カテキン3本勝負

ノリヲ

第1話  一本目

 狂い鳴くセミ、拷問に近い焼ける様な日差しが路上に陽炎を作る。遠く向こうにプールバッグを持って歩く3人組の小学生がゆらゆらと辛うじて見える。三者三様ダラダラとだらしなく歩く姿は今にも溶けてしまいそうだった。突然右の石垣から何人か飛び降りてきて3人組を捕まえる。相手は4人で背が高い2人は恐らく中学生だろう。その内の1人は銃らしき物を突き付け3人組の頭を叩いたり足を蹴っている、3人組は抵抗せず、最後にはポケットから出した物を4人組に渡し開放された。


「ちくしょー!マジムカつく!」

「オサダの奴兄貴連れてくるなんてマジ卑怯だぜ!」

「つーかあいつ何でエアガン持ってんだよ!学校で禁止されたじゃん!」

「おもちゃ屋も子供にはエアガン売っちゃダメになったじゃんなー?」

「親と一緒なら買えるんだよ、あいつ親に頼んで買ってもらったらしいぜ」

「マジかよー、あいつの親アメーよ!」

「くそー!『トンボ』でスプライト飲みたかったのに金取られたー!テツは?」

テツ「オレも摂られた、キンは大丈夫だったみたいだね」

キン「へっへっへー」

キンは得意げに靴を脱いで中から500円玉を取り出しカンタに見せた。

カンタ「うぉーーー!マジか⁉なぜそこに!しかも500円!」

テツ「よ、予知ですか?・・・」

キン「実は昨日からばーちゃん来ててお小遣い貰ったんだー、大金だから万が一にと思って隠しといたのよ」

カンタ・テツ「すげー!」

キン「しかも・・・、すげー情報つかんだのよ」

テツ「流石情報屋」

カンタ「なになに?」

キン「お前ら明日は何の日か知ってる?」

カンタ「何かあったっけ?」

テツ「明日はビックリマンの第7段発売日?」

キン「流石テツ、そう明日新しいビックリマンが発売されるんだけど、何と!『トンボ』には今日入荷するんだって!」


物流網が今より発達していないこの時代、発売日が決まっている商品は全国一斉に店頭へ並べる為事前に配達されている事も多く、店によっては先に売り出してしまう事もあった。


カンタ「マジかー!行こうぜ!」

テツ「でもお金ないよ・・・」

キンペイは500円を掲げながら「おごるぜ」と言った。

「きゃー!キンさまー!(カンタ・テツ)」

二人はキンに抱き着きわっしょいわっしょい『トンボ』へ向った。

テツ「でもオサダの奴カツアゲまでするとはなー」

キン「今まではそんな事しなかったのにね」

カンタ「・・・」

テツ「カンタどうしたの?」

キン「お前何かあった?」

カンタ「実は、夏休み前、あいつとケンカした時、あいつ100円落としてさ、オレ先に拾って取り上げた・・・」

「てめーーー‼(テツ・キン)」

テツ「それの仕返しじゃん!僕の100円カンタのせいで取られたの!?」

キン「お前には奢らん!」

カンタ「そんなー」

キン「死ね!今すぐ死ね!」

カンタ「厳しー!」

テツオとキンペイはカンタを置いて速足で進む、カンタは二人を追いかけた。

カンタ「それよりさー、秘密基地の事どうする?」

「お前は黙ってろ!(テツ・キン)」


 『トンボ』の前には数人の子供たちが駄菓子やジュースを飲んでいた。『トンボ』とはこの駄菓子屋の事で、『小川商店』と言う名前があるのだが、この店は駄菓子以外にも文房具を扱っており、窓に『トンボ鉛筆』のマークがデカデカと貼られているため、子供達は『トンボ』と呼んでいた。


「よう、カテキン」

キン「ようアツシ、お前らも来てたんだ」

『カテキン』とは、カンタ・テツオ・キンペイ三人組の愛称だ。アツシは同じクラスの子でトンボの近くに住んでおり弟を連れていた。

アツシ「あれ?つーかカンタが大人しいな」

キン「こいつの事はほっといてくれ、それよりアツシもビックリマン買いに来たの?第7段あった?」

アツシ「無いって、あの情報はガセだった」

カンタ「なーんだ」

テツ「お前は黙っとれ!」

キン「なんだよー、じゃーいーや、テツ、カンタ、奢るからスプライト飲もうぜ、アツシとジュン君(弟)も奢るぜ」

カンタ「キンさま~」

アツシ「マジかー!キン豪勢だな!でもジュンは今アイス食ったからいいや、甘い物は一日一個ってお母さんに言われてるから」

キン「そっか、じゃーおばちゃーん、スプライト4本ちょうだーい」

キンは店の奥に居る高齢の女性に声を掛け500円玉をガラスのショーケースに置き冷蔵庫からスプライトの缶を出した、まだ消費税の無い時代だ。店の奥に続いている居間から店主がのそのそと出てきた。多分年齢的にはおばあちゃんと呼ばれる歳に見える、しかしこの人に「おばあちゃん」は禁句だ、今後この店で買い物が出来なくなる事を子供達は知っている。

