第6話 過去への扉 ~眠れるゴーレム~

「きっと――」

 クスターは確信したように言った。「この場所が、現代と2000年前を繋ぐ場所です」

「なぜそんな風に思うの?」とフィーネ。

「ちょっと説明が難しいのですが――」

 前置きをしてから、クスターは話し始めた。「昨日からずっと考えていたのです。どうして私は2000年も昔のワイバーンと交信ができるのだろうかと。それも16年前のある時を境に、急にそれができるようになった――。そしてアルドとフィーネ、あなたち二人は過去や未来を旅することができるようになったという。それも私のと同じように、ある時から急にだ――。どうしてそんなに急な変化が起きたのか? それが持って生まれた能力ならば、生まれてからずっと、それができていてもおかしくないはずだ」

「そうね。なぜかしら?」

「それともう一つ」クスターは言葉を繋いだ。「私は過去のワイバーンと交信ができるのに、過去には行くことはできない。しかしアルドとフィーネは、過去にも未来にも行くことができる。私とあなたたちの違いは何なのだろう? 能力に差があるのだろうか?」

「確かに不思議。自分で出来るようになってからは、そういうものだと思っていたし、それが自分に負わされた役割だと思っていた。でも改めて考えると、なぜ私たちは時間の旅ができるのでしょうね? もしかすると、それが理解出来たなら、私たちとクスターで出来ることに差がある理由も分かるのかもしれないね」

 フィーネは隣にいるアルドにも視線を投げた。


 クスターは「こんな風に考えてみたらどうだろう」と自分の仮説を話し始めた。「”時間”というものは、断続的にその時その時の瞬間を指すように我々は思っている。だから過去に遡れないし、未来にも行けない。しかし”時間”が連続した平面のようなものだと考えてみたらどうだろう?」

 クスターは自分のマントの裾をつまみ上げると、両手でハンカチのように広げた。「例えば、このマントが時間の平面だと思ってくれ」

 次にクスターは、地面に落ちている小石を1個拾ってマントの上に置いた。マントは小石が乗った部分だけが、その重みで下方向にたわんだ。

「小石は、時間の流れを左右する”何か”だと仮定しよう。その”何か”によって、今見ているように、時間の流れは平坦でなくなる。そして小石を中心に、過去と未来が接近する。それが極端になるとどうなると思う? 時間の平面がゴムのように柔らかくて、そこに乗っているのが鉄の玉で――

 そうなったら、過去と未来は近づくだけでなく、接触するかもしれない。鉄の玉を置く場所によっては、過去と未来だけでなく、過去と現在が接触することだってあるだろう」

 フィーネは、クスターの説明に合点がいったというように頷いた。アルドも同じだった。


「もう一つ、別のたとえ話をしましょう」

 クスターは話題を変えた。「例えば今、我々の目の前に1本の川があるとしよう。川の向こう側とは、声を張り上げたら話ができますね。でも向こう側に渡れるかと言うと、そうではない。川は深いし、流れも速いから――。普通の人間ならば、もうそこまでで、川を渡るのを諦めてしまうことでしょう。しかし空を飛ぶ鳥の視点でそれを見たらどうだろうか? あと少し上流に行けば川幅が狭くて、飛び越えられる場所があるかもしれない。ひょっとしたらそこには橋が架かっていて、川の向こうとこちらを、易々と行き来できるようになっているかもしれない」

「なるほど」とフィーネが頷いた。「つまりクスターが言いたいのは、川の向こうというのは2000年前の事を指していて、もしかしたら私たちは今、川を渡れる目前の場所ににいるのかもしれないということですね」

「その通り。そしてもしも何者かが――例えば精霊が――川に橋を架けてくれようとしても、それはきっとどこにでも架かるものではなく、特定の条件下の極めて距離が近い場所を選ぶのだと思います。そうでなければ世界のいたるところで時間の旅が起きて、容易に過去が塗り替えられ、現代は大混乱になっているはずです」


「ただ――」

 クスターは話を続けた。「飽くまでも今の話は私の想像に過ぎません。私は時間の概念を解き明かすつもりもないし、理解するつもりもない。ただ私とあなた方二人に起きていることを、言葉で説明してみただけのことです」

「でも、とってもよくわかるわ。今の説明は」

「この場所は、2000年前に存在したエグノーリア城の最深部。そして先程ワイバーンは2000年の時を越え、私に『ゴーレムに訊け』と告げました。察するに、恐らくエグノーリア王はここに何か大切なものを隠し、ゴーレムに命じて封印をしたのではないでしょうか?

 ゴーレムは、主人の命令にしか従わない木偶人形でくにんぎょうのようなものです。王がゴーレムの命令を解く前に毒殺されてしまったのだとするれば、ゴーレムは王の言いつけを守って、ずっとこの場所を守り続けたでしょう。だとするとここは、王の死以降、誰の目にも触れていない場所のはずです。

 現代の中で最も2000年前――つまり川の向こう側――に近い場所があるとしたら、ここ以外には考えられません」


「あとは、あの岩をどうやってどけるか――、か――」

 アルドが口を開き、もう一度岩の山を見上げようとしたときだった。アルドが全ての言葉を言い切る前に、フィーネはもう岩の山に向って、自分の杖を振り上げていた。「つまりゴーレムが、私たちが行こうとしている場所で門番をしているってことでしょ? それならゴーレムごと片づけてしまえばいいのよ」

