第42話 大勝負~4

「犯人を捕らえろ!」


レイモンドのかけ声と同時に兵士が一斉になだれ込む。


群衆は怯えた声を上げながら、私たちから距離を取った。恐怖に怯えた令嬢たちの顔、彼女たちを守ろうと、その腕を引き、引きつった顔で通路側へと身を寄せる貴族たち。


「エレーヌ!」


アーロンが大きな声で私の名を呼び、ぐっと彼の胸の中に抱きしめられた。アーロンは、私の頭も手で覆い、外的からかばうように守ってくれた。


そして、兵士たちが私たちの元に到着する。


これで終わりだ。もう終わる。


私がそう思った瞬間、皆がぎょっとした顔で凍り付いた。美しい衣装をまとった人々が、度肝を抜かれた顔をしてぽかんと口を開けていた。


兵士たちも動きを止め、みんながみんな狼狽した顔をしている中、不思議な静寂が広がっていた。


誰一人、口を聞こうとする者もいなかった。


私は、兵士たちに腕を掴まれることもなく、アーロンの腕の中から見えた隙間から、何が起きたのか、すぐに察することができた。


「ちょっと、どうして私が捕まらなきゃならないの」


静寂を突き破るその声は、私のものではなく、エマ・ブランドルのものだ。


「マクファーレン、これはどういうことだ」


祭壇の上では、マリエルが兵士に後ろ手を取られ、エマと共に拘束されている。


私を取り囲んでいる警務省の兵士たちは、私をまるで守るかのように抜刀しているし、祭壇上の王族警護の近衛兵は、マクファーレンの兵士たちと一触即発の状況でにらみ合っている。


「これはどういうことだ?」


その場にいた国王が立ち上がり、落ち着いた声でレイモンドに問う。


彼は恭しく胸に手を当て、一礼し、おごそかな口調で口を開く。


「王宮の国庫を盗み取った犯人が見つかりましたので、捕らえさせていただきました。僭越ながら、犯人逮捕の許可は王太子殿下からいただいております」


「マクファーレン、気でも狂ったのか。犯人はマクナレン公爵令嬢だろっ」


未だに後ろ手に拘束されている王太子に向かって、レイモンドは冷静な口調で語り掛けた。

「いいえ、犯人はブランドル子爵令嬢に間違いございません」

「俺の婚約者だぞ。王族への反逆だ」

「まだ、正確には王族にはなられておられません」

「マクファーレン、それが本当であれば、聞き捨てならない。証拠はあるのか?」


さすが、国王だ。こんな事態になっても、何一つ表情を崩さずにいる度胸は大したものであったが。


「はい、それでしたら、調書はこちらにあります」


レイモンドが差し出した書類を、国王はぱらぱらと眺めたが、すぐに口を開く。


「よろしい、この件に関しては、こちらで吟味しよう。式典でこのようなことをした理由はなんだ」


「書類だけでなく、この件に関して重要な証人が必要でした。そう、無実の罪を着せられ、投獄されたマクナレン公爵令嬢の存在が、何より重要だったのですが、彼女は隣国の王族に保護されております」


「なるほど。彼女と接触できる唯一の機会が、この場であったという訳か」

「さようにございます。陛下。マクナレン公爵令嬢に今、証言いただくことは可能でしょうか?」

「仕方がない。許す」


すると、レイモンドは皆の前で、一枚の書類を取り出した。


「この署名は、エレーヌ・マクナレン公爵令嬢がサインしたものです。これは、市井の孤児院へ寄付を送るという書面です。マクナレン公爵令嬢、どうかこちらへ」


レイモンドから名を呼ばれたので、わたしは祭壇へと上がる。


そうして、レイモンドが差し出した書面を受け取った。それは、確かに私が書いたもの。地下牢にいた頃、王宮の支度金を使って、せっせとあちこちに寄付することを示した書面だった。


