花畑のロイン ─神の手違いで最強になった、と思い込んでいる男─

綿野 明

プロローグ 神託を授かったロイン



 真っ白な場所にいた。


 辺りを見回す。ここは一体どこだ? どこまでもただ真っ白で……いや、違う。これは雲だ。よく見ればふわりふわりと淡い青色の影が落ち、風でゆっくりと流れる、これは雲だ。


 ロインはそう考えて、再び首を捻った。上下左右を雲に囲まれたこんな空間に、どうして俺は浮いているんだ?


──ロインよ、そなたに謝らねばならぬ


 その時どこからともなく威厳のある声が響いてきて、ロインはハッと顔を上げた。それが神の声だと、なぜかロインにはハッキリわかった。


「神よ、私に何を謝罪なさると?」


 ロインは言った。雲の中をぐるりと見回す。神の姿は見えないが、天から清らかな光が降り注ぎ、彼を照らした。


──ほんの少しの幸運をと、そう思うたのだ。しかし我が力はあまりに膨大で、人間にとっての『ほんの少し』という調整ができぬ。そなたへ、人の身に授けるにはあまりに大きな力を与えてしもうた


「我が身に……力を?」


 ロインはつぶやいた。自分の手のひらをじっと見つめてみる。特に何かが変わっているようには思えない。


──『光をルシラ』と、ロイン


「ルシラ」


 ロインが言われるがまま唱えると、彼の手のひらに煌々と輝く光の玉が現れた。耳に馴染んだ光の呪文だが、これはしかし──


「なんと、美しい……」


 ロインは言った。その光はまるで太陽そのもののように白く、燦然さんぜんと輝いていた。人間の扱う魔法の光とは一線を画する、神の光だった。


──けがれなきその光こそ、光の神たる我の加護を授けた証。ロインよ、そなたにはこの先、数々の苦難が降りかかるであろう。過ぎたる力は災いを呼び、また人々へ恐れを抱かせる……。しかしロイン、そなたは強く気高く生きよ。その力を善のために振るい、災いを奇跡へと変え、そして英雄となるのだ、我が愛し子よ!


 神の声と共に手の中の光が一際大きく輝き、あまりの眩しさにロインはぎゅっと目を閉じて──





 目を覚ますと、そこは見慣れた自宅の寝室だった。


「夢……?」


 ロインは寝台から身を起こし、自らの両手を見下ろした。いつもと変わりない、剣ダコの目立つ無骨な手。


 彼はしばらくそうしてじっと自分の両手を見ていたが、そうっと深呼吸すると、小さな声で唱えた。


「ルシラ」


 次の瞬間、目の眩むような眩しい光が部屋を満たした。ロインは慌てて魔力を抑え込むと光を消し、そして再び自分の──少し震える両手を見つめて言った。


「……そうか、わかった。ならば俺は……与えられた使命を、果たさねばならないな」


 囁くような声はわずかに震えていたが、前を見据えた瞳には少しも揺らぎがなかった。


 彼は朝食もとらず、一杯の水だけを飲み干すと旅の支度を整え、すぐさま家を飛び出した。行くべき場所は不思議なことに、はっきりと彼の頭の中に示されていた。





 こうして十八歳の若き冒険家ロインは、神に与えられた使命を胸に秘め、勇敢に旅立った。


 その「使命」がまさか神のお告げでもなんでもない、彼の子供じみた空想癖が生み出した「ただの夢」であるとは、これっぽっちも気づいていなかった。



――ロインは、とても純粋なのだ。






(次回:『運命の仲間を集めたロイン』)





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