店主「子供が人に奢るなんて感心しないね」

店主はぶすっとした顔でぶっきらぼうにそう言いながら100円のお釣りをこれまたぶっきらぼうにキンペイへ渡した。キンペイは「うるせーなー」と思いながら口では「今日だけですよ」と返した。

 4人は店内のベンチに座りスプライトを飲みながらこれからアツシの家でファミコンをしようと話をしていた。

「よう、お前らここでなにしてんだ?」

声を掛けて来たのは同じクラスの殿畑英雄、通称トノ。親が歯医者でこの地域では有名な金持ちだ。そしてその後ろでニヤニヤしているのは腰ぎんちゃくのカサイだった。

カンタ「別にー」

トノ「ふ~ん」

トノはそう言いながら店の奥に声を掛けた。すると店主はニコニコしながらさっと出てくる、さっきに比べ明らかに動作が早い。

店主「英雄ちゃんいらっしゃい、いつもありがとねー」

声のキーも高い。4人は目が点になりトノと店主のやり取りに釘付けになった。

トノ「おばさん、頼んでたやつ来てる?」

店主「はいはい来てますよ、これね」

店主は40個入りのビックリマンチョコを1箱出して来た。箱にはデカデカと第7段と表示されている。

アツシ「お、おばちゃんそれ!」

店主「何だいうるさいね」

キン「それビックリマンの第7段じゃん!無いんじゃなかったの⁉」

店主「あんた達に売る分は無いって言ったの、これは英雄ちゃんが前から予約してた分!」

カンタ「ババーふざけんな!なんだそりゃ!」

店主「カンタ!あんた生意気だよ!」

トノ「まーまー、そう大きな声を出すなよ、おばさんが困るだろ?」

カサイ「そーだぞ、トノが言う通り、お前ら静かにしろ」

カンタ「カサイ!お前は黙ってろ!オレはどうなってるか説明しろって言ってんの!」

トノ「あのなー、オレは元々この店でビックリマンを“予約”してたの、そんで今日受け取りに来ただけ、アンダスタン?」

テツ「じゃーおばちゃん!僕らにも売ってよ!」

店主「だからー、今有るのは予約分のこれだけ、また次入ったら買いに来な」

カンタ「クッソー!『大人買い』しやがってー!」


※『大人買い』 金に物を言わせ大量に商品を買う事、“箱買い”とも言う。当時ビックリマンチョコはおまけのシールが子供達の間で大流行し社会現象になり、1個30円のチョコを箱ごと買って、シールだけ出してチョコを捨てる子供が続出し問題になった。


カンタ「トノ!お前が大人買いしなきゃ皆買えるんだぞ!」

カサイ「お前だって大人買いすればいいじゃん、金があればだけど」

キン「カサイは黙ってろ!トノ!ずるいぞ!」

トノ「まー『パンピー』は次入荷したら買えばいーじゃん、さーて『ヘッド』は出るかなー」


※『パンピー』 一般ピープル、一般人の事。他人を見下す時に使う言葉。

※『ヘッド』 ビックリマンシールはそれぞれ悪魔、お守り、天使のキャラクターが描かれているが、他にレアなシールがあり通称ヘッドと呼ばれている。ヘッドは他のシールと違いキラキラ光るホログラムが施されている。


「えー!今日ビックリマン有るって聞いたのに買えないのー⁉」

店の入り口で声が聞こえたので皆が振り返った。

「マ、マミちゃん♡(カンタ・トノ)」

マミちゃんは1コ下の3年生、ゴテゴテの80年代アイドルファッション、ぶりっ子だ。

マミ「せっかく来たのにー、シュン」

マミは残念な気持ちを表す「シュン」を自分で言う。多くの男子は引いている、これがマンガなら額に縦の青い線が描かれているだろう、が、極一部の男子には熱烈に受けていた。

