという当たり前のことと、もし何か被害があったら先生に相談して欲しいということを話し合っただけで終わったらしい。


「まあ、そうだよな。真相究明なんて学校側がする訳ない」


 もし、真相究明するようなことになれば、携帯電話のキャリア、プロバイダやチャットアプリの会社に情報開示を求めたり面倒な手続きをしなければならない。そこからグループチャットに書き込みをした人間を特定して一人一人に聞き取りをして……大事だ。


 多分、誹謗中傷を受けた上原さん本人が訴えたりしない限りそこまで学校側はしないだろう。


 結局、犯人は特定できないまま有耶無耶になってしまう気がする。倉島が関わっていることは間違いないが証拠がない。自分も書き込みが本当だと思って上原さんに下駄箱での発言をしてしまったと倉島に言われてしまえばそれまでだ。


 となると残るは僕と倉島の処分が決定されるのを待つだけだ。



 自室でボーッとそれらのことを考えているとドアがノックされ母親が部屋に入ってきた。


「佑希、先生がいらっしゃったからリビングに来なさい」


 昨日も桑島先生が家に来て母親に説明をしていた。今日は臨時ホームルームで話したことを伝えに来たか、僕の処分内容を伝えに来たかだ。


 今日は家に来たのは桑島先生ではなく担任の宮本先生だった。


 挨拶もそこそこに先生は本題を話し始めた。


「今回の遠山くんが起こした下駄箱での一件は上原さんからの報告で状況は把握しています。今日は親御さんに状況の説明と遠山くんにその事実確認をしに来ました。今から話す内容は録音させて頂きます。よろしいですか?」


 宮本先生はカバンからボイスレコーダーを取り出した。


「分かりました」


 録音するのは当然のことで重要な証拠となる。


「はい、よろしくお願いします」


 母もそれに同意した。


 先生は僕が学校を休んでいる間のホームルームでの話や、上原さんとの話し合いの顛末を聞かされ、倉島と谷口に事実確認済ませたことを僕と母親に説明した。

 やっぱり上原さんは全て包み隠さず全てを話したんだな。


 倉島と谷口は個人情報絡みだろうか男子生徒A、Bとなっていた。


「お母様も状況を理解して頂いたと思います。あとは息子さんにお話を聞かせて頂き、その内容を持ち帰り今日の放課後の職員会議で処分を決めたいと思います」


 僕と母親は無言で頷き先生の話の続きを待った。


「遠山くん、上原さんが聞かせてくれた話をまとめると、匿名のグループチャットに君と上原さんが援助交際しているという根も葉もない嘘と誹謗中傷が書かれていたということです。そのグループチャットは削除されていましたが、複数の生徒の証言と彼女が持っていた画面を撮影した画像で事実であることは確認しています。それは間違い無いですか?」


「はい、間違いないです」


「そして下駄箱での一件は上原さんの下駄箱にこのような紙が入っていたことが発端であると聞きました」


 宮本先生がこれはコピーですが、と紙をクリアファイルから取り出し僕と母の前に差し出した。


 そこに書かれた悪意の文字。二度と見たくはなかったが確認の必要があり怒りが込み上げてくるのを我慢した。


「これが上原さんという女子の下駄箱に?」


 母が宮本先生に尋ねた。


「はい、これを見た上原さんと息子さんに対して他の男子生徒二人が酷い言葉を上原さんと息子さんの二人に浴びせた。それに激怒した息子さんが一人の男子生徒の胸ぐらを掴み下駄箱に叩き付け締め上げた。これが今回、息子さんの起こしたことの顛末です。この紙にその時の会話の内容が書かれています」


 宮本先生はもう一枚紙を取り出した。

 そこには倉島、谷口、僕、上原さんの会話内容が記録されていた。

 もちろん倉島と谷口は男子生徒AとBだ。


「この紙の会話は上原さんと男子生徒二人も概ね合っていると話していることは確認しています」


「ヒドい……もちろん上原さんという女の子は援助交際なんてしていないのですよね?」


 母が聞き辛そうに先生に問い掛けた。


「上原さんはもちろんしていないと否定しました。グループチャットのメッセージでも上原さんと遠山くんが援助交際をしている、と書き込まれていましたが否定しています。遠山くん、これに関して君の話を聞かせてください」


「僕は上原さん本人ではないので彼女が援助交際をしていないと100%断言する事はできないです。でも、彼女は絶対にそういうことをする人ではありません。これは断言できます。そして僕と上原さんは援助交際などしていません」


「こちらの紙に書かれた彼らとの会話の内容については?」


 思い出したくもない、倉島たちとの会話の記録が書かれた紙に目を通す。


「はい、細かい言葉の違いまで覚えていないですが大体こんな感じで合ってます」


「はい、ありがとうございます。これで当事者の上原さん、遠山くん、男子生徒二人と当時下駄箱付近で目撃した生徒の証言は一致しました。あとはこの証言を持ち帰り職員会議に掛けます。以上になりますが何か質問はありますか?」


