第二話 伝説の剣を手に入れたロイン



 流されるままルーミシュと旅のあれこれを揃え、ライラは草原の家に帰って家族に戦利品を渡しつつ、事情を話した。


 とてもニコニコしながら「はいはい、楽しんでらっしゃい。全く、いくつになっても変わんないわねぇ」と言われ、人数分の馬を与えられた。


 馬を連れて男性陣と合流し、冒険というより散歩のような感じで森を歩き、のんびりと川で釣りをする。獲った魚を昼食にしながら、ライラは眉間に皺を寄せた。


「……で、あの光が力を得た証拠だって? あんなの、ある程度魔力がありゃ誰でもできるだろ。眩しいから誰もやんないだけで」


 するとロインが、弱り切った様子でため息をついた。


「しかし……光を、弱められないんだ。力を制御できないなんて、これまで」

「風邪じゃねえの? さっきくしゃみしてたし」

「魔力の色も、透き通るように変わっている」

「変わってねえよ」

「容姿もどことなく、俺ではないような……どこか、整いすぎている」

「おんなじだって」

「……元からかっこいい」


 ルーミシュがうっとりロインを見つめながら口を挟んだ。それを聞いたロインは一瞬視線を落としてもじもじしかけたが、すぐに姿勢を正して真剣な顔になった。


「だから……神は直接仰らなかったが、何かこれから、世界を危機に陥れるようなことが起こるのではないかと思う」

「……邪竜の復活、か」


 すると、ロッドがぼそりと言った。ロインが「それだ!」という顔になった。


「馬鹿じゃねえの? 何だよ『邪竜』って。具体的に何の生き物だ? 竜型の魔獣のことなら、復活も何も北の方にはうようよいるだろ」


 ライラに呆れた目で見られたロッドは心が折れて涙目で黙り込み、ちょっと悪いことをしたかなと思ったライラは「いや、ごめん、言いすぎた」とロッドの肩を優しく叩いてやった。ロッドは少し持ち直した。それを横目に、ロインが「ふむ」とわざとらしく顎に手を当てる。


いにしえの邪竜か……有り得る話だな」

「ねぇよ。話聞いてなかったのかよ」


 きりりとした目で仲間達を見回したロインをライラが一刀両断にしたが、ロインは眉を下げたやわらかい苦笑いでこう言った。


「不安に思う気持ちはわかる……だがな、ライライラ。これは俺達だけじゃない、世界の命運が関わる話なんだ。逃げるわけにはいかない」

「だからライライラって呼ぶなっつってんだろ」


 ライラは呆れ果てて話に付き合うのをやめ、ルーミシュが「ロイン、かっこいい……」と幸せそうに囁き、彼の肩に頬を寄せた。ロインが「こらこら……」と声だけは冷静に言いながら、食べかけの魚を焚き火の中に落っことす。


「あっ」


 慌てて拾い上げたが、魚は灰まみれになっていて、ロインががっかりした顔になった。するとルーミシュがふわりと手を振って、浄化の魔法で灰を取り払う。


「ありがとう、ルーミシュ。君はやはり、水の神の祝福を受けた特別な存在だ」

「うん……ロイン、好き」


 ルーミシュが何の脈絡もなく愛を告げ、ロインは「あ、うん、その、えと、いや」とそわそわしながら水の魔法で冷めた魚を焚き火で炙り始めた。それを愛おしそうに細めた目で見守りながら、ルーミシュが小さな小さな一口で魚をかじる。エルフは草食の妖精だが、半分人間のルーミシュは肉や魚も食べられるらしい。体質は人間寄りだが、性格はかなりエルフ寄りだ。つまり、とてもふわふわしていて、基本的に好きな人のことしか考えていない。


