第4話 新しい友達が出来たよ

そして、しばらくひとしきり考え事をしている時に、ふと、疑問が沸いた。


そういえば、お隣さんはどんな人なのか。


そう言えば、ゲームの中で、エレーヌがどんな風に過ごしていたか、なんて全然出てこない。


自分のことを棚に上げて、私は、うふふと笑った。


異世界で、地下牢に入っているなんて、どんな人なのかな? 


超極悪人? 


ほら、よく時代劇とかで見かける、顔に傷があるような、やさぐれたような人なのだろうか。


見たい……、超見たい。地下牢とかに放り込まれている極悪人。


すんごく柄の悪い人だったりして?!


エレーヌの日常は習い事とかで綿密に組まれていたし、箱入りの令嬢として過ごしていたから、外の世界なんて全くしらない。そして、麗奈である私も興味があるのだ。


お隣さんが空き家ってことはあり得ない。ふとした瞬間に、うっすらと隣人の気配を感じるもの。


そう、見ちゃいけないものほど、見てみたいのだ!


キョロキョロと周囲を見渡す。ここには、「お嬢様、それはいけません!」などと言う婆やも、使用人もいない。

後で、お嬢様がのぞき見してらっしゃたわ、などど薄ら笑いを浮かべるいけ好かない貴族どももいない!


私は隣とこちらを隔てている格子に近寄り、そっとお隣の覗き込んだ。


んー、暗くてよく見えないけど、確かに誰かいる。


そこは、格子のすぐ横の壁。こちらに背を向けて、あのぼろぼろのくっさい敷布にくるまって、地面に横たわっていた。


よくその匂いに耐えられるねぇ。さっき、ちょっと臭いを好奇心にまけて嗅いでみたけど、すぐに心が折れた。


これじゃ、前世で飼ってた猫のタマが涎でべしょべしょにしたお気に入りの毛布より臭い! あれにくるまれるなんて、嗅覚が麻痺してるんじゃなかろうか。


「ねぇ、ちょっと、そこの人」


看守に気付かれないように、小さく声をかけてみたけど、その男は地面に横たわったままで身動きもしない。


「ねえ、聞こえてる?」


お隣さんにご挨拶するのは、当然の礼儀だと思う。彼がこっちを見てくれるかと思ったのに、全部、まるっと無視された。


「えいっ」


しょうがないので、その辺に落ちている小石を拾って、その人に向かって投げてみる。


石は狙った通り、その人に、こつんとあたった。あ、でも小石だから、大丈夫。痛くも痒くもないからね。


途端に、若い男の声が響く。


「全く、何すんだよ」


おおお、やっと気づいてくれましたか。わたくし、散々、貴方を呼びましたよ?


その後、その男から、散々、乱暴な言葉が返ってくるのかと思いきや、全く反応はない。


「……」


男は相変わらず汚らしい藁にくるまったまま、地面に力なく横たわっていた。


そして、このくっそ寒い牢獄で、藁にくるまったまま微動だにしない。


……何かがおかしい。


さすがに、私はちょっと心配になって、格子の隙間から思いっきり手を伸ばすと、男の額になんとか触れることが出来た。


うえっ、すごい熱?!


こちらに背を向けているから顔は見えないものの、かすかに見える耳は熱のせいで真っ赤だし、手に伝わる熱も相当なものだ。


私は周りを見渡して、軽くため息をついた。


無理もない。極端に不衛生な地下牢で、凍り付くような寒さの中、藁一枚でずっと閉じ込められていたら、誰でも体調を崩すはずだ。


ううむ。


私は少し考えこんだ。


「ねえ、そこの人!」


看守に聞こえないように、私がしつこく小声で呼びつつけると、男はようやく目を開けて、首だけこっちを向けた。


「……さっきから煩いぞ」


声だけだと、まだ20代くらいに聞こえるけど、こんな所に入れられるなんて、貴方は一体、何をやらかしたんですか? 


