付喪ライダー:付喪神の力と共に闘う轢過非日常生活

満部凸張(まんぶ凸ぱ)

第1台目:◯旧道編

第1話:少年とバイク

 『森阿もりあ長与ながよ』には相棒がいた。

親も友もお金もないが唯一持っている宝物だ。

それはツアラーと呼ばれる種類のバイク。青色のバイクである。

長与はその相棒を乗り回すことが1日のうち一番好きな時間であった。

だが、この日本では彼を免許を取得する年齢だとは認めていない。

そのため彼は無免許である。


「ヒャッホーイ!! 今夜も最高だな相棒!!」


そして、今宵も彼は相棒と共に夜の町を駆け抜ける。ある人のもとへと向かうために……。




 長与が向かったのは隣町にある2階建てのアパート。

そこに毎晩長与を待ってくれている人がいる。

その人に会うために長与は毎晩毎晩そのアパートを訪れる。


「(今日は何かな~♪♪)」


長与はアパートの駐輪場付近に愛車を停めて、そのアパートの階段を登っていく。

錆び付いた鉄性の階段は足を乗せる度にギリギリと音を奏でる。


「(ったく。よくこんな場所に住んでいられるな)」


長与が会いに来た人はそのアパートの2階の端に住んでいる。その人は毎日この階段を登り降りしているから慣れているのかもしれないが、長与はいまだにこの階段の音が苦手だ。

錆び付いた鉄が軋むような音に耐えながらも、長与はその人のいる部屋の前にたどり着いた。

部屋の番号は205号室。

長与は部屋番号を確認しつつ、扉をドンドンとノックした。

すると、扉の向こうからこちらへと向かってくる足音が聞こえてくる。

どうやら、この部屋の向こうにいる人物は慌ててドアを開けようとしているらしい。


「(よかった。今日もいた)」


長与はこの一室に人物が帰宅していた事をホッとする。

だが、その安心もつかの間。

ドアが勢いよく開き、部屋の中から出てきた女性が夜中にも関わらず長与を怒鳴り付けたのだ。


「いい加減にしてよ長与君!!

チャイムがあるんだから押しなさいよ!!

ノックの音はうるさいんだからね。明日隣の住人に怒られるのは私なんだから!!」


ノックの音よりも大きな声で長与を怒鳴り付けた女性。

彼女は口に歯ブラシを咥えながら、長い髪をヘアゴムで結び、部屋の中でもスーツ姿での登場である。

彼女こそが長与の恩人である4つ年上の女性。

白巳しろみ塔子とうこ』さんだ。




 長与は今夜もあっさりと部屋に入る事を許可されて、居間に座る。

そして、塔子さんお手製の焼きそばを前に手を合わせて「いただきまーす」と挨拶を行い、口の中に焼きそばを頬張り始めた。

そんな様子を見ながら、塔子さんはため息をつきつつ長与の隣の椅子に座る。


「はぁ……怒鳴られる叱られる。ただでさえ隣の住人って怖いんだからね。もうバカのせいで……」


「ンンン~うまいうまい」


そんな 塔子さんの苦悩なんて興味もない長与はテレビを見ながら焼きそばを頬張り続ける。

実際、長与には彼女の事情なんて理解していない。

近所の目所か他人の目でさえも気にしていない。

長与はもう2年近く高校にすら行っていないのだから。


「あのさ……別に私もあなたには感謝してるんだよ?

美味しそうに私の飯を食べてくれたり、私が仕事の間でシフトが被る時はお店でバイトしてくれたりね。

だけど他者への気配りくらいしてほしいわけ。

長与君は何でもこなすのに、人付き合いがダメダメなんだから……。

長与君が大人になって、社会に出ても他者との関係は続くんだよ?」


「……その時はレーサーにでも白バイ隊員にでもバイク屋の従業員にでもなるから大丈夫だよ」


塔子さんの将来への忠告も聞かずに長与は「ごちそうさまでした」と焼きそばを完食する。

そして、テレビのリモコンでチャンネルを変えながらニュースを眺めた。


「ニュースです。H県◯峠にて今月8人目の行方不明者が出ました。行方不明者の1人である『南南北』さんは車で◯峠へと向かったっきり、連絡が途絶えています。警察は…………」


長与がぼんやりとニュースを眺めていると、塔子さんが大声でテレビの画面を指差しながら興奮気味で話し始める。


「おおっ、今日も行方不明者ねぇ!!

