第19話 蘇る記憶

「そうだ、その手があった!」


私は椅子から弾けるように立ち上がると、すぐさま格子越しの兄へと駆け寄る。アーロンの牢屋との境目で、私は小声で二人に言う。


「そうよ、火事よ。火事なんだわ」


ガスが忘れていったのは、地下牢での必需品であるランプだ。


この世界のランプは、油の中に蝋燭の芯のようなものを浸して、そこに明かりを灯すような形になっている。


確か、ゲームの参考情報という形で、悪役令嬢エレーヌが処刑された後、その地下牢は火災によって消滅するという設定を見た。その後、燃え尽きた地下牢と共にエレーヌのことも皆から忘れ去れらるという流れだ。


自分がその悪役令嬢のエレーヌなのだが、ちょっと早いけど、別に火災を起こしても構わないよね? どうせ、後で燃えるんだしさ。


「どういうことだ?エレーヌ」


怪訝な顔をするアーロンに、私はどや顔を向けて言う。


「ふふふ、この格子の素材は材木ですのよ。燃やせば、簡単に燃え落ちるのではなくて?」


ゲームの中で、確か、見張り番中に居眠りした看守がオイルランプを倒してしまい、そこから漏れ出た油が地下牢内で引火して火災にと発展したのだという説明書きがあったのだ。


「ほら、看守が使っているのはオイルランプだし、倒したらすぐに燃え広がるわ」


「エレーヌ、確かに、着眼点はいいな」


普段は滅多に私を褒めることのない兄エドガーも、私の発案(?)に乗り気な様子。


あと、4~5か月後に火災が発生するのだ、ということは言わずに、いい案でしょ?と私は胸を張る。


そして、火災が発生するのは真夜中だったので、気付いた時には大火事に発展していたと言う訳だ。


「夜中なら、看守の見張りも薄いから、なお好都合だし」


アーロンも同じことを考えていたようで、にやりといい笑顔を浮かべる。


「暗がりなら、闇に紛れて逃げ出しても余計に見つかりにくい。なおさら結構だな」


「確かにそうだ」


兄も深く頷く。


よく気が付いたな、と兄は私に微笑み、アーロンとは目と目で頷きあう。


そこでアーロンがどんと胸を叩く。


「その辺の段取りは俺に任せてくれ。マクナレン公爵家が関与したとなると、後々、面倒だろうからな」


「ああ、そうしてくれると助かる。それで、その、妹の処遇だが……」


兄が、私に気まずそうな目を向けながら、アーロンに切り出すと、彼は、鷹揚に頷いた。


「彼女のことは俺に任せてくれ。この国で過ごすことは難しいだろうから、俺の国でしっかりと面倒を見る」


「そうか。じゃあ、よろしく頼む。その後のことは、また落ち着いてから相談させてくれ」


なんだか、私の意志をすっとばして、隣国で過ごすだの、勝手に話が進んでいくが、私は敢えて何も言わなかった。


脱獄しても、この国に居続ける限り、また捕らわれることになる。それに、アーロンが話してくれた「隣国の美しい景色」を見てみたかったのだ。


隣の国には海がある。キラキラと輝く水面に、真っ白な砂浜……。なんて素晴らしいバケーションなのか。前世では、海が大好きだったからよく海水浴とか行ってたけど、今世になってから、海なんて全く縁がない。


色々窮屈だったから、隣国で少し羽を伸ばしてみるのも悪くないかもしれない。


「……おい、エレーヌ」


自分を呼ぶアーロンの声ではっと我に返る。


思わず、脱獄後のビーチバケーションが楽しみになって、想像に心をはせていたら、いつの間にか、二人の間では脱獄の大まかな段取りのようなものが出来ていたらしい。


「じゃあ、後は書簡で。くれぐれも悟られるなよ?」


看守が戻って来る気配がしたので、兄はそう言って、そそくさと出かけていった。


「さて、そろそろ、しゃばに出るとするか」


一応の目途が立って、アーロンは、リラックスしながら、ふう~っと伸びをした。彼の口元にも柔らかな微笑みが浮かんでいるから、彼も楽しみにしているのだろう。


「あ、そうだ。忘れる所だった」


私は、と言えば、やおら机に向かい、紙とペンを手に大急ぎで手紙をしたため始める。


「何を書いているんだ?」


アーロンが不思議そうな顔をする。


「ふふ、内緒。ちょっとした意趣返しって所かしら?」


その夜、私は深夜になるまで時間をかけて何枚も手紙を書き続けたのである。


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