「……まずは、剣を手に入れなければならない。封印されし、伝説のつるぎだ」

「ロイン……君は、何を知っているんだ?」


 ロッドが低く抑えた声で問うた。ライラは魚を食べることに集中していて、ルーミシュは目を閉じてロインの肩に頭をこすりつけていた。


「『知っている』か……そう、言えるのかもしれないな。書物で知識を得たのではない。伝聞でもない。だが……『わかる』んだ。なぜか。自分でも、空恐ろしい心地だが……」

「神託、ということなんだろうか」


 ライラが水筒の蓋を開けながら鼻を鳴らすと、ロッドがシュンとして食事に戻った。ロインはじっと目を閉じて考え込んでいる。


「……よし、賢者の塔へ向かおう」

「おい、まさかお前の空想に賢者様を巻き込むつもりなのか? 流石に門前払いだろ」


 ライラが言ったが、ロインはそんな彼女をちらりと見て苦笑し、続けた。


「かのお方ならば、俺の進むべき道をきっと示してくださる。そう、俺の中の何かが囁いている……」

「ロイン……少し、熱がある」


 ほっそりした美しい手でロインの頭を撫でていたルーミシュが言った。ロッドが「え、薬……」と言って荷物をがさごそし出したが、しかしロインは首を振って立ち上がる。


「いや、進もう。これも力を得た代償だ……この程度ではいられない!」

「いや、寝ろよ。鼻声になってんぞ」

「ロイン……無理しないで」

「あったよ、風邪薬」


 結局ロインが進む進むと言って聞かなかったので、一行は賢者の塔を目指して東へと旅立った。だがロインは健康極まりない男だったので、一晩寝たら風邪は治った。次の日の朝には目を輝かせて「力をモノにした」とか何とか言っていたが、いい加減このノリに飽きてきていたライラはあまり聞いていなかった。





 馬に乗って東へ歩くこと数日。運動不足のロッドが野営生活に少しだけ慣れてきた頃、ライラ達は「知恵の森」と呼ばれる場所にやってきていた。紫色がかった深緑の木々の向こうに、高い高い灰色の塔が見える。


「……もう一回言うけど、絶対門前払いくらうだけだからな」

「――玻璃はりの賢者殿!! 我が名はロイン!!」

「うっせえ! ノッカー付いてんだろ!!」

「痛っ」


 ライラは突然大声を上げたロインの頭を引っ叩き、ルーミシュがロインの頭をそっと撫でた。


「ライラ、ロインを叩いてはだめ」

「そいつがアホなのが悪いんだよ」

「ロインは私のだから、だめ」

「……おう」


 ライラが渋々頷きながら「でも、たぶんまた反射的に叩いちまうな」と思っていると、ロインの大声を聞きつけたのか、大きな扉からカチャリと鍵の開く音がした。ギィと軋みを上げて扉が開く。


「……え、何?」


 漆黒のローブを着た細身の老人が、ドン引きした顔で一行を見回した。ライラは羞恥のあまり逃げ出したくなったが、どうにかこらえてその場に踏みとどまった。


「賢者殿、これを見ていただきたい! 『ルシ――』」

「おいやめろ!」

「痛っ」


 ロインが頭を押さえて呪文を取りやめ、ルーミシュが「ライラ、だめって言った!」と少し怒った声を出し、賢者様が「え……何? 誰?」と繰り返した。声は老人なのに発音が妙に若々しくて、どうも威厳がない。


「伝説の剣の在処を、教えていただきたい!!」

「すいません賢者様! あの、こいつ何度言っても聞かなくて、なんかテキトーに武器屋とか教えてやってもらえませんか。テキトーでいいんで」


 ライラが言うと、賢者様は聡明そうな薄茶の瞳で彼女を見つめ、そしてロインを見て、その世界一の頭脳で何を悟ったのか小さく肩を竦めると言った。


「……弟子に案内させよう。それでいいかな?」

「お弟子さん?」とロイン。

「うん。彼にはいずれ『つるぎの賢者』の称号を与えようと思ってる……剣が欲しいんだろ? 剣のことなら、私より彼の方が詳しい」

「剣の賢者様が案内を……なんと素晴らしい!」

「まだ賢者じゃないよ。あの子は……うん、良識はあるんだけど、まだ常識がね」


 不穏が台詞が聞こえた気がしてライラは眉をひそめたが、それを尋ねる前に賢者様が「そこで待ってなさい」と言ってこちらに背を向けてしまった。彼は何もない空中から影でできたような大きな鳥を呼び出すと、それに何事か話しかけて空へ飛ばした。そして「もうすぐ来るから」と妙に早口で言って、バタンと扉の向こうに引っ込んでしまう。