「ええ、間違いありません。私が書いたものです」


私がそう証言すると、マリエルが狼狽したように叫ぶ。


「嘘だ! この女は贅沢をするために、国の国庫から金を盗み取った。証拠はあるだろ。マクファーレン!」


レイモンドはじろりと王太子を見つめてから、静かに口を開く。


「ええ、もちろんあります」


マリエルは勝ち誇った顔をした。

「ほら見ろ、俺が言った通りじゃないか。この女は国庫から金を盗み取ったんだ。ほら、その証拠を見せてみろ」


その中で、レイモンドはもう一枚の書類を取り出す。

「確かに、支度金以外の国庫から金を使ったということになっていますね。ダイヤモンドの首輪、その金額一億五千バール」


場の空気が大きくざわめく。


けれども、なんの抑揚もなく、レイモンドは決定的な言葉を放った。

「しかし、その購入書類には、全く筆跡の異なるサインで、エレーヌ・マクナレンの名が書かれていますが、これは本人のものではありません。つまり、これはマクナレン公爵令嬢ではなく、第三者が彼女の名を騙って、ネックレスを入手したということになります」


国王がそこで口を挟んだ。


「つまり、マクナレン公爵令嬢は無実の罪を着せられていたと」

「そういうことになります。陛下」

「では、なぜ、ブランドル子爵令嬢が拘束されているのだ」

「我々は、そのネックレスの行き先を追いましたら、彼女にたどり着いたのです。国庫を消費したものは、すべて彼女の懐に入ったと確認できました」

「嘘だ!」

マリエルが大きな声で叫ぶ。

「あの女が、エレーヌが、王室の金を盗んで散財したんだ。エマがそんなことをする訳ないじゃないか」


その言葉を聞いたレイモンドは、哀れみのこもった視線をマリエルに向けた。

「我々もその可能性を考えて調査をいたしましたが、殿下、マクナレン公爵令嬢は、投獄された時に、その支度金すべてを、町の孤児院、治療院、学校など、ありとあらゆる場所に寄付なさっているのです。多額の支度金を寄付して、王宮の金を盗むなどありうるでしょうか?」

「つまり、どういうことだ」

国王の言葉を受けて、レイモンドは恭しく礼をとる。

「わたくしが証言いたしましょう。このエレーヌ・マクナレン公爵令嬢は、国庫の金には一切手を付けていないと証言させていただきます。彼女は、まったくの濡れ衣を着せられ、投獄され、何か月間も自由を奪われた生活をしていたのです」


