第二章「依頼」

第二章「依頼」


 城に戻ると、既に会場から王族達は退席しており、主だった有力貴族達の多くも帰り支度を始めているようであった。

 もっとも宴自体は続いており、会場内の所々で雑談をしている出席者達の様子見が見て取れた。


 セレトは、そのような者達にも目をくれずに会場の入り口に向かい(途中、給仕を捕まえて高そうなウイスキーを一杯拝借しつつ)、帰路に就くことにした。

 しかし人が集まっている宮殿の入り口についた瞬間、部下を引き連れて歩いているリリアーナを見かけて、慌てて人ごみに紛れこむ。

 一瞬、リリアーナがこちらを見た気もしたが、今は彼女の相手をしている暇はなかった。


 他の貴族たちが馬車や馬を使って帰路に就く中、セレトは、群衆に紛れるように城を出て城下町へと向かった。

 ヴルカルのもとに向かうことを、念のため、誰にも悟られないようにするためであった。


 城下町のメインストリートの人ごみに紛れながら、目的に向かう。

 街は未だに活気あふれ、多くの酔っ払い達が語り合い、踊りまわっていた。

 時折花火でも上がったのか爆音が鳴り響き、その都度、群衆がわっと騒ぎ出した。


 未だに熱狂を続ける人ごみをかぎ分け、しばらく歩くと、ヴルカルに指定された建物が見えてきた。

 貴族達がご用達にしているその宿屋は、一見、古びているものの、建物の中は、一目でわかるほど高級品に溢れており、快適な空間を提供していることで有名であった。


 建物の入り口にセレトが近づくと、先程、ヴルカルを護衛していた騎士の一人が入り口に立っているのが見えた。

 騎士は、セレトを見つけると、エントランスの階段を下り、セレトの前にやってきて、ついてくるように指示をした。


 騎士は、建物の正面口に向かわず、建物の裏手に広がる居住エリアへとセレトをいざなう。

 正面口から見える、暖かそうな空気に名残惜しそうな視線を向けつつ、セレトは騎士についていく。


 しばらく歩くと、騎士は普通の民家の一つの前で止まり、セレトに入るように促した。

 セレトは、頷きながらその部屋に入る。


 建物の中に入ると、先程ヴルカルを迎えに来た、もう一人の騎士が待っていた。

 「ついてこい。」という騎士の言葉に従い、セレトは、彼の後をついていく。


 騎士についていくと、本棚が多数ある、書庫のような部屋に通された。

 騎士は、「待っていろ。」とぶっきらぼうに話すと、一つの本棚をどかす。

 すると、そこには、地下に降りる階段が設置されていた。


 「この先でヴルカル様は、お待ちだ。」

 騎士の言葉に頷き、セレトは、階段に足をかけた。


 騎士はついてこないため、セレトは、そのまま一人で歩きながら階段を下っていく。

 しばらく歩くと、目の前にドアが見えてきた。

 セレトは、そのドアを開け、室内に入っていった。


 室内は、そこそこ広く、真ん中にテーブルと椅子が置かれていた。

 そして椅子には、ヴルカルが座り、一人ワインを飲んでいた。


 「いやはや、悪かったね。こんなところまで歩かせて。まっ、座りたまえ。」

 ヴルカルは、相変わらず好々爺のように振る舞いながら、椅子を勧めてくる。

 室内には、お付きの騎士もおらず、ヴルカル一人だけのようだった。


 明らかに厄介事に巻き込まれるであろう、自分の不運を感じながら、セレトは椅子に腰かけることにした。

 椅子に腰を掛けてみると、しっかりとクッションが敷かれた、高級な物のようだった。

 よく見ると、机の上に置かれているワインもそれなりの年代物であった。


 椅子に腰かけたセレトに、ヴルカルは新しいワインのコルクを抜き、グラスにその中の液体を注ぎ勧めてくる。

 それに礼を言い、杯を受け取ると、ヴルカルは自分の杯にも同じワインを注ぎ、こちらに杯を向けてきた。


