第12話 夏見 トウコ の非日常
「美味そうに食べてんなー」
大口を開けて頬張ったまさにその瞬間、思わぬ人物に声を掛けられ咳き込んでしまう。
窒息する、以上に強烈な恥ずかしさ。
「ごめん、大丈夫!? 早く飲んで!!」
空いている隣の席に座り慌てふためくこの方は、私の職場に度々いらっしゃる営業の柏葉さん。
社会人初のお茶出しの相手で、人生初のコーヒードリップを体験している間にも聞こえてくる朗らかな声が印象的で、対面したら想像通り面白くて柴ワンコみたいに屈託ない笑顔で話す人物で―――。
気付けば惹かれていた。
でも、それと同時に諦めてもいた。
自分のような〈お子ちゃま〉を相手にする筈もない 〈大人〉だから。
「昨冬はお疲れさま。連日の残業で大変だったよな。一年経ってどう、流れとか波とか掴めた?」
「いえ……恥ずかしながら、時だけが無情に過ぎた、といった感じです」
「初回だしな、焦らずに覚えたらいいよ」
「はい、頑張ります」
タブレットを取り出しながら優しい人柄を表すその声で気遣われると、叶わぬ想いを再確認させられてちょっとつらい。
それでも同じ時間を共有出来るというのはやっぱり嬉しくて、密かに顔が熱くなる。
同僚に話したら『恋愛初心者め』と笑われそう。
「ごめんな、邪魔しちゃって。ゆっくり食べて」
「それでは失礼して」
改めて食べ進めていく。
当然、先程よりは大人し目に。
誰も見てないと理解しつつも自意識過剰な感情が湧いてきて恥ずかしい限りだ。
そんな思いなど知る由もない隣では、コーヒーを片手にタブレットと睨み合っている。たまにビジネスバッグをかき回しては頬杖をついて口元を隠し、スマホをチラ見してはクルクル回すタッチペンでフフッと笑いながら画面をタップ。
これは……もしかして、途中から遊んでる?
勝手な想像で思わずふふっと吹き出すと、
「ん、どうかした?」
「いえ、その……ちゃんと仕事をしているのかな、と疑問に思いまして」
「ひでーな、してますよ。まぁ、スマホはたまに可笑しなアプリが立ち上がるけどさ、わはは!」
それは駄目なヤツなのでは、と思わせる答えが返ってきた。
その快活さへの更なる笑いを堪えつつ残る三口目に手をつけると、何とも不思議なお声掛けを受ける。
「あのさ、この後、もし時間があるなら付き合って欲しい場所があるんだけど、どうかな?」
平日に有給を取りながらボッチ飯をしている時点で時間は大いにあるが、行動を共にする勇気が果たして出るものなのか。
隣りで作業に集中している間に最後の一口を放り込み、カップを空にしてついていくことにした。
◆ ◆ ◆
「ほわぁぁ〜!」
何という、心躍るショーケース。
定番の和菓子と共に超小振りで多種多様などら焼きがマカロンの如く色彩豊かに並ぶ。
この店舗、客層は間違いなく女性が多数だろう。
「一人で来づらいから助かったわ。お礼がしたいからどれか選んでよ。別腹があるなら奥の飲食スペースで食べよう」
あぁ、今日は何という日なのだろう。
ATMの順番を待つ間に街頭キャンペーン中の美容師に捕まり、鏡に映る神懸かりアレンジに
某かのフラグが立つとしか思えない。
自宅用にも買いたいので自腹を申し出るが、
「ならば、ここで食べる分だけは―――」
というお言葉に甘えて御馳走になる。
奥にある飲食スペースには、店頭同様に落ち着いた色調の和にも洋にも合うような調度品が置かれており、時間を忘れてゆったりとしたくなるような素敵な雰囲気を醸している。
よくよく考えれば、そんな場所に当然の如く向かい合わせで座るわけで……。
無駄に緊張してまともに顔も見れない体たらく。
会話の基本も相槌を打つのが精一杯。
飛び出そうな私の心臓よ、止まれ!
じゃなかった、鎮まれ!
折角の二人きりだというのにどんな内容かも頭に入らぬ実に勿体ない会話を交わす間に、程なくして数々の注文の品がやってくる。
「以上になります。柏葉さま、いつも御贔屓くださり誠にありがとうございます―――と奥様にお伝えください。ごゆっくりどうぞ」
「あー……はい。どうもありがとう」
にっこり、と微笑み返す向かいの席。
ひゅん、と止まりそうになるこちらの心臓。
―――本当に今日は、何という日なのだろう。
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