「え、『案内させる』って……伝説の剣、あるのか?」

「ある」


 ロインが自信満々に頷き、ルーミシュが陶然と目を潤ませて「ロイン、かっこいい……とても心が綺麗」と囁いた。どうも褒め言葉ではないような気もしたが、まあいい。ライラは聞かなかったことにした。


「いや、でもさ……もし伝説の剣があったとしても、あたし達が持ち出せるようなもんじゃないだろ。王宮とか、博物館とか、そういうところの宝物なんじゃねえの?」

「いや、岩に刺さって誰も抜くことのできない状態で、俺の訪れを待っている。俺には『える』んだ……あれは、そう、神秘的な青い光の差す洞窟で」

「幻覚でも見えてんのか?」

「おっ、君達か!」


 とそこで、後ろから野太い男の声が聞こえたので、ライラ達は慌てて振り返った。裸の上半身を薄っすらと汗で輝かせた、長身のたくましい男が片手を軽く上げてニカっと笑っている。素肌に直接剣帯を巻き、見たことのないような大きな剣を背負っている。


「剣の賢者殿……」


 ロインが感銘を受けたように言って、丁寧に胸に手を当てた。ロッドが後に続き、ライラは両手の指先を合わせて額に押し当てる一族の礼をした。そういえば、さっきはロインを止めることに夢中で賢者様に挨拶しなかったな。


「おっと、これはどうも。しかし私はまだ賢者ではないし、弟子とはいえそれを確約されてもいない」


 賢者の弟子は暑苦しい見かけの割に爽やかな笑みを浮かべ、片手を胸に当てた後、両手の指先をライラよりも鋭角に合わせて鼻の頭に軽く当てた。草原の男衆の挨拶だ。


「……火の女神の祝福ある美しき真昼の出会いに感謝いたします、玻璃の弟子殿。私はロイロード・イシュ=ルヴェン、魔術師見習いでございます。彼らは左から冒険家のローイエン・ユエン=アルエン、半妖精の治療師ルーミアラーミアリーミシュ、草原の民ライライラ=イレイオン」


 ロッドがいつになく凛々しい声で、思いのほかきちんと挨拶した。確か彼は父親が国境騎士団勤めの魔術師だったので、礼儀作法を仕込まれているのかもしれない。


「出会いに感謝する、ロイロード。こいつはシュルカファール、黒真珠の剣だ」


 賢者の弟子が目を細めてにっこりし、背中から黒光りする大剣をすらりと抜いた。ライラの身長とさほど変わらない長さがあるが、片手で軽々と扱っている。ロインが「素晴らしい……」と憧れの目でそれを見つめる。素晴らしく研ぎ上げげられた鋭い輝きに、ルーミシュが少し怖がっている顔でロインの後ろに隠れた。


「……え、それって剣の名前?」


 そしてライラの呟きがぽつりと昼下がりの木陰に響いた。弟子が「ああ」と満足げに頷き、ロインが「黒真珠……実に優美な名だ」と言う。


「いや、何で剣の名前? お弟子さんの名前は?」とライラ。

「私の名……? フラトラールだが」と弟子。

「ライラ……もう少し丁寧に、その、言葉遣い」ロッドが困り顔で囁いてくる。


「あ、すみません。フラトラール様」

「構わないし、フラルでいい。こいつはシュルク」

「だからなんで初対面でいきなり剣の名前を紹介してくるわけ?」

「ん……?」


 フラル様が訝しそうに眉を寄せ、ライラも同じ顔になった。


「フラル殿、まずはこれを見ていただけないか――『ルシラ』!」


 そして空気を読まないロインが光の魔法をぶちかました。ライラは拳を振り上げかけて、すんでのところでルーミシュとの約束を思い出し、引っ込める。フラル様は仰け反って目を細め、少し首を傾げると「……光の魔法だな」と言う。


