調べ物

 不幸中の幸いと言うか、弦真の目的地である図書室は音楽室の真ん前に位置している。

 普通に生活してたら授業以外ではこない教室ランキング上位に位置するのが、ここ音楽室と図書室だ。

 クラスは存在せず、特別教室のみがあり、なおかつ4階にある前述の二つには、ほとんどの人は立ち寄らない。

 そのため、朝から練習をおこなっていてもそもそも咎めるような人がこの校舎にはいないことが多い。

 今日も図書室に来ている人は、ほとんどいなかった。

「えーと、ドビュッシーの本を探せばいいのか?」

 弦真は一人でブツブツ言いながら館内図と睨めっこしている。

「これか?」

 弦真は、入ってきたドアから向かって右手にある棚にある一冊の本が目に入った。

「『歴代音楽家解剖』?」

 手にとってパラパラとページを捲る。

「これだな・・・」

 弦真は一人そう呟くと、その本を手に自習スペースへと向かった。

 図書室の中央あたりに仕切り板で区切られた自習用スペースが設けられていて、放課後ここで勉強している生徒も少なくない。今日はそんなに人数は来ていないが、それでも3、4人程度は見受けられる。

 弦真は胸ポケットに入れてあったメモ用紙とペンを取り出して、本の必要なページを書き写し出した。


「ちょっと態度冷たかったかなぁ・・・」

 舞雪は一人音楽室で一人つぶやいていた。

「でもこのぐらい許してくれるよね」

 舞雪は一人で言って一人頷くと、奥の部屋から椅子を一つ持ってきて、ドアの方を向いて座って弦真を待った。


「終わったよ舞雪」

 弦真は左手に持ったメモ帳を高々と持ち上げながら音楽室へ戻ってきた。

「じゃあ質問の答えを教えてもらっていいかな?」

 舞雪は弦真に問う。

「ああ。一つ目の質問『月の光というタイトルに込められた思い』。

 ドビュッシーはフランスの詩人ヴェルレーヌの「雅なうたげ」に描かれた楽しいこと、悲しいことと言う相反するものが渾然一体となった、曖昧な世界にインスピレーションを受けたとされている。だからここから俺が考えたドビュッシーの思いは『曖昧なことの美しさ』だと思う。」

 弦真は堂々と言いきった。

「二つ目の質問『ドビュッシーが初めて実践した演奏形態』。これは『素敵な骨なし』と『美しきしみ』だろ?」

 弦真の答えを聞くと、舞雪は嬉しそうに頷いた。

「ドビュッシーは名門のパリの国立音楽大学に入学するも、自分が美しいと思う音は規則違反とされるものがあった。しかし彼は自身の感性を変えることなく、自分が美しいと思った音で音楽を作ることにした。そんな中作られたのがこの月の光だ。それで――」

 弦真が詳しい説明を言おうとした最中、舞雪が人差し指を自分の唇につけた。

「『素敵な骨なし』『美しきしみ』は説明しなくていいよ。時期に弦真くんが体で理解できると思うからさ」

 舞雪はさっと立ち上がると弦真の胸ポケットから素早くピンク色の物体を取り出した。

「じゃあ今日はこのくらいで終わるけどこれちゃんと家帰ってもやってよね?今日はピアノ弾いちゃダメだからね。わかった?」

 舞雪はとても楽しそうに笑って言った。

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