 「まあまずは、二人の再開を祝って、祝杯をあげようじゃないか。」

 ヴルカルのその言葉に合わせて、セレトは彼と杯をぶつけ合う。

コン、と小気味のいい音の乾杯をし、二人で一気に杯を開ける。


 深みのある、ワインの味と香りが口に広がる。

 銘柄は、分からなかったが、それなりに高級な一品の気がした。


 「先程の話の続きになるが、先の戦で貴公の活躍は、やはり他の者達よりも頭一つとびぬけておるな。」

 ヴルカルが口を開いたのは、ワインに舌鼓をうち、お互いの杯が空に近づいたタイミングであった。

 「数多の戦場を駆け回った閣下にお褒めを頂けるとは、光栄でございます。」

 謙虚さを装いながら返答をするセレトに、満足そうな笑みを浮かべながら、ヴルカルは互いの杯に残ったワインを乱雑に入れる。

 癖の強いブドウの香りが部屋中にまき散らされた。


 セレトは、ヴルカルに注がれた酒を顔に近づけて香りを楽しみながら、されど杯にほとんど口はつけず、ヴルカルの次の言葉を待った。

 ヴルカルは、そんなセレトの様子を見ながら、杯に口を何度かつけると会話を続けた。


 「戦の褒章は、命の対価。私としては、貴公については、もっと高い評価を与えるべきだとは考えているのだがね。」

 ヴルカルは、セレトを持ち上げながら様子を見てくる。

 セレトは、言葉少なめに礼を述べながら、ヴルカルの出方を見守ることにした。


 しばらく同じような状況が続いたことに、先にしびれを切らしたのは、ヴルカルであった。

 好々爺の雰囲気は崩さず、されど口調をやや強くしつつ、ヴルカルは、本題に入った。


 「貴公は、今の立場から脱したくはないかね。」

 直球的な懐柔。

 しかし同時にそれは、セレトが今まさに求めている物でもあった。


 「私は、有能な人間は、適材適所でしっかりと働かせるべきだとは、考えている。特に軍事に関しては、国を支えていくための重要な一要素だと強く思っておるのだよ。」

 空になったワイングラスを机の上に置き、ヴルカルは、セレトを見ながら徐々に言葉を強く語り掛けてくる。

 釣られるようにセレトは、自身の中身が残ったグラスを机に置いた。


 セレトは、自身の出世を阻んでいるものをよく知っていた。

 それは、生まれ。そして身分。


 元々セレトの家系は、先代の国王の代にハイルフォード王国が拡大していく中のどさくさで成り上がった一族であった。

 人手不足を補うため、そして武勲を上げた者の取り込みを考慮していた当時の王によって、辺境の地を与えられた数多の存在の一つ。

 そのような成り上がり者達を、嘗てより王国に仕えていた由緒正しい貴族達は、見下し、表舞台に上がってくることを拒み続けた。


 勿論、何年も経った今、当時と状況は大きくは変わっている。

 そのような成り上がり者達であっても、何らかの後ろ盾を確保できた者達は、今や王国の中枢に食い込んでいるし、そうでなくても実績を上げている者であれば、それなりの格で扱われている。


 しかし、そのよう中でも例外はあった。

 セレトの一族は、独自の呪術を使い、国から国へと放浪する、ジプシーのような傭兵団だった。

 その力のおぞましさと、誰からも受け入れられず特定の地に留まれない生き方は、多くの者に忌避をされ、それはハイルフォードに仕えることになっても変わらなかった。


 こうしてセレトは、王国内では、その功績を正当に評価されずに今の今まで燻っていた。

 しかし、その状況を変えられるかもしれないチャンスが、今、目の前に転がってきたことを感じ、ヴルカルが出す条件を待った。


 「しかし、誤った価値観と腐敗で国が疲弊していくのを見ていくのはとてもつらい。」

 ヴルカルは、ここで息をためた。

 