キン「マミちゃん残念だったねー、どっかのバカが大人買いして買い占めちゃったんだー」

トノ「キンふざけんな!オレは独り占めするとは言ってないだろ!」

テツ「あれれ~、パンピーは次に買えって言ってたじゃん」

カンタ「マミちゃん、今日の服も似合ってるよ♡」

トノ「あれは冗談なの!解れよ!なっ!カサイ?」

カサイ「トノは冗談だって言ってるじゃん!お前らよってたかってトノ一人を攻めんな!」

キン「冗談?て事はそのビックリマン、皆に配ってくれるの?」

トノ「タダで配る訳ねーよ、1個100円で売ってやるよ」

アツシ「がめつ!」

テツ「それじゃーマミちゃんも買えないんじゃないのー?」

カンタ「ねーマミちゃん♡この後一緒にファミコンしない?」

全員「カンタ黙れ‼」

カンタ「・・・」


皆はあーだこーだ話し合っているうちに店主は奥に引っ込み、アツシは弟を連れていることもあり、ファミコンをしていいか母親に許可を貰いに帰り、マミちゃんは「トノに悪いから」とビックリマンを遠慮した。そしてキンペイが100円で3個買い取る事をトノに提案した。

キン「オレ達が持っているのはこの100円だけだ、これで3個売ってくれ」

テツ「トノ、どうだ、お前も3個ならいーだろ?」

カサイ「トノどうする?」

トノ「うーん、まー3個なら売ってもいっか、どうせ3個ならヘッドが出る確率もほぼ無いしな、いいぜ」


※ヘッドは2箱に1枚の確立で入っている。


テツ「おいカンタ!出番だ!」

カンタは店先でマミちゃんに運動会のかけっこで1番になった事を話していた。

トノ「おいカンタ!お前あんまマミちゃんに話し掛けんな!バカがうつる!」

テツ「いいかカンタ、トノから3個ビックリマンを買った、お前は『天津飯』で『横並べ』を使って3個を選ぶんだ!」


※『天津飯』 大人気漫画ドラゴンボールに出てくるキャラクターで、主人公孫悟空のライバル。目が3つあり非常に視力が良い。

※『横並べ』 当時、少ないお小遣いでヘッドを手に入れるために子供達が開発した技。ビックリマンチョコを重なる様に少しずらしながら横に並べ見比べるのだ。パッケージの絵柄やバーコードにズレがある物にヘッドが入っている確率が高いと噂になった。沢山の子供達が売り場で横並べを行い、パッケージや中のチョコがぐちゃぐちゃになったり、売り場を長時間占領した為『禁じ手』となり、多くのスーパーではビックリマンチョコをレジの後ろに置き、店員に言って出してもらう方式になった。カンタは以前、この横並べで数々のヘッドを出しており、仲間から第3の目を持つ男、天津飯と呼ばれていた。


キン「そうか!今回はトノから買うから横並べが使える!」

テツ・キン「カンタ!頼んだぞ!」

全てを察したカンタは、無言で左右の親指と人差し指をおにぎり型に合わせた、天津飯の必殺技『気功砲』のポーズだ。

カサイ「おいカンタ!トノの気が変わらない内に早く選べよ!」

カンタは無言でトノに近づき、ビックリマンの箱を受け取ると店のベンチに並べだした。1箱40個のビックリマン、この中から3つを選ぶ。カンタはじっとパッケージを睨み腕組みをして動かなくなった。

店の鳩時計がコチコチと秒を刻み、外を通る車のタイヤ音が緊張を物語る。静寂を破ったのはカサイだ。

カサイ「なあ、ヘッドが出るか賭けようぜ」

キン「何だよ急に」

カサイ「トノは乗る必要が無いお前達の文句にワザワザ付き合ってくれたんだぜ、カンタが失敗したら土下座しろよ」

キン「はぁ?ふざけんな!」

カサイ「トノもそう思うでしょ?」

トノ「確かにお前らのイチャモンにしょうがなく3個売ってやったんだ、ヘッドが出なかったら土下座しろ」

テツ「お前らバカか?必ずヘッドが入ってる訳じゃねーんだ!ルール事態おかしいだろ!」

カサイ「何だよダセーなー、じゃあせめてトノにちゃんとお礼を言えよ、3個恵んで下さってありがとう御座いますって頭地面に擦り付けてよ!」

キン「土下座と同じじゃねーか!バカか!」

カンタ「いいぜ?勝負だ。ヘッドが出なかったら土下座してやるよ」

カンタはビックリマンをジッと睨みながら話す。

テツ・キン「カンタ何言ってんだ!勝てる訳ねーだろ!」

カンタ「いやー、イケると思うよ、場が乱れてんだ・・・」

カンタは10個程の怪しいパッケージを選び出し再び並べなおしている。

テツ・キン「場が乱れてる?」

カンタ「あぁ・・・、普通2箱でもヘッドが出る確証は無い、だけど場が乱れる時、必ずヘッドが入ってるのさ・・・しかも、今回の乱れは普通じゃねー・・・、こんなに乱れてんのは初めてだ・・・、多分初ロットだからロッテが多めにヘッドを用意したんだろう、必ずヘッドが入ってる・・・」