 僕は一番気になる事を先生に質問した。


「先生、グループチャットで嘘を広めた連中はどうするんですか? 奴らが根も葉もない嘘を書き込んだことで上原さんがどれだけ傷付いたと思ってるんですか?」


 僕が処分を受けるのは仕方がないことだ。理由はどうあれ暴力行為に及んだことには間違い無いのだから。

 でも、悪意をもって嘘を広めて連中は何もお咎めがないなんて納得がいかない。


「遠山くんの気持ちは分かります。あのような誹謗中傷は人としてやってはいけないことなのは間違いないわ。でも、この件に関して学校はこれ以上調査しないつもりです」


「なんでだ!」


 僕は身を乗り出し宮本先生に詰め寄った。


「佑希! 落ち着きなさい」


 母親に肩を掴まれ僕は椅子に座り直した。


「被害者である上原さんが必要ないと言っていました。もう一人の被害者である遠山くんが調査を求めるなら再考もあるかもしれません。どうしますか?」


 僕は迷った。これ以上調査をするとなれば、今回の問題が更に広まり学校外でも噂になるだろう。鎮静化しつつある問題をわざわざ僕の勝手な正義感で掘り返す必要があるのだろうか? もしかしたら上原さんはこの件にはもう関わり合いたく無いのかもしれない。


「分かりました……納得はできませんが上原さんがそう言っているなら、これ以上の調査は望みません」


「お母様はいかがですか?」


「私は息子が決めたことに従います。だからこれ以上の調査は私も望みません」


「分かりました。最後に遠山くんに弁明や反省の言葉があったら聞かせてください」


 処分を軽くするなら弁解や反省の言葉述べればいいところだが僕は正直に答えた。


「今回の件で安易に暴力行為に及んだことは反省していますが後悔はしていません」


 僕に言えるのはこれくらいだ。


「ありがとう。録音はここまでで終わりにします」


 そういって宮本先生はボイスレコーダーの録音を止めカバンにしまった。


「ここからは私の私見なのだけれど、軽い処分で済むと思うの。まず悪質な根も葉も無い嘘に女子に対する侮辱的な言葉。遠山くんが怒るのも無理はないわ。というより貴方が怒ったお陰で上原さんを守ったといってもいいと思うの。じゃなきゃ彼女は悪意に晒されたままだったわ。暴力行為はどんな理由があってもダメだけど相手にケガがなかったのが幸いだったわ」


 守るだなんて考えてなかった。上原さんの悲しむ姿を見てキレただけだ。


「上原さんという女子のことで怒ったことは褒めてあげるわ。でも、暴力行為は褒めらたものではないから、しっかり処分を受けて反省しなさい」


 母親からお褒めの言葉とお叱りを受けて喜ぶべきなのか迷うところだ。


「それでは私は学校に戻ります。処分が決まりましたら連絡しますのでそれまでは自宅待機を続けていてください」


 宮本先生はソファーから腰を上げ荷物をまとめ、僕と母は先生の見送りで一緒に玄関へと向かった。


「息子がご迷惑をお掛けしました」


 玄関で先生に向けた母親のお詫びの言葉を聞いて僕はより反省を深めた。


 ――家族に迷惑かけないようにしないとな。



 遠山くんの家を後にして私は学校に向かいながら、昨日上原さんに事情を聞いていた時のことを思い出す。


 性に関わるデリケートな話だった為、女性である私が一人で上原さんに話を聞いていた。


「援助交際をしていたと書き込みにあるようだけど、これに関して上原さんの話を聞かせて下さい」


 もちろん上原さんは否定した。驚いたのはその後の彼女の発言だ。


「宮本先生……私はその……ま、まだ、し、処女です! 何か証明しろと言われても困りますが……あ! 婦人科とか行けば何か証明とか貰えたりしますか?」


 ――ブッ!


 上原さんの突然の処女宣言には私も驚いた。思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。いきなり何を言い出すのだろうこの子は。


「し、失礼しました……そ、そういう証明書は無いんじゃないかな? 先生は分からないけど」


「そうなんですか……それだと遠山くんの疑いも晴らせないですよね……私が処女だと証明できれば彼と援助交際してないって分かるのに……」


 彼女は真剣に遠山くんのことを心配して処女証明とか考えたのだろう。


 私は不謹慎だが微笑ましくて思わず笑みが溢れてしまった。

 上原さんは遠山くんのことがとても大切なのだろう。



 私は昨日の事を思い出し、道を歩きながらニヤニヤと顔を綻ばせていた。


 ――ふふ、若いっていいな。


 この二人なら今の障害くらい簡単に超えてしまうだろう。


 私にできることは上原さんの為にも職員会議で遠山くんの処分が軽くなるように働きかけることだ。

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