第11話 真実

 舞踏会でのパーティが終わりに近づき、「初めての舞踏会デビューで疲れたろう。早めに帰ろう」という加々見の言葉に従って、二人でダンスフロアを抜け、深紅の絨毯の敷かれた大階段を下りて出口へと向かっていたときのこと。


「お待ちください! 神内様!」


 男の声に呼び止められて足を止め振り向くと、絹子の父・茂が転がるように階段を下りてこちらに急いで走ってくるところだった。


「なんでしょうかな。三笠さん」


 加々見の声は普段絹子に語り掛けるときの優しい声音が影をひそめ、ぞっとするほどそっけない。

 茂は加々見の元へと走りよると、燕尾服にしわがつくのもおかまいなしに両膝を床について深く土下座した。


「神内様! 貴方様が山神様などとつゆ知らず、あの山を売ってしまったこと誠に申し訳ございませんっ!!!」


 しかし、そんな茂を加々見は冷たい光を帯びた金の瞳で見下ろす。

 加々見が軽く指を鳴らすと、周りの景色が一瞬で墨に塗りつぶされたように黒一色へと変わった。


 さっきまで鹿鳴館の一階玄関ホールにいたはずなのに、床も壁も天井も大階段すら消えていた。玄関ホールにいた他の人たちの姿も見えない。この場にいるのは加々見と絹子、それに茂の三人だけ。周りは真っ暗だけれど暗さはなく、床に頭をすりつけたままの茂の姿もよく見えた。


「構いはしないよ。あの山を買ったのは、私の持っている会社の一つだ」


「……と、ということはっ」


 茂が顔を上げる。加々見の言葉に何か希望を見出したのだろうか。しかし、その期待はすぐに打ち崩される。


「私はね。君たちにカマをかけたのだよ。君たちが誘いを断り、山を売らずにこれからも山を守っていくつもりがあるのなら、私も君たちにこれからも加護を与えるつもりだった。しかし君たちはあんなはした金で簡単にあの山を売ってしまった。しかも、私の大事な花嫁までも売ったんだ。それがどういう意味かわかるかい?」


「ひっ……もうしわけございませんっ!!! それでしたら、あの山はこれからも我が三笠家が代々大事にいたしますからっ」


「もう遅い。あの山は、人間界の法律上も私の所有物になっているんだ。今更、ほかの者に渡す気はない」


 そして、加々見は絹子を見る。そのときだけわずかに目元が緩んだ。


「私はね。明治に入って土地所有権が明確になりだしたころから、あの山あたりの一帯の土地を人間の好き勝手にされないようにと所有権を得ることにしたんだ。この神内加々見という名も元をただせばそのために作ったものだった」


「そう、だったんですか……」


 あの山はもう正式に加々見の所有物になったのだという。それなら二度と、他人の好き勝手されることはないだろう。そのことに、絹子は深い安堵を覚えていた。

 加々見は再び金色の瞳を茂に向ける。


「お前らは一体、何を相手にし、何を粗末にしようとしたのか。わかっているのか」


 そう加々見が怒りを滲ませ唸るような声で言ったとたん、彼の身体が金色の光に包まれた。その光はぐんと高くなり前後にも大きく伸びる。


 絹子はまぶしさに目をしばたかせていると、いつの間にか光は消えていた。その代わりに、そこには巨大なものが現れる。


 全長数十メートルはありそうな巨大な竜がそこにいた。白銀のうろこに覆われ、タテガミや髭は金色をしている。神々しく美しい竜。


 絹子はすぐに理解した。それが、山神。加々見の本当の姿なのだ。

 しかし怖さはなかった。こちらに一瞬顔を向けたその金色の瞳が、人の形をしていたときの加々見と同じだったからだ。


 絹子は小さく微笑み返した。それに、竜も目を細めて答えてくれる。

 竜は再び茂に目を向けると、地響きを起こすほどの声で言った。


「神を軽んじ、出し抜こうとした罪は重い。今後、お前たちへの加護は一切をはく奪する。もう二度と絹子の前に姿を現すことも許さん。もし破ったならお前たちには末代までの祟りが及ぶだろう」


 茂は「ひっ……」と今にも気絶しそうなほど顔を青くさせ、傍目に見てもわかるほど震えていた。


「よいな。わかったら、私の前から失せろっ!」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」


 腰が抜けたようになってあわあわとしながらも、茂は四つん這いになってうのていで逃げ出した。


 茂が去ったあと、加々見は再び光に包まれる。今度はさっきとは逆に光がどんどん小さくなって、ついに人の形となった。光が消えると、そこにはあの人間の姿をした加々見が立っていた。


 気が付くと、黒に塗りつぶされたようになっていた周りの景色も、元の鹿鳴館の玄関ホールに戻っている。


「さあ、いこうか。絹子」


 加々見が差し出してくれた腕に、絹子は腕をとおす。


「はい」


 二人が玄関から外に出ると、ちょうどそこに加々見の馬車が外付けされて主を待っていた。二人が乗り込むと馬車は走り出す。

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