第27話 後手、柏葉アキヒロの投了

『クリスマスの予定について話したいことが……』

 ランチタイムを皮切りに始まる甘い一日、と浮かれた隙に切り出され、愕然とする。今日を満喫した頃合いにじっくりと話し合おうと企んでいただけに……これは、まさに大誤算!

 あれから積極性が増したのは俺だけではないと喜び舞い上がりたいが、今は焦りが募り複雑な気分。

 そして、そんな思いなど知らぬきみは、席について注文を終えると重苦しそうに口を開く。

「イブの予定を、勝手に入れられたんです」


 な、なぬっ?!

 俺以外の誰と過ごすつもりなんですかっ!?


「あの子達、ズルいんですよ。私の都合も聞かずに話を進めて。いつもそう、長子を敬うどころか下僕としか見ていないの。今日、着る予定のパーカーも勝手に部屋着にしてしまうし……人権無視にも程が有るでしょう?」

 アウターを脱ぐまでのを得てに至り、お揃いコーデは嫌がられたのかと胸中で盛大に落ち込んだのが、そうでは無いようで安堵する。

 しかし、肝心の話は全く見えない、ので。

「えーっと……もう少しわかり易い説明をお願い」

「ご、ごめんなさい! あのですね……」

 先を続ける前置きに、揃えた拳をテーブルの端に乗せてペコリと頭を下げるその姿が、口を✕印にして焦るゆるキャラのようで超絶きゃわです〜♪


 さて、詳細は以下の通り。

 大学の冬期休業で帰省する弟二人が、家族揃ってのクリスマスディナーをご馳走すると張り切って予約を取った。それが、よもやよもやの土曜日のクリスマス・イブ。時間帯は、商売を営むご両親が店舗の片付けを終えてからの午後七時三十分。

 何とも、家族愛が溢れる話じゃないか。

 だが、きみは先述の通りのお怒りモード。

 原因は、これまで通例とした二十五日に祝う神の子生誕祭を承諾もなしに覆したことに有るらしい。

 ぷんすかぷん!

 そんな擬態語が可視化しそうに片頬をぷくっと膨らませて不機嫌になる。そんな表情も余すところなく見せてくれるのは嬉しい限りだが、怒りの真相を更に掘り下げたくなり、話を逸らしつつ核心に迫る作戦を開始する。


「ちなみに、弟くん達はクリぼっち?」

「いいえ。上のお相手は公共施設にお勤めの新社会人で、下は地元住まいの同い年」

 兄弟揃ってモテ男くんとは、大したもんだ。

 などと、過去の己と比べて羨む時間ではない。

 先へ進もう。

「にも拘わらず家族優先とは、色ボケイベントに沸く我が国においてまさしくレアケース、素晴らしい心意気なんじゃないの?」

「で、でも! 方や社会人だから週末を有効に、と気を利かせても『日、月曜日で楽しむ方がお得だ』と口を揃えるだけで聞く耳を持たないのは……自己都合の押し付けでしょう?」

 彼らの主張は正しい、と言えよう。

 若さ故、オトクな方を選択するのは道理だしな。

 とはいえ、俺は二人を大いに疑っている。

 躊躇なく名前呼びする大切な姉を思う彼らが打って出た、俺を牽制しての嫌がらせなのだろう、と。

 流行りのオーバーサイズを理由に姉の衣服を敢えて着る辺りも、無理矢理感が満載で何とも胡散臭いじゃないか。

 そして、そろそろ我慢の限界に達する俺は、弟くん達の悪巧みに気付かぬらしいきみから決定的な言葉を引き出したく、けがれた大人の形勢逆転劇を始めてしまうのだ!


「トウコさんは、何をそんなに怒るのかねー?」

「だからそれは、勝手に……」

「決められちゃうと、困ることが有ると?」

「むぅ……答えがわかってて聞いてますよね」

「これが皆目、見当もつかねーんだよな。強いてあげれば『俺と過ごす週末が奪われて悔しい』って事くらい? あ、やべー! 言わせるつもりが先に言っちゃったわ、てへへ!」

「もう……その通りですよ。初めて過ごすのだから、思いっきり楽しみたかったんです」


 俺のわざとらしいヤラカシに呆れたように溜め息をつき、コップを引き寄せてこくんと喉を潤す。それでも残念そうに項垂れてくれるのは、至極嬉しいものですな。

 では、そんなきみに㊙情報をお教えしよう。


「トウコさん、金曜日の退勤後からガッツリ楽しむという手も有りますよ? おまけに……(小声)日帰りかお泊りかをご自由にお選びいただけまㇲ」

「え、えーっと……っっっ!!」

 間を置くと両肘をついてサッと顔を覆う。緩く崩したまとめ髪から覗く耳がみるみるうちに赤く染まっていく。

 まさか、そこまで深く考えて無かった……的な?

 あちゃ〜、先走ったか!

 やり過ぎた感は拭えないが、それでも俺は、きみの悪戯な笑みを真似て見つめ倒す。

 先手を打たれたんだ、この程度は許してくれい。


 そこにやってくる、待望の品々。

「お待たせしやした、“焦がし”と“醤油”に餃子一枚っす~」

「ありがとさん。おーい、トウコさん。おもてを上げて食いなさいって。冷めるし伸びるぞー?」

 俯いててもなお判別できる火照ほてった顔をちらと上げ、差し出す割り箸を受け取りながら抗議の目で俺を威嚇する。

 残念ながら、きみのぷんすか顔なんて愛おしい以外の何物でもないので、睨むだけムダですよーだ。

 大人げなく煽るように鼻で、ふふん、と笑う。

 すると、苦々しく顔を歪めながらボソッと呟く。

「そういう……意地悪しないで…」

 

 人のツボはそれぞれ。

 俺のツボはきみの一挙手一投足により作られる。

 どこかで舌打ちが鳴ろうが知ったこっちゃない。

 下っ腹のセンサーが再びきゅ~ん、とするのを必死に宥めて餃子を一つ箸でつまんで食を促す。

「オホン……話の続きは後にしよう」

 パクン、ジュワ〜!

「アッッフイィィーーッッ!!」

 一気に頬張った口内に溢れ出るアツアツ肉汁。

 疚しい男の反撃を受けてのきみの最後の一手。

 俺が即刻投了したのは、言うまでもない。

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