「それは誠か? エレーヌ」


国王陛下が私に向き合う。私は丁寧な礼をして、短く答えた。

「はい、誠にございます。濡れ衣を着せられ投獄されておりました」


周囲には驚きの声が大きくさざめいていた。人々は口々に冤罪、とつぶやき、事の流れを驚いた様子で見つめている。


王妃様はショックのあまりふらふらと倒れそうになり、国王は腕を組んで、静かに何やら考えていた。


ショックで顔面蒼白になっているエマがいて、その横では兵士に取り押さえられて半狂乱になっている王太子がいた。


「こいつが、エレーヌが金を取ったんだ! この女狐、よくも皆をだましてくれたな」


アーロンが私をかばうように前に出ると、マリエルはあっけにとられたような顔をしていた。


「お前が、アーノルド第三王子……」


ようやく、アーロンがアーノルド殿下だと分かったらしく、マリエルはぽかんと口を開けていた。


そこで国王陛下は、腹をくくったように顔をあげ、毅然とした口調で皆に声を上げる。


「様々な事柄が明らかになった今、婚約を継続することは不適切だと判断した。よって、本日の婚約は無効とする。皆の者、今日はこれまでだ。今後のことは追って沙汰する」


その声を聞いた瞬間、エマは金切り声を上げた。


「お前が、余計なことをするからいけないのよ! 悪役令嬢なら悪役らしく斬首されなさいよ! わたしはヒロインなのよ。こんなこと絶対にありえない」


意味不明のことを口走るヒロインに、皆は怪訝な視線を向けた。


気が狂っているのだと思われたのだろう。


皆は気まずそうにヒロインから顔を背けた。

制止

「おい、エレーヌ、だめだ」


アーロンの制止を振り切り、私はエマに近づいた。もうネタバレをしてもいいだろう。


「今までの悪行を振り返って、己の行動を反省すればいいわ」


私がエマの耳元でそう囁くと、エマはびくりと震えて、目を大きく見開いた。


「転生者……、こんな所に……」


そう、そのセリフは、乙女ゲームの中で、悪役令嬢エレーヌが処刑されるときに、ヒロインであるエマがその耳元でささやくはずのセリフだ。


「レイモンド」


国王が彼を呼び止めると、渋い顔を見せた。


「我が国に忠誠を誓うのなら、事前にわたしに教えてもらいたかったのだが」


レイモンドはうっすらと笑い、礼儀正しく頭を下げる。


「すでに王太子殿下から、国王様はご報告を受けていると伺っておりましたので、大変失礼いたしました」


「この一連のすべてはマリエルの一存で進められたということだな」

「はい、さようにございます。我々は国王陛下の忠実なしもべであると同時に、聖イリウスに対しても正義を貫くと誓った者でもあります。国として、何より大事なのは、正義を貫くことではないかと」


そういうレイモンドの首には、カメオのブローチがつけられていた。


それが、彼の亡き母君のものであることを、私は知っている。やはり、レイモンドは、あの地下牢の火災の時に、彼の母の記憶を取り戻していたのだ。

正義をつかさどる聖イリウス、彼がまっとうな人間に戻ったという証でもある。


そう、私の賭けは成功したのだ。


「では、陛下。我々はこれにて失礼いたします」


レイモンドは、後ろ手に縛られたエマを連れて、陛下に礼をとった。


これからエマをどこに連れていくのだろうか。


もしかして、レイモンドの屋敷とか? 


嗜虐癖に倒錯したレイモンドの性癖はまだ直っていなかったのだろうか?


私の顔にはそんなことが、ありありと書かれていたらしい。レイモンドは、私に向かって、にやりと黒い笑みを浮かべる。


「お察しの通り、令嬢には尋問させていただかなくてはなりません。そう、じっくりと時間をかけてね……」


そういうレイモンドの口調にはどことなくうっとりした雰囲気が含まれていて、彼の性癖はやはりゆがんだままだったのだろうか。


エマも、レイモンドルートのバッドエンドに入ってしまったことを知り、ひいっと喉の奥から声を上げた。


「さあ、ご令嬢、行きましょうかね。貴女には色々とお伺いしたことが沢山あるのですよ」


エマが連れ去られながら、助けてくれと懇願するような視線を向けられていたが、もう私にしてあげられることは何もない。


・・・・・・どうか、エマよ。がんばってレイモンドの尋問に耐えてくれ。


「犯人を連れていけ」

レイモンドの命を受けて、連れ去られるマリエル王太子とエマを尻目に、私はエマの傍から立ち上がり、国王陛下に向き直る。


「陛下、我が身の潔白を認めてくださり、ありがとうございます」


丁寧に礼をとりながら立ち上がると、アーロンがすぐ傍に来てくれた。顔は嬉しそうに上気して、明るい表情が浮かんでいた。


「エレーヌ、よかったな」


「アーノルド王子、なぜ、エレーヌをお連れになっているのですか?」


国王陛下の問いに、アーロンはいたずらっぽくほほ笑む。


「それは、まだ秘密です。まだ、これから発表することがあるので」


そう、まだこれからサプライズはあるのだ。


とりあえず、わたしを悩ませて一連の問題も、ようやく終止符を打つことができたのだった。


その後、私たちもレイモンドの部下の護衛付きで、宮廷を後にしたのだが、居並ぶ賓客を国王夫妻がどう収拾させたのかは、私たちは知らない。そして、気にも留めなかった。

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