第24話 俺ときみの新しい日常

「お忘れ物です、お嬢さん。これは捨ててはいけないものだからお届けにあがり……わー、ちょっと待てって、逃げるなって、腕が抜けるって!」


「もう、お話することは無いですから」


「ならば『離せ』と一言叫べばいい。それをしないって事は、僅かでも話を聞く気が有るって事だろ? 先ずはこのまま駅前公園まで連れて行く、続きはそれからだ。はい、ハンドタオル」

 

「捨ててくれと頼んだし、続きも何も承諾したでしょう?」


「したよ、したさ、一方的な別れでも受け入れたよ。でも……その前に俺の言い分も聞いて貰わなきゃ、割りに合わないだろ。だから追いかけてきた」


「意味、わからないです……」


「それをこれから話す。だから、歩きながら聞いてください。俺は……自信家じゃないから、他人の顔色を窺って生きてきた。きみとの付き合い方も、そう。みっともない所は見せないように取り繕って。でも、そういう生き方は止めだ。何がなんでも我を通すことに決めた。思ったことは全部ぶちまけるし、全部やる。先ずは、奇跡的に持ってた予備のハンカチを濡らすから、腫れないように目を冷やしとけ。はい、受け取るっ!」


「……要りません。無駄な優しさはヒトを傷つけると、思い知ってください」


「理解した! で、現在この公園には人影も無いので、もう一度問う。俺と別れたい?」


「はい」


「ふーん、電話の相手が理由?」


「答える義務はないですよね」


「だったら、よそ見ばかりしてないでしっかり俺の目を見て話してくれよ。『お前とは付き合ってらんないから、別れたい』ってさ」


「あなたとは、もう終わりに……なんて……視線を合わせて言えるわけないじゃないですか、こんなに好きなのに! だからこそ、乳臭い私が身を引けば済むと思って決心したのに、全部台無しにして!」


「何でそういう発想に行きつくんだよ~」


「花火大会の時、お知り合いと会っても私から離れて避けてましたよね。同行者として知られないよう必死に隠しながら。食事をしても温泉でもお見舞いの時も、あるのは年上目線の余裕ばかり。彼女として扱われないのに共に居る意味がどこにあるんですか?」


「あれは、そうじゃなくて! あー、もー……判ってるよ、足りないんだよ、何もかも全部」


「子守りから解放されれば、明るい未来が待ってます。私のことは、もう放っといてください」


「だから待てって! あのさ……年食ってる奴らが全員手練れだと思ったら大間違いだからな。言ったろ、自信なんて無いんだよ。そもそも照れくさくて色々出来ないし、余りにガッツリいったら……そっちだって引くだろ?」


「その発想こそがおかしいでしょう? 好きな人とガッつかないでどうするんですか! とはいえ、私も初カレで積極性に欠けたのは否めないし、年上との距離感はこれが最善なのだと決めつけて接しましたけど。だからって……この半年、何の進展もなければ、挙句の果てには名前すら呼んでもくれないというのは、さすがに無いと思うじゃないですか!」


「えーっと、それも含めてですね……あれ、いま『初カレ』って言った? 元カレの影響で車好きになったんじゃないの? じゃあ、あの電話の男は、誰なんだ?」


「むぅ……車は父親の影響で、さっきのは上の弟です。『試しに男の影を匂わせろ』と助言をいただき、従いました」


「誰だよ、そんな要らんことを吹き込んだのは。まさか、同僚ちゃんか!」


「お偉い方もです。なのに、嫉妬する素振りも全く見せなくて焦ってたら、元カノさんが登場して別方向から牽制するし。キャパオーバーで強制終了が思い浮かぶのは当然でしょう?」


「ソコマデ、バレテマシタカ、スミマセン……」


「元さやは無さげなので無視しましたが、想いだけでもぶり返すかも知れない。そんな現実を突き付けられて凹んだ結末が、今日です」


「あのね、再燃なんて有り得ないから! いや、それより本当に……ごめんなさい。自分の事に必死で全然見てなかった。何より、僅かでも嫌われるのが怖くて言い訳ばかりしてた、情けない男です。でも、きみを離したくない。だから、もう一度チャンスをください。何事に対しても想いを押し殺すことなく、みっともなく足掻いて怒りをぶちまけても最後には笑い合っていきたいんだ、一緒に。ダメ……かな?」


「……散々なじって、勝手に突っ走って困らせたのに、許してくれるんですか?」


「許すも何も、原因は全て俺に有るわけだし。でも、言葉が少ないってのはお互い様だよな。心の膿って溜めると大爆発するじゃん、今みたいに。だから『一人で抱え込まず小出しにする』って小さい頃から心掛けてんだよ、俺。ルールって程の堅苦しさは求めないけど、共に実践しながらこの先をお付き合い願えませんかね?」


「うぅ……ふぇ…、ごめんなさい……」


「だから謝る必要もないし、パンパンに腫れちゃうから泣くなって、マジで。見る影もないのは、さすがに引くぞ」


「そこも含めて、愛してくれないんですか?」


「早速、言うな~。当然、愛しますよ。盛大に求められてたようだしさ」


「そこまでは口にしなくて結構です……」


「仕方ないじゃん。愛されてるって再認識できて、すげー嬉しいんだからさ。本当はいつでも手を繋ぎたいし、見つめ合いたいし、あわよくば抱き締めたい。会う度に好きだと叫んで照れる顔を見たいんだ。それだけ、今の俺にはきみ以外は全く考えられないんだって、信じてよ」


じゃなくなったら不安が湧いてくるので、この場から名を呼んでくれたら信じます」


「はい、わかってますよ、トウコさん」


「持続してくださいよ、アキヒロさん」


「トウコの手は絶対に離さないし、誰にも渡さない。だから、その真っ直ぐな瞳で俺だけを見てて」


「そうしたいところですが、今は目がショボショボするので明日以降でいいですか?」


「だから、早く冷やせって言ったじゃん! 濡らし直すから待ってろよ。落ち着いたら送るから、その前にちょっと……抱き締めてもいいですかね?」


「『ちょっと』と言わず、お好きなだけどうぞ……と言いたいところですけど、人目に付く場所では控えていただけると助かります」


「了解っす……何ていうか、言い方が悪いけど手玉にとるのが上手くないか?」


「気の所為ですよ。もしそう感じるならば、弟たちの疚しい男心を見てきたからでしょうか」


「なるほど……それはちょっと厄介だな。あと、徐々に敬語は減らしていただけると、更に嬉しいデス。なんてったって、恋人同士ですから。ムフフ」


「はい……いや、えーっと、そう……する」


「では、帰るとす……カラオケの予定は?」


「全て嘘です、行きません」


「ならば、お手をどうぞ。俺の駐車場は駅から距離あるし、何より、こうして歩きたい」


「あの……態度の急変に戸惑いを隠せないとご存知です?」


「これまで抑えてた分を取り戻すと共に、今後はガッツリいかせて貰うんで。これだけじゃないから、ガンガン見つけてよ、俺の魅力。俺もそうするからさ。そして、存分に甘えるのです!」


「ど、努力します」


「無理に頑張らず、自然にお願いしますよ」


「うん、わかった」


「ではでは、リュックを漁りヨレヨレになった個包装マスクを授けまして……と。さあ、行こう」


「その気遣いのスゴさが鍛錬の賜かと思うと、ちょっとどころか盛大に妬ける……」


「それはこっちの台詞だよ〜。試すようなことは二度としないでいただきたい。ここまで尽くしたいと思うのはトウコが初めてなんだ。額面通り受け取らないと置いてっちゃうぞ。どうすんの?」


 むう、と寄せた眉根が瞬く間に緩む。

 差し出した俺の掌にきみの柔らかな手が重なる。

 照れながら俺を見つめる瞳。

 きゅっと握れば返ってくる安心感。

 力を抜いてちょっと欲をかいてみる。

 絡めた指が互いの温もりを強く感じさせる。

 そして、改めて俺たちの日常が始まる。


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