キャ~、明日が怖いわ~」


「ん? 明日?」


「あっ、長与君には言ってなかったね。私は明日その峠を通って隣の県に行くの。急な仕事でね。日暮れ前には終わる仕事だから問題はないけど……」


塔子さんの発言の真意を長与は理解した。彼女がこうやって申し訳なさそうに長与を見る時はだいたいはこの頼みなのである。


「ふーん、じゃあ明日もシフトを変わってほしいと?」


「そのとおーり!!

お願いできるかな?」


「はぁ……いいよ。どうせすることもないしね」


いつも通りの会話。長与は毎日暇なのだ。


「やったーありがと!!

それじゃあお休み~♪♪♪」


「あっ、待て。なぁ塔子さん。結局、あんたの仕事ってなんなの?」


「…………それは内緒。じゃあおやすみね~」


そう言って塔子さんは立ち上がると、隣の部屋へと入っていく。

塔子さんの部屋は隣で、長与はリビングで眠るのだ。

それがここのルール。

塔子さんが仕事の都合で行けなくなったシフトの埋め合わせとして働くかわりに、夕食と風呂と寝床を提供してくれるという契約。

彼らは現在この契約だけの繋がり。

彼らは親子でも友人でも親戚でも恋愛相手でもない。

“拾った者”と“拾われた者”という関係なのである。




 次の日の夕方。

塔子さんに言われた通りバイトのシフトを変わってあげた長与は喫茶店でコーヒーを1杯注文し、それを優雅に味わっていた。

未成年で高校にも通っていない長与ではあるが、コーヒーくらい余裕で味わえるのだ。


「苦ッ!?」


嘘である。このコーヒーが長与にとって人生で初めての一杯。

一口目からコーヒーの苦みになれていない長与は衝撃を受ける。

そしてその一言が静かだったはずの店内に響き渡り、視線を集めてしまった。

隣に座っているJKは長与の一声に驚き彼の顔を見たが、問題ないと分かると長与のことなど気にせず再び2人で話し始める。


「ねぇ……聞いた聞いた? ◯峠の都市伝説」


「はぁ? 何それ?」


「最近、学校の間で話題になってるんだけど。◯峠には縄を持った幽霊が出て、迷いこんだ人を殺していくの」


「えーなにそれ。恐ろし~(笑)。幽霊とかウケるんだけど~」


「でしょでしょ(笑)。SNSで調べても出てこない情報よ。でね? 2週間後クラスの数人で肝試しに行くんだけど? 来る?」


「もちろん、肝試し楽しみ~」


何気ない店内でのお客様同士の会話。本当は聞き耳を立てる行為などしないほうがいいのだろう。しかし、長与はその話について何か気になることがあった。

〇峠……?


「◯峠ッ!?」


長与は思い出すことが出来た。

昨日の夜にニュースで言っていた行方不明者が続出しているという峠の名前だ。

そして、そこを今夜塔子さんが通って帰ってくる。

ただの都市伝説なら問題はないはずだ。それに幽霊なんて非科学的な存在がいない事くらい長与は知っている。

だが、もしもその話が本当だった場合。

行方不明者が続出している原因が幽霊だった場合。

塔子さんの身が危ないということになる!!!


「ああ、都市伝説とか馬鹿げてる!!」


口でも内心でもそんな話で不安になっている自分が嫌になってきた。

しかし、長与は飲みかけのコーヒーをそのままに喫茶店を飛び出して急いで愛車へとまたがり、夕日を背に〇峠へと向かうのであった。




 バイクを走らせること1時間半。おそらくこの辺りが最近行方不明者が続出しているという〇峠のはずだ。

辺りもすっかり暗くなり、街灯が道路を照らすほどの夜になってしまった。側には深い崖が暗闇に染まって底が全く見えない。

通行車もまったく通っていない。まるで長与だけを待っているかのように通行車は一台もない。


「はぁ……。俺ってバカだ。もし塔子さんとすれ違っていたら時間の無駄じゃん。

あっ、そうだ!!」


長与は道路脇にバイクを停めて、バイクから降りると塔子さんに向けてメールを送信する。ちなみに塔子さんも長与もガラケーを使用していた。長与はスマホを買うべきだと塔子さんを説得したりはしてみたのだが、彼女がスマホは嫌いだと言って連絡網をガラケーにしたのだ。


『塔子さん。ちょっと寄り道するのでもしも先に帰宅しているのなら連絡をください。急いで帰ってきます。もしもまだ帰宅途中なら気を付けて。昨日のニュースの事もありますしね。

P.S. 今日のご飯は和食系がいいです。帰るついでに買ってきてください』という文章をメールに打ち込み、送信。

これで後は塔子さんがメールを見てくれれば問題解決である。


「ん? これって俺がこの峠に来た意味がないんじゃないか?」


長与は気が付いた。最初からメールで無事かどうかを確認すればいいだけだったのである。それをわざわざ〇峠に来てまで心配することではなかったのだ。


「はぁ……何やってんだよ俺。もう帰るか」


無駄な移動であった。こんな夜中にこんな峠に来る必要など初めからなかったのだ。

もう帰ろうと長与は停めていたバイクをまたぎ、エンジンをかける。

そして、そのまま帰ろうとしたその時。


メールの受信音が夜の〇峠に響き渡った。


「…………!?」


長与の背筋が凍り付く。

この通行車もない〇峠でメールの受信音が鳴った。これは長与の携帯から聞こえてきたのではない。あきらかに別の場所から聞こえてきていた。


「いや、いやいやいや。タイミングピッタリだな。そうだよ。きっと誰かが携帯をこの峠に落としたんだ」


適当な理由を考えて心を落ち着かせる。こんなことあり得る範囲内だろう。けれど、気味が悪い。早くこの場から立ち去りたいと長与は思った。なので、「もう早く塔子さんの家に帰ろう」とバイクの進行方向を向けなおす。




 だが、帰ろうと油断していた長与は悲鳴を上げた。


「ひぃっィぃィ!?」


長与が目にした者。

それは大きな白い帽子をかぶり、白いワンピースに身を包んだ女性。

彼女が長与の近くに近づいてきた気配なんてなかった。あまりにも突然の登場であった。

そして、彼女は両手に縄を握っている。

その縄の先に繋がれて縛られていた物が長与をさらに恐怖のどん底へと突き落とすのであった。

それは数人の人間。

彼女たちの首にはまるで犬の首輪のように縄をつけられている。

いや、付けられているのではない。首を絞められているのだ。

9人の男女が首吊りのように縄を首に巻かれて倒れている。

いや、おそらくもう………。


「幽霊だ。ほっほっほんとうにいたんだ。あの女子高生達の言っていた都市伝説は本当だったのか……?」


最悪の展開。

長与はお経などを理解していないし、幽霊と戦う手段を持っているわけではない。

だから、長与の取るべき行動は1つしかなかった。

それは逃げる事。

長与は急いでバイクのエンジンをかけ始める。泣き出したくなるような口をかみしめて、声を押し殺して長与はハンドルを握りしめる。

しかし一瞬だけ、長与の眼に映った物が彼の判断を鈍らせた。


「塔子……さん?」


首に縄をまかれて死体になっている1人

その1人に長与は見覚えがあった。

昨日まで一緒だったんだ。それが誰かなんて理解できる。そこで転がって死体と化している女性が誰かなんて一目見ただけで分かる。


「あっ……………」


もう何の感情もわかない。長与はその場から動かなくなった。

長与には親も友もお金もない。だから、最近まで彼にとっての宝物は相棒のバイクだけだった。その新しい宝物候補であった塔子さんを長与は今失ったのである。




 そして、悲しむ暇もなく。再び悲劇が長与を襲った。

幽霊の伸ばした腕が長与と相棒を掴んできたのだ。長く伸びた幽霊の腕は長与と相棒を軽々と持ち上げる。だが、その幽霊に抵抗する元気も判断力も長与には残っていない。

ほんとうに壊れたおもちゃみたいに何もできなくなっている。

そして、何も叫ばなくなっている壊れた長与に向けて幽霊は告げた。


「壊レタ御前イラナイ」


その言葉の意味を理解する前に長与は宙に浮いていた。

無慈悲。幽霊は長与と相棒を崖に投げ落としたのである。

深い深い夜の闇の中、長与と愛車であるバイクは真っ逆さまに深い深い崖の底へと投げ落とされた石のように落ちていった…………。

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