第3話 最愛の兄・徹之助の客死



 空堀に架かるの太鼓橋を渡ると、白い闇が不定形に割れた。


 小梢は、絵島囲み屋敷の簡素な冠木門かぶきもんを転げるようにくぐった。

 武者矢来の板塀の下に、10人ほどの黒い影がかたまっている。


 真ん中に横たわる、不気味な物体。

 おびただしい液体が流出している。


 小梢を確認した人垣が黙って揺れる。

 だが、唯一横たわる物体は、動かぬ。


「兄上、小梢でございます。お返事をなさってください、兄上―! 兄上―!」

 小梢は理不尽に伴侶を奪われた獣のごとき喉笛を、雪空に甲高く吹き上げた。


 自らの制御を失い、長々と弛緩している兄の四肢。

 その異様な無防備を、どうしても受け入れられぬ。


 仰向けに事きれている徹之助に、小梢は、猿の赤ん坊のようにしがみ付いた。

 袈裟掛けに斬られたのか、双肩から流出した血が雪を濡れぬれと染めている。


 ぱっくり割れた兄の傷口に指先を這わせる。

 ずっしんと、重い哀哭あいこくが突き上げて来る。

 小梢は呼子よびこのような雄叫びを噴きあげた。


「どなたか、兄を、わたくしの兄をお助けください! 後生ですからお願いします」


 しかし、黒い人群れは、じりとも動かぬ。

 打ち揃ってうつむき、両肩をすぼめている。

 

「お願いです、みなさまのご朋輩の兄を、どうか兄をお助けくださいませ!」


 やはり、群れは固まったまま……。

 だれひとり小梢を見ようともせぬ。


「いやじゃ、いやじゃあ! 兄上、わたくしを置いて逝ってはなりませぬ。約束したではありませぬか、かようなお転婆娘、だれもめとってくれねば、兄がもらってやるぞと。嘘をついたら閻魔さまに舌を抜かれまするぞ。兄上、どうか、どうか……」


 なれど、1本の太い棒になった兄は、いっさい応えてくれぬ。

 憤激と絶望にたぎる小梢の目が、みぞれの血の海に染まる異様な物体を捉えた。


 ――六輪の菩薩像が浮き出た金剛色のしゃく


 あれは、まぎれもなく修験道の山伏の持ち物にちがいない。

 小梢は被毛を逆撫でされた犬猫のような違和感に駆られた。


――兄は、わたくしの兄上は、山伏風情に殺されたというのか?!(ノД`)・゜・。


 もしそうだとしたら、わたくしは一生、山伏を呪ってやる。

 錯乱した頭で全身が千切れるように憎悪し、復讐を誓った。

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