「光の神によって、この力を授けられたのです。俺には剣が必要だ。それも、ただの剣ではない、特別な剣が……目を閉じると見えるのです。洞窟に差し込む蒼き光、硬い岩に刺さって抜けぬ、神秘の剣……」

「ふむ」


 熱く語り始めたロインを、フラル様は顎に手を当てて暫し見つめ、そしてぐるりを仲間達を見回した。わくわくしながら無表情を装っているロッド、ロインをうっとり見ているルーミシュ、そして額に手を当てて頭を振っているライラ。


「……では、岩をも貫く月光剣ロナエルフェンを、そなたに授けよう」


 いかにも演技といった感じでわざとらしく、フラル様が言った。


「月光剣ロナエルフェン!!」

「空の街のドワーフ鍛冶師ワズグが打っ――いや、うん、ドワーフの鍛冶師ワズグが、うーんと……幻の鉱石を探す旅路の途中で発見した、失われし妖精の技術を用いて作られたと思われる、そう、未知の長剣だ。彼がドワーフ秘伝の技術をもってして分析したところ、金属も容易く斬るらしい」

「なんと……!」


 ロインが感動して「感謝いたします」と胸に手を当て、ロッドが少し疑わしげにしながらも「月のかけらロナエルフェン、か」ともごもご呟いて目を輝かせる。


「……ロイン。君、歳はいくつかね?」

 すると、賢者の弟子がそう尋ねた。


「十七です」とロイン。

「それはなかなか……見た目通りだ。もう少し若いのかと思ったが」

「え?」

「いや、なんでも」


 朗らかに「ついてきたまえ!」と歩き出したフラル様に続いて、森を徒歩で進む。枝を切り払って作られた小道を抜けると、すぐに小さな洞窟に着いた。水が流れる音がして、青い光がちらちらと低い天井に踊っている。


「ここだ」


 そう言われ、ロイン達が洞窟の奥へ入ってゆく。「これは……!」とか「私に、これが抜けるだろうか……?」とか聞こえてきたのに呆れながら覗き込むと、なんと大きな岩に青みがかった美しい剣が突き刺さっているではないか。


「え……?」


 ライラが驚いて目を見張ると、後ろにいたフラル様がこそこそと「ドワーフの剣は、良いものを選んで買えば岩だろうが鉄だろうが何でも斬れるのだ。それで……この洞窟の泉は、私が朝の鍛錬の後に休む場所でな」と囁く。


「つまり、朝にあの剣で鍛錬して」

「うむ。師に呼び出されたので、そこにあった岩へ突き刺したままになっていたのだ」

「そんなのロインにあげちゃっていいの?」

「構わぬ。ロナエルフェンも、彼のような……その身へ伝説を見出してくれる相手に使われた方が幸せだろう」

「ええと、お金」

「必要ない。これでも賢者の弟子だ。金は印税やら特許やらで唸るほど手に入る」

「すげぇ」


 ロインが緊張した様子で剣の柄を握り、すらりと岩から引き抜いた。岩の裂け目から差し込む光が泉に反射して青く輝き、悔しいが、結構「伝説の聖剣を引き抜いた勇者様」っぽく見える。


「よろしく頼むぞ、ロナエルフェン……これで剣は手に入れた。後は、使命を果たすのみ!」


 光に向かって剣を突き上げ、ロインが格好つけた声で言った。ルーミシュが両手で鼻と口を覆いながらぴょんぴょん跳ねて「かっこいい……!」と囁き、ロインはだらしなくにやけそうになった顔を慌てて引き締める。



――こうして、ロインは伝説の剣を手に入れた。






(次回:『魔獣から村を救ったロイン』)

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