 「時折、そのような者達を誰かが殺してくれればと考えることがあるよ。」

 先程までの好々爺のような態度ではなく、自身の部下に指示をするような強い口調でヴルカルはそういい放つ。


 「閣下は、何をお考えで?」

 そのあまりに直接的な言葉。

 ヴルカルは、自身にとって不都合な人物の暗殺を望んでいる。

 そう理解をしながらも、セレトは、ヴルカルの言葉を止めることはできなかった。

 自身が望んでいたチャンス。見えてきた光明を逃したくはなかったのである。


 「例えば、聖女と名高いリリアーナ。彼女こそ一つの腐敗の象徴ではないかね。」

 ヴルカルは、強い視線でセレトを見ながら、淀みなく言い切った。

 「王家に取り入った一族のお飾りの聖女。そのような者が上に立つことについて貴公は、どう思う?」


 そうして出された名前は、セレトにとって因縁の相手。

 しかし同時に強大な存在であった。


 リリアーナは、決して無能な軍人ではなかった。

 数多の戦場で功績をあげており、彼女自身も技量の高い剣技と聖魔法と呼ばれる癒しの術を使いこなす、優秀な戦士であった。


 出身も古くから王に仕えていた由緒正しい家柄の一族であり、癒しの術で味方を鼓舞しながら自らも前線に上がり、多大な戦果を挙げている彼女は、聖女として多くの者に慕われており、王族からの覚えも悪くなかった。


 もっとも彼女の家は、教会派と呼ばれる派閥に属していた。

 宗教の力でつながり、王国の中枢に食い込んでいる教会派は、ヴルカルの属する古王派と反目しあっていることは有名な話であった。


 セレトは、自身がなぜこの場に呼ばれたかを察した。

 先の戦で多大な戦果を挙げ、王国内で今後、発言力を増していくであろう教会派。

 しかし、それは一番の功労者であり、かつ聖女としての象徴であるリリアーナの存在があってのものだった。


 当然、そんなリリアーナの存在はヴルカルにとっては不愉快なものであるし、排除をしたいと当然のように考えているのであろう。

 しかし、下手な動きは教会派に付け入る隙を与えてしまう。

 そこで、今、どこの派閥とも繋がりがなく、しかしそれなりの力を持っており、かつリリアーナとの因縁がある者。

 万が一失敗をしても、ヴルカル自身や、その属する派閥に影響を与えない者。

 そのような条件を満たした鉄砲玉として、自身の存在はとても都合のよい物であったのであろう。


 もちろん、ここで断るということはできない。

 恐らくヴルカルは近くに部下を待機させているだろうし、老いたといえど、ヴルカル自身もまだ戦場で刀を振るっている存在である。

 下手をすれば、ここが自身の墓場にもなりえた。


 しかし同時にこれはチャンスであった。

 口封じをされる危険こそあるものの、達成した暁には、ヴルカルは、セレトを重用せざるを得ないであろう。


 自身が望んだチャンスが目の前に今ある。

 それを認識した、セレトは言葉を返す。


 「そうですね。彼女こそ王国の腐敗の象徴でしょう。」

 そうして椅子から降り、頭を垂れて、ヴルカルに言葉続ける。

 「お望みであれば、その腐敗の象徴、私めが刈り取りましょう。」


 ヴルカルは、そのようなセレトの様子を満足げに見守ると、新しいワインの杯を開けて互いのグラスに注いだ。

 「貴公には期待しておるよ。」

 ヴルカルは、そう話しながらグラスを傾ける。


 「お任せください。」

 厳かに言葉を返しながら、セレトは、自身のグラスをヴルカルのグラスに当てる。


 後戻りができない場所に立った。

 その恐怖を実感したセレトは、同時に、自身の心にここ数年、感じたことがない程の興奮が押し寄せてくるのを感じた。


 ヴルカルは、そんなセレトを冷ややかに、されどどこか畏敬を込めて見つめていた。

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