 フィーネが振り下ろした杖は、キ――ンという金属質の高い音を響かせ、辺りに火花を散らせた。

「もう一度!」

 さらに力を込めてフィーネは杖を振り下ろした。しかし先ほどより盛大な火花が散っただけで、積みあがった岩はただの1個たりとも動じなかった。

「落ち着いてください。フィーネ」

 クスターが静かに言った。「ワイバーンは『ゴーレムに訊け』と言ったんだ。その通りにしてみましょう」

 クスターは岩の山の前に立って声を上げた。

「ゴーレムよ、この先はどこに通じている?」

「……」無言

「ゴーレムよ、どうしたらここを通ることができる?」

「……」無言

 クスターは先ほどフィーネが、『エグノーリアの王よ』と呼びかけて反応があったことを思い出した。問いかけを変えてみた。

「私はエグノーリア王に所縁ゆかりの者だ。王への用事でここに来た」

 しばしの沈黙の後、フィーネの時のように岩が揺れた。

『いかなる用事か?』

 太い声で返事があった。

「王に手渡したいものがある」

 再び沈黙の後、岩が揺れた。

『証を見せよ――』

 クスターは一瞬考えたが、すぐに閃いた。そして肩に下げた書類箱を下し、12桁のダイヤルを合わせると、”あの”債券を1枚取り出した。

「ここに王家の花押かおうあり、しかと見よ!」

 債券にはそれが本物であることを証明するために、一枚ずつに王の署名を図式化した花押の印が押されていた。

 三度みたび岩が揺れて、声が響いた。

『通れ――』

 その声と共に、岩の山は小刻みに震えながら形を変えていった。表面に幾つも亀裂が現れると、次第にそれは大きく開いて一部は上に持ち上がっていった。小刻みな震えは小さな振動となり、その振動は大きな縦揺れとなって、クスターたちの足元を揺さぶった。岩の表面を被っていた土砂がポロポロと崩れ、岩の上に生えていた灌木や雑草も、そこに積もっていた土砂と共に剥がれ落ちていった。

 何とアルドたちが岩の山と思っていたものは、うずくまった2体のゴブリンそのものだった。そして見上げるほどの巨体が立ち上がると、2体の中央、足元には小さな洞が現れた。


「行こう」

 アルドが先導し、3人は洞の中に入っていった。まずは真っすぐに延びた長い階段で、それを下っていくと、真っ暗だと思われた空間に明かりが灯った。壁面に埋め込まれた松明が自動で着火する仕組みになっていたのだ。その松明はアルドたちがいる部分だけ点火し、通り過ぎると自動的に消えていった。

 通路の中には何らかの結界が張られているようで、一歩外にでるとウヨウヨいるはずの魔物や獣たちは一切現れなかった。その代わりに侵入者を遮るためのトラップ――落石、落とし穴、釣り天井など――が何度もアルドたちを襲った。幸いどれも致命傷にはならなかったが、小さな傷はわずかずつアルドたちにダメージ蓄積していき、やがて無視のできないダメージに膨れ上がった。フィーネは体力回復の魔法を使おうとしたが、やはり結界の力なのか、いくら念じてもその効果は表れなかった。


 ようやく地下空間の最深部にたどりつくと、そこには見たこともないような巨大な機械があり、鼻をつくようなインクの匂いがした。

「これは一体?」

 アルドの疑問にクスターが答えた。

「これは印刷機だ。しかも見たこともないほど精巧な――」

 思えばあの債券の精緻な印刷は、とても2000年前のものとは思えなかった。恐らく現代の最新の技術をもってしても、それを再現することは難しいだろう。2000年前と言えば、まだ印刷という概念自体がなかった頃だ。恐らくは、版画さえ生まれていなかったのではなかろうか。

 そう考えると印刷技術は、エグノーリアという国にとって最先端技術であり、最大の機密事項であったに違いない。

「王はこれを守ろうとしたのか……」

 アルドたちは巨大な印刷機をもう一度見上げてから、更に奥を目指した。


「なあクスター、昨日から気になっていることがある」

 歩きながらアルドがクスターに話しかけた。「君は16年前からワイバーンの夢を見るようになったと言っていたけれど――」

「ええ、確かにそう言いました」

「16年前といえば、俺とフィーネが村長に助けられて、バルオキー村で暮らし始めた頃だ。もしかしたら――」

「そうですね、あなたとフィーネの存在が、全ての事件の起点になっている可能性はある」

「もしもそうならばクスター。君を巻き込んでしまったようで心苦しいよ」

「そんなこと、考える必要はないですよ。そうだったとしたら、それこそが運命なのじゃないでしょうか? そしてそれは僕が負う運命であって、あなたが負う運命ではない」

 アルドはクスターの言葉がありがたかった。そして心の中でこう思った。――そうだ、自分の存在が他人を巻き込んでいると考えることや、それを申し訳なく思うことの方が、実は不遜な考え方だし、自己中心的でもある。人は皆、自分なりの考えで、自分の人生を歩んでいる。誰かの人生の中で生きているわけではない。


 アルドたちは尚も最深部の奥へと歩を進めた。何故か地下の少し湿って淀んだ空気が、次第に外の空気のように乾いたものに変わってきていた。

「おそらくもう間近だ」

 クスターの意識の中では、ワイバーンがより明確な像として顔を出すようになっていた。そしてクスターが瞬きをするたびに、ワイバーンが目に浮かび、クスターはその存在を身近に感じるようになった。


「お兄ちゃん、あれを見て!」

 急にフィーネが立ち止まった。フィーネが指さしたその先には、青く光る穴のようなものがあり、周囲にはもやのような光が漂っていた。それはいつか月影の森で見た、時を超える不思議な穴とよく似ていた。


「間違いない、ここだ」

 とクスターが言った。それは2000年前と現代を繋ぐために、ワイバーンが架けた細い橋のように思えた。

「いくぞ」とアルドが声を掛けた。

 3人は頷き合うと、その光の穴に歩を進めていった。

――靄状の光が、3人の体にまとわりついてきた。それは強い光を放っているのに、少しも眩しくはない不思議な光だった。

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