Chapter:7 「見てみたかったなあ」

 旅支度をしながら、博希には疑問に思ったことがあった。

「目の色とか髪の色でコスポルーダ人じゃないってバレたりしねえかな?」

 博希サンにしては細かいところに気がつきましたねと出流が茶化す。スカフィードは白い髪を揺らして笑った。

「ああ、この世界の民は、髪の色や瞳の色は千差万別だ。黒い髪や瞳を持つ者もいる」

「へえ。……ああそっかあ、お姫様も、髪も目も、青かったもんね」

「王族は、基本的には薄い青の瞳と髪なのだよ」

「例外もいらっしゃるのですか?」

「先代の皇帝は、赤の髪と瞳をもっていた。とても薄い、美しい色のね」

「見てみたかったなぁ、キレイなんだろうね」

「そうですね」

 スカフィードは、三つのブレスレットを持ってきた。

「時計、地図、翻訳機能がひとつずつ搭載されている。好きなものを選んでつけるといい。通信機にもなっているから、便利だ」

「わーい、じゃぼく、翻訳ー」

「英語の授業もロクに聞いてないような奴が何言ってんだっ。翻訳は出流だよ、頭いいし」

「五月サンは地図にしたらどうです? この世界が丸々入っているようですし、面白いかもしれませんよ」

「そうだねっ、じゃ、ぼく地図っ」

 ホントこいつ単純だなあ、と、博希は思いつつ、ひとつ残った、時計機能の搭載されたブレスをつける。

 程なくして、それぞれの荷物が揃い、旅支度は整った。

「大切なことを教えておく。この世界では、声が魔法になる。エンブレムを持つ者には【伝説の勇士】の鎧が与えられるが、【声】がないと装着できない」

「魔法で鎧が装着されるわけですね」

「そして【声】は君たちが自分で決めないと意味がない。武器を出すときや使うとき、さっき渡したブレスの機能を使うとき……全部、【声】で発動させることになる」

「なんだかカッコいいねえ」

「早いうちに何言うか決めとかなきゃってことだな」

 支度された道具をすっかり身に着けてしまった三人は、スカフィードに玄関まで送りだされた。

「では、行って参ります」

「行ってくるぜっ」

「行ってきまあす」

 スカフィードは無言でうなずいて、三人の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った。

 びゅうっ、と、一陣の風が吹く。

「!」

 何か……影が横切った……?

「まさか……っ!」

 スカフィードは空を見上げたが、影とおぼしきものは、すでに見えなかった。彼は家の中に戻り、しばらく、たたずんで、がくりと崩れた。


   マスカレッタ……、……様……

   私は――――

   何もできない……情けない神官です……


 ぼろりと、涙がこぼれた。マスカレッタのライフクリスタルが、わずかに、光った。



 黒い影が、真っ白な城にひゅうと入り込んだ。ルビーのように真っ赤な瞳と髪、そして黒い翼を持つ人物の前で、ひざまずく。

「レドルアビデ様」

「デストダ、か」

「はい」

 デストダと呼ばれた影は、非常に、面妖な姿をしていた。見た目は少年であったが、額からはえた触角、大型鳥類のような足、手には水かきがついている。大きな瞳をぐりと動かし、レドルアビデを見た。

「【伝説の勇士】が動き出した様子にございます」

「ふん。恐らく神官スカフィードあたりが導いたのだろう」

「神官めの住処はグリーンライの外れでありましたが」

「……確か総統はヴォルシガだな? 呼べ」

「承知」

 デストダが去った後、レドルアビデは、もともと、マスカレッタの居室だったところに行った。中には、【エヴィーアの花】が、静かに咲いていた。

「マスカレッタ……いや、【エヴィーアの花】。お前の愛するスカフィードが、【伝説の勇士】を見つけ出したらしいぞ……ふっふふ……自分の不幸に間に合わず、悔しいか。ハハハハハ!」

 茎というよりはまだ、マスカレッタの足に近いであろう所を、撫でさする。

「そのうち、伝説の勇士と共に、スカフィードの血も、お前に飲ませてやろう……フフ……」

 レドルアビデはマスカレッタの部屋を出た。そして、その隣の部屋の扉を開ける。中に置いてある固そうなベッドに、一人の少女が眠っていた。

「…………フ…………」

 それだけをつぶやいて、レドルアビデは、自分がもといた部屋に戻った。



 博希たち勇士様御一行は、てくてくと村までの道を歩いていた。

「まぁだ村に着かないのかよっ? こんな時間かかるなんて話聞いてねーぞ!」

「さっき五月サンの地図を見たでしょ? ホワイトキャッスルを日本でいう国会か皇居と例えるなら、他の都市は都道府県みたいなものです。スカフィードの家は、グリーンライの外れにあったんですから、そう簡単に着きませんよ」

 それにしても、と、出流は思った。君たちならば、日が暮れる前に村に着けるだろう、と、出発前にスカフィードは言っていた。一体あの言葉には何の根拠があったのだろう。勇士としての力があるということか? しかし、具体的なことはなにひとつわからないまま、三人はただただ歩いているのだった。

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