カンタはチョコから目を離さず微かに笑っている。

カンタ「その代わり、もしヘッドが出たら、トノは今後大人買い禁止な」

トノ「おーいーぜ」

カサイ「イエーイ、賭け成立!」

キン「おいー、オレらは知らねえかんな、土下座はカンタ一人でやれよ!」

テツは溜息をついた。

マミ「ねえ、場が乱れるって何?」

キン「さぁ?多分パッケージの柄にズレが多いんだと思う」 

マミ「ホントにヘッドが判るの?」

テツ「さあな、でもアイツがヘッドを何回も出したのは事実だぜ」

マミ「すごーい!ヘッド出たらマミ欲しいなー」

マミはぶりっ子特有の動き(腰をクネクネと左右に振る)をした。

トノ「マミちゃん!カンタがヘッド出せる訳無いよ!マミちゃんには僕がヘッドあげるからね!」

マミ「ホント!やったー!」

マミはぶりっ子特有の動き(両手を口の前で握る)をした。

キン「なぁ、あれどう思うよ」

キンペイはマミの方を見ながら小声で言う。

テツ「あの二人はアレの何が良いんだろう・・・」

カサイ「理解出来ねーよなー・・・」


数分後、まるで爆弾の不発処理が終わったかの様に「ふ~」と一息付きながらカンタが3個のチョコを選び出した。

トノ「これでいいんだな?」

カンタ「おう!ただ決まりだから3個選んだけどヘッドは1個だけだった」

カサイ「なんだよそれ、判る訳ねーだろ!」

カンタ「開けてみれば判るぜ?イカサマと言われない様にマミちゃん開けて」

カンタはマミに「こっちは外れだよ」と2個のチョコを渡す。

マミ「じゃー開けるね?」

そう言ってマミはパッケージに切り込みを入れ中に指を入れる・・・天使シール。そして2個目・・・またも天使シール。

マミ「すごーい!2個とも天使!」

テツ・キン「よし!方向性は合ってる!」

カサイ「バカ、ヘッドが出なきゃ意味ねーっつーの!」

カンタ「じゃーこれ、これはヘッドだよ」

カンタはマミに残ったチョコを渡した。

マミ「じゃー最後行くよ!」

マミは最後の1個、カンタがヘッドだと言い切ったチョコの袋に切れ込みを入れちゅうちょなく開け指を入れた、賭けなどどうでもいいのだろう。



「キャー‼」

マミは突然シールを上に掲げ飛び跳ねる。

全員「!!!!?」

マミの手に皆が注目する。そこにはキラキラのホログラムが施されたキャラクターシールが揺れていた。

マミ「ヘッドー‼」

テツ・キン「すげーーーー‼マジ出たーーーー‼」

トノ・カサイ「マ、マジかよ・・・」

トノは慌てて残ったチョコを全部開けた。出てきたシールの中にヘッドは無い。カンタはたった1枚だけ入っていたヘッドをピンポイントで選び出したのだ。

「ま・け・た・・・」

トノとカサイは力無くナヘナと崩れ床に座り込む。

カンタはマミにゆっくり近づいた。

カンタ「そのヘッドはマミちゃんにプレゼント♡」

「はあーーーーーー⁉(テツ・キン)」

マミ「ホント!?やったー!」

「バ・・・カ・・・」

テツとキンもヘナヘナと床に崩れた。

すると店のガラス戸がカラカラと開き、カンタ達と同じクラスのセイジが入って来た。セイジはイケメンのサッカー少年で勉強も出来る『出木杉君』だ。

マミ「あ!セイジ君!見てーヘッドー!」

セイジ「わ!これ新しいヤツじゃん!もうヘッド出してる!すげー!」

マミ「セイジ君もビックリマン集めてる?」

セイジ「もちろん、いーなー」

マミ「そっかー、じゃあこのヘッド、セイジ君にあげる♡」

「はあーーーーーー⁉(カンタ)」

セイジ「ホント⁉やりー!公園で皆に自慢しよ!」

マミ「マミも行くー!」

急な展開に圧倒されセイジとマミの後ろ姿を追いかけられないカンタ、最後は糸が切れた凧の様にフラフラして床へ崩れた。


魂が昇天し抜け殻になった5人。バブル経済絶頂期へと加速する80年代日本、少年達は駄菓子屋で人生を学んでいた。

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