緊急事態宣言、転校生の彼女

手嶋ゆっきー💐【書籍化】

緊急事態宣言、転校生の彼女 前編


 田中美咲たなかみさき

 同じクラスに転校してきた女子。

 その名前を聞いたとき、僕はよく聞く組み合わせの名前だと思った。


 名字の田中なんて、同じクラスに二人もいる。

 名前も時々目にするものだ。

 幼なじみの名前は美咲だったし、中学の部活の後輩にも同じ名前の女子がいた。


 だけど僕は——いや、このクラスの全員は、同級生である彼女の名前を知っていても顔は知らなかった。

 僕たちは学校に行くことができず、会うこともできなかったからだ。



「政府が緊急事態宣言を発出はっしゅつしました」



 世界中に広がった流行り病。

 そのおかげで、僕たちの生活は一変した。

 空には雲が立ちこめ、街が暗くなり、人の姿が消えた。


 交友も、部活動も……恋愛も。

 僕は恋愛はしていないけども、とにかく他の人と会うことを禁じられた生活を強いられるようになった。

 授業もオンラインに切り換えられ、学校に登校しない日々が始まった。



 オンライン授業は、先生が抗議をする様子をスマホやパソコンで見て課題を提出する。

 その繰り返しだ。



 僕にとってそれは苦ではなかった。

 リア充の人気は空気になって、ぼっちも陰キャも周囲を気にする必要がなくなった。



 そんなある日、彼女はやってきた。



「今日はお知らせがあります。このクラスに一人、仲間が増えます」



 リモートホームルーム。

 この時だけは、全員が一斉にビデオ会議用アプリに繫ぎ、先生の顔を見ながら話をする。

 生徒側は声を出せるけど、顔は出さなくてもよかった。



「おおっ転校生?」

「誰? 誰?」



 クラス内の数人が盛り上がっている。



「田中美咲です。よろしくお願いします」



 転校してきた生徒が接続したのだろう。ビデオ会議参加者が一人増え、彼女の声が僕のスマホから流れてきた。

 その澄んだ声に、僕は惹きつけられる。



「一ヶ月ほどですが、みんなと同じ授業を受け、ホームルームも参加します。この後は自由に発言できる時間にしますので、皆さん、仲良くしてあげてください」



 先生がそう言って退席。

 あっというまにホームルームは終わった。


 残り時間は生徒が自由に会話していいのだけど、どんどんビデオ会議参加者が減っていく。

 まあ、そんなもんだろう。


 こんな状況で、自由に話すと言っても……顔も知らない初対面の相手に話しかけるなんて難しいと思う。

 っていうか先生も大概だよな。

 もうちょっとこう……仲良くなれるようなことを企画すればいいのに。


 そんなことを思っていると……。



『田中美咲さんからフレンド追加申請がありました。承認しますか?』



 ビデオ会議のアプリにそんなメッセージが表示された。

 僕はつい反射的に承認してしまう。


 ん? フレンド?

 僕はこのアプリを学校向けにしか使っておらず、フレンド機能なんてものがあることさえ知らなかった。


 そういえば、人型のアイコンの後ろに数字が出ていたな。

 それがフレンドの人数かも。

 さっそく、自分のフレンドの人数を確認する。

 そこには「1」と表示されていた。


 田中美咲……まさかみんなに送っているのか?


 そう思って彼女のアイコンを見てみる。

 彼女のフレンドの数は「1」だった。


 反射的に許可しちゃっただけだ……みんなにも送っているかも知れないから放置しよう。

 僕はそう思い、アプリを終了させる。




 次の日もまたその次の日も。

 彼女のフレンドを示す数は「1」のまま増えなかった。

 友達に聞いてみてもフレンド機能自体を知らないようで、僕以外は皆「0」のままだ。


 田中さん……いったい何のつもりなんだろう?

 そう思うのだが、特にリアクションがあるわけでもなく。

 数日経つ頃にはすっかり忘れていた。



 半月ほど経過した後。

 相変わらず、僕と田中さんのフレンド数は「1」のままだ。

 そういえば田中さん一ヶ月クラスにいるって言ってたけど、その後どうするんだろう?

 なんとなくそう思った時、その田中さんから突然メッセージが届いた。



『こんにちは。話さない? 私はあなたの秘密を知っている』


  

 怖っ。でも、冗談では無さそう。

 そもそも秘密って何だ?

 心当たりが……ない。


 そりゃ……色々好奇心旺盛ですよ。年頃の男子ですから。

 でも、秘密ってそういうことじゃ無さそうな気もする。


 僕はしょうがないなと思いつつ「わかった」と返信をする。



 田中美咲からの返信はすぐやったきた。

 早速通話をすることに。

 もちろん音声のみだ。



「はじめまして。田中美咲さん」

理夫みちお…………樋本理夫ひもとみちお君」

「すごい。この名前、一発で読める人珍しいんです」

「そ……そう……?」



 彼女の声は妙に落ち着く。

 澄んだよい声だ。

 顔を見てみたい気もするけど、お互いカメラをオフにしている。



「それで僕の秘密って言うのは何ですか……?」

理夫みちお君は、すごくエッチだよね?」



 ええっ?

 まあ否定はしないけど、ほとんど話をしたことがない人にそんなこと言われたくないな。



「どうして会ったこともないのに、そんなこと言うんですか?」

「知ってるから」

「何をですか?」

「女の子と一緒にお風呂入ったこと」

「へぁっ!?」



 変な声が出た。

 いや、そりゃ……小学校低学年の頃に、幼なじみと入ったことはある。

 でもなんでそんなこと知ってるんだ?

 本当のことなんて知らないだろうし、とぼけておこう。



「ほら図星でしょ? その時じっと体を見てた」

「いや、そんなことあるわけが——」

「あるもん!」



 あまりの大音量に耳がキーンとした。

 くっ。

 反論しようにも既に通話が切れている。

 いったいなんだったんだ……。



 次の日の夜、自室でくつろいでいるとスマホが鳴る。

 また田中さんからだ。



「はい、もしもし」

「あっ。出てくれた」



 反射的に出てしまった。

 田中さんの声は昨日と比べて少し優しい。



「えっと、何の用ですか?」

「昨日の話の続きよ!」



 忘れていたかのように、声がキリっとなる田中さん。



「まだ話すのでしょうか?」

「だから……理夫みちお君の秘密を知ってるってこと!」



 その話まだ続けるの……。



「もうめませんか?」

「やめない。私は知っている。理夫みちお君のお尻に、ハート型の痣があること」



 そんなこと言われたこと無いし……きっと人違いだ。



「いや、さすがにそれは……無いな」

「えっ? 本当のことよ」

「人違いじゃない? はい、もうこの話は終わり!」

「ちょちょちょ、ちょっと待っ——」



 田中さんのキリッとしていた雰囲気が急に焦りの声に変わる。

 僕は、問答無用で通話を終わらせた。




 次の日。

 また田中さんから着信があった。

 僕の秘密とか言っていたけど、それは昨日人違いであることが分かった。

 もう、僕はびくびくする必要が無い。



「もしもし?」

「こ……こんばんは。理夫みちお君