自分の事は棚にあげるが、とにかく、熱い紅茶を飲ませてあげたい。一人でお茶しててもつまんないしね。

ルルが残していったポットのお茶も、そのうちにぬるくなってしまうけど、私は、もう三倍もお茶のお代わりをしたから、お腹がたぷたぷだ。


「あの、ここに熱いお茶とお菓子があるんですけど、召し上がりませんか?」


お茶とお菓子、と聞いて、男は初めてピクリと動いた。


ほほう、この人のツボは食べ物ですか?!


男は、そこで初めて起き上がって、まじまじと私の顔を見つめ、不思議そうな顔をした。


「どうして、貴族令嬢がここにいるんだ?」


「ああ、まあ、複雑な事情がございまして、わたくし、当分、ここにいることになりましたのよ?」


「……ここは死罪用の牢屋なんだがな」


やっぱり、そうでしたか! 


うん、なんとなく、知ってたよ!


ちょっと泣きそうになった私の顔を、男は気の毒そうに眺めていた。


あの婚約者様野郎、やっぱりそれを狙ってた訳ね。


ということは、この御仁も同じ運命に違いないのだが、私はすぐに気を入れ替えて、彼をお茶に呼ぶ。


やっぱり、初めての地下牢で、少し心細かったのだ。


「ここは寒いから、ほら、はやくこっちにいらっしゃいな。お茶を入れて差し上げるわ」


彼はむさくるしい藁にくるまったまま、格子のすぐ脇まで来た。地下牢が暗くて、彼の顔がよく見えないままだったが、私は、早速、紅茶を入れてあげて、格子の隙間から彼に手渡してやった。


「……温かい紅茶なんか、久しぶりだ。しかも陶器の食器か」


なんだかしんみりした口調で彼が紅茶を啜る。


カップを持ち上げる手つきが思いもよらず、とても洗練された仕草だったので、この人は一体、何者なんだろう、と頭の片隅でそんなことを考えた。


それにしても、と、私は改めて思う。この人は高熱を出しているのだ。もっと栄養のあるものを食べさせなければならないだろう。


「ほら、お菓子もありますのよ」


彼にお菓子を手渡してやると、かなり餓えていたのだろうか。がつがつとお菓子を頬張って、すぐにお菓子はなくなってしまった。


温かい紅茶で、少し元気が出たのだろう。


男は以前より少ししっかりした口調で言った。


「……もうないのか?」


「生憎、今はこれだけ。でも、明日には侍女に頼んで持ってきてもらうわ。貴方にはお菓子じゃなくて、もっと滋養のあるものが必要ね」


私は、そう言って、余っていたクッションを彼にも分けてあげた。ダマスク織の高級な生地で出来ていたそれは、地下牢なんかで座るには勿体ない。けれど、公爵家の持ち物は大体がこんな風な高級品ばかり。


私は手元にあった毛布も彼に分けてあげると、彼は恐縮したような顔をした。


「ご令嬢、お気持ちはありがたいが、それでは貴女が寒くなる。地下牢は毛布一枚じゃとても寒くてやり切れん」


俺は男だから、大丈夫だ、と辞退しようとする彼に、私は毛布も無理やり押し付けた。この人は、どうも、いい家の出なのではないかと、私は考えていた。けれども、貴族生まれの男性が地下牢に押し込められたという噂も聞いたことないし、本当にこの人は、どういう人なのかしら。


「あ、平気よ。多分、ルルが後で色々持ってきてくれると思うから。看守が着てとり上げられると面倒だから、看守が着たら返してね」


そう言うと、彼は、私の提案を受け入れてくれた。やっぱり、寒かったのね。


「……すまない。熱がひどくて、寒くて仕方がない。情けないことだが、しばらくは貸してもらおう」


彼はそう言うと、格子越しに毛布を受け取ろうと、ずずっと近寄ってきた。


蝋燭が彼の顔をうっすらと照らし出した瞬間、私は、どきっとして、息を飲んだ。


ああ、心臓がどきどきする。どうしてだろう……


なぜなら、彼はものすごく整った顔立ちをしていたからだ。


黒い髪に、涼し気な紫色の瞳。


細マッチョなイケメンの突然の登場に、私の心臓は、一瞬、音が止まったようだった。

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