碧風夢想

樹 星亜

プロローグ

 春の女神の緑の衣

 千年氷河を野原に変える

 二つの碧 風に乗せれば

 クロノア様の 瞳に触れる

 エヴァーグリーンの 輝く大地

 春の力を宿せし 巫女の

 聖なる力に守られる

 二つの碧 巫女に授けし

 クロノア様の 緑の衣よ

 春の力を宿せし 巫女よ

 そは汚れなき乙女の祈り

 二つの碧 風に乗せよう

 そは永遠の誓いのあかし――。


 この国には、一つの伝説があった。

 それは既にどこにあるのか誰も知らない、春の女神クロノアの加護に守られた常緑の都エヴァーグリーン。

 一千年前、この都を突如として冬の神の息吹が襲った。

 凍てつく風と氷雪に、春の都エヴァーグリーンはそこに住む民共々、一夜のうちに凍りついたという。

 春の女神の加護を失い、冬の神によって閉ざされた伝説の都エヴァーグリーン。

 その伝説の証として残されている、一体の石像。

 それはいつ頃そこに置かれたのか、誰も知らない。

 遠い遠い昔、今よりもずっと人々が幸せに暮らしていた頃から、その石像はそこに置かれ、風雨にさらされてきた。

 けれど、不思議なことにその石像は、決して朽ち果てることはなく、綺麗な姿のまま、そこに存在していた。

 人々は言う。その像は、待っているのだと。

 引き裂かれたまま行方の知れない愛しい恋人を、そうして待ち続けているのだと。

 そして、その日。

 ――伝説の都エヴァーグリーンは、守護神である女神クロノアの春の風によって、一千年の時を越え、今再び目覚めようとしていた……。


 そこは、鳥も住めないような高峰をいくつも有する、険しく寂しい山脈の麓だった。

 千年氷河と呼ばれる氷が麓を囲む竜のように横たわり、万年雪に覆われた大地は、外界からの干渉を一切拒絶している。

 しかし、その日。

 一晩中ずっと強い風が吹き荒れた春のある朝。

 麓の近くに住む民達は、家の前に広がる光景に目を疑った。

 雪に覆われていた周囲が、一夜にして春の青々とした野原に変貌していた。

 普段この一帯で草花が顔を出すのは短い夏の、瞬きほどの僅かな期間のみで、人々はこの天変地異のような出来事に慌てふためく。

 しかしその時、かつてこの地を守護していたとされる春の女神、クロノアが人々の前に現れた。

 彼らは思い出す。

 この地に古くから伝わる、伝説の都エヴァーグリーンの存在を。

 クロノアによって守られ、冬の神によって閉ざされた常緑の都。

 その伝説の都が、一千年の時を経て再び現れたのだ。

 春の女神の優しい風が、千年氷河を溶かし、万年雪を消してゆく。

 氷河は豊かに流れる美しい河となり、白銀の大地は輝く緑の絨毯となった。

 ――驚くべきことに、一千年前エヴァーグリーンと共に凍らされた民達は、凍らされたその瞬間のまま、ただ深い眠りについていた。

 仮死状態のまま、老いることもなく一千年を眠り続けた人々は、春の女神の優しい風によって次第に目覚めていく。

 やがて、エヴァーグリーンの全ての民が目を覚ますと、弾けるように都のそこ、ここから歓声が沸き起こった。

 そうして、エヴァーグリーンは伝説から蘇り、再び常緑の都として人々の前に現れたのだった――。

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