転生悪役令嬢、投獄されて運命の人と出会いました

中村まり@「野良竜」発売中!

第1話 それは、突然の婚約破棄から始まった

「エレーヌ、お前のような女との婚約は続けられん。もう、お前との婚約は破棄させてもらう」


王宮の華やかなパーティのさなか、突然、声高く響く私の婚約者様の声。


淡い金髪に、美しい青い目が、冷ややかに私を見つめる。そして、その横に寄りそうように立っているのは、ぱっとしない風貌の若い娘。


子爵令嬢のエマ・ブランドルだ。


確か、ブランドル子爵がどこかで作った婚外子を正式に自分の娘として引き取ったと聞いた。本来なら、この王宮に来ることも、彼の横に立つことも許されないほど身分の低い娘。


私は扇をぱっと広げ、口元をそっと隠しながら、うっすらと笑みを浮かべた。この人は一体、何を言ってるのかしら?


「・・・なんのことか、さっぱりわかりませんわ。マリエル様」


マリエルと言うのは私の婚約者様の名前だ。


整った顔立ちに、彼はいらだちの表情を浮かべた。よほど、わたくしのことがお嫌いらしい。だったら、早くからそう言ってくださればよかったのに。・・・・・・本当に、鈍くさいお人だこと。


元々、政略結婚。元から、彼に対する気持ちはない。子供のころから、将来を回りの人間の都合によって決められた。ただ、それだけのことだ。


エマは勝ち誇ったような表情を浮かべ、わざとらしく皆の目の前で彼の胸にすり寄った。私の婚約者様に。いや、今となっては元婚約者様なのだが。


「私、この方に沢山の意地悪をされてましたの」


甘ったれたような声が、静まり返った空間に広がる。


たしかに、この令嬢、彼を狙って、つまらない画策を色々していたのは知っている。


それほど、彼は、それほどバカじゃないと思っていたけど。


周囲を見渡すと、他の貴族たちも息を詰めて、事の成り行きを見守っていた。突然のことで、やはり驚いているようだった。


「お前が、王宮の財源を私財化して、贅沢三昧をしていると聞いた。このネックレスに見覚えはないか?」


そう言って、彼が取り出したのは、わたくしがよく愛用していたサファイアとダイアモンドのネックレスにそっくりなものだった。けれども、そのネックレスは、おじい様から頂いたもので、言うなれば、我が家の家宝みたいなものだ。


「わたくしが持っているものと、よく似ていますが、それがどうか致しましたの?」


「お前が、度々夜会に着けていたものは、王宮の費用で購入したと証言するものが出たのだ。証言者をここに」


人だかりの中から、進んで出て来たものは、王宮の財務官の一人だ。財務大臣の息子で確か、エリックと言う名前だ。


「エリック、確かに、このネックレスはエレーヌの強い要望で購入したものだな」


「はい、間違いございません。エレーヌ様から直接、国の費用で購入するように、との申し付けでございました」


確かに、王太子の婚約者となれば、王宮の費用での買い物は認められているが、それは全て、国に関する行事に使うものだけだ。


エリックは、他にも私が王宮の費用で買ったとされるものを次々と読み上げる。でも、どれもこれも、私には身に覚えのないものばかり。


── エレーヌ様、あのエマという娘、あちこちの殿方に色目を使ってますのよ。お気をつけあそばせ


お取り巻きの令嬢たちが、そういえばそんなことを言っていたと思い出した。


他にもエマが取り込んだ男たちは色々いたようだ。近衛騎士団の団長の息子、法務大臣の息子、彼女が取り込んだと思われる人物は国の要人の息子ばかりだった。


── わたくし、すっかりはめられたようですわね。


私は、驚きを通り越して、すっかり呆れてしまっていた。本当に、私が国庫を使って買い物をしたのかどうか、確かめればすぐにわかること。


私が呆れた目で彼を眺めると、それも彼の癇に障ったようだ。


「・・・その目はなんだ。国庫を私物化したお前の処遇は、追って決める」


彼は冷たく、そう言い捨てて、これ見よがしにエマを抱き寄せた。そっと彼女の髪に唇を落として、甘い瞳で彼女を見つめていた。


そのまま、私に視線を戻さず、吐き捨てるように言った。


「これで終わりだ。あの女は地下牢行きだ」


「ああ、よかったですわ。私、もうあの方にいじめられることはないのですね」


わざとらしく、エマが涙を浮かべるが、いじめるも何も、貴族社会のルールやマナーを無視して、傍若無人に振る舞ったのを咎めていただけだ。


エマ自身が、非難を浴びるならともかく、婚約者様、いや、元婚約者様も関係してくるとなると事が厄介になる。

この国の王族を支持する貴族たちは一枚板ではない。


反王族派も沢山いて、隙あらば王政を覆そうと画策する者が後を絶たないのだ。そんな彼らに、口実を与えてはならないと、公爵である父を始め、王政擁護派は常に神経をとがらせていた。


公爵令嬢である私に、王太子の婚約者という役割が与えられたのもこのためである。


少しばかり、おつむの弱い王太子をサポートするためである。言い換えれば、御目付役。

彼が思慮のかけた振る舞いをしないように、近くで見守り、制限するのが私の仕事なのだ。


(この風船頭、ついに愚行の極みに出るとは、全く恐れ入ったわ)


この王太子、見た目は非常に美しいのだが、頭の中が空っぽなのは前々から知っていた。ただ、子供の頃からの婚約者ということもあって、私はそれについて、見て見ぬふりをしていただけだ。


私はため息をつきながら、呆れたような言葉が出てくるのを止められなかった。


「いじめるも何も、わたくし、その方に色々指南して差し上げただけですわ。社交界にデビューしたばかりで、そのご令嬢はまだ宮廷の振る舞いに慣れていらっしゃらないよでしたので。わたくしに指導してもらえるだけで、光栄と思っていただかなくては」


「ひどい、私の身分がとるに足らないと、公然の前でいじめるのねっ」


もちろん、そうだ。身分の違いは簡単に超えられるようなものではないからだ。


また涙ぐんだエマを、彼は慰めるように抱きしめる。


「ああ、エマ、かわいそうに。お前の顔なぞ見ているだけで不快だ。誰か、早くこの女を地下牢に連れていけっ」


そう叫ぶ彼の傍らで、わざとらしく、被害者ぶって彼にすり寄るエマの目は、嗜虐的な喜びでキラキラと輝いている。


筆頭貴族の令嬢であり、王族を除けば、国で一番身分の高い私を陥れて、嬉しいのか。


「もう、お前の顔など、二度と見たくない」


彼は吐き捨てるように言い、まるで、私に対して、まるでごみを見るかのような視線を向けてきた。筆頭貴族を敵に回すなんて、なんて愚かなことを。しかも、パーティーで皆が見ている前での狼藉だ。


けれども、私は少し悲しそうに彼を見た。全く悲しくないと言えばウソになる。


子供の頃から決められた婚約者様。小さい頃は、一緒になって城の中を鬼ごっこしたり、恋愛的な愛情こそない。ばかだとわかってはいたが、やはりそれでも幼馴染のような親しみの気持ちはあったのだ。


周りに凍り付いたようにシーンとしていた。誰一人として、声を上げるものもいない。それでも長年、一緒にいたこの私を、たかがそんな女一人のために、切り捨てるとは思ってもみなかった。


「殿下、いい加減にお目を覚ましください」


私が冷静に言うと、彼は、私を無視して、冷たく口を開いた。


「衛兵、エレーヌを連れていけ」


近衛兵がさっと私を取り囲む。


わめいたり、叫んだりなど、絶対にしてやるもんか。己の矜持をぐっと胸に秘め、見知らぬ男に腕をとられるままに任せた。


「それで、わたくしをどうなさるおつもり?」


口元に綺麗な笑みを浮かべながら、鋭く彼を見つめると、彼は気まずそうに視線をさっとそらした。そして、そっぽを向いたまま、ぽつりと言葉を放つ。


「お前には死をもって償ってもらう」


「殿下、それはあまりにもひどい仕打ちではございませんか?!」


そう声を上げてくれたのは、この国の老宰相でもあるマリウス卿だ。


「マリウス、罪人をかばうつもりか?」


マリエルがぎっと彼を睨むと、彼は身を小さくして、引き下がった。誰も王太子には逆らえないのだ。


せめて、国王様や王妃様がいらっしゃったら、こんなことにはならなかったのに。


今日のパーティーは国王夫婦不在だったのだ。隣国とのもめ事で彼らは今、遠く離れた所にいる。


「死ぬまでの間、せいぜい、地下牢を楽しんでらっしゃるといいわ」


エマが、ふんと鼻でせせら笑うように言った。


そして、私はそのまま地下牢に連行されることになってしまったのだ。


「ふふ、ふふふ・・・・・・」


ふいに笑いがこみ上げてきた。私はもとから、婚約者様をあまりよくは思ってはいなかったのだ。


わがまま放題の甘ったれ。自分が王族として追っている責務も、何もかも、全く理解せず、ただただ俺様として振る舞っていた甘ちゃんが嫌いだった。


「何がおかしい?」


彼がぎらりと自分を睨んだ。私は、ふっと扇を広げて、口元に浮かんだ笑みを隠す。


「わたくしも、あなたとの婚約が解消出来て、せいせいしていますのよ。そこの卑しい身分のお方と、せいぜい、つかの間の幸せをお楽しみになられることね」


「なんだって? 俺を侮辱するのも、これが最後だ」


衛兵が私の腕をつかむ力を強くする。


「……お嬢様、どうか、このまま従ってください。でなければ力づくでお連れしなくてはなりません」


この衛兵は、マリエルと常に一緒にいた男だ。そして、私とも顔見知りの側近でもある。風船頭にどうこう言われるより、側近である彼から手のひらを返したような仕打ちのほうが精神的には堪える。


「仕方ありませんわね。では、お連れくださいな」


どうにも仕方がなくなって、私は素直に連行される以外方法がなかった。周囲を見渡すと、今まで仲良く過ごしてきた友人たちが遠巻きに私を見ていた。


視線があえば、さっと目をそらされる。


……ここに私の味方は一人もいない。


その現実に軽くショックを受けながらも、私は冷静さを失ってはいなかった。


こうなった以上、父はどう出てくるだろう。国一番の貴族である公爵家の令嬢がこのような汚名を着せられて、当主である父が黙って指をくわえて見ている訳はない。


私は衛兵に腕を掴まれ、暗い地下牢へと連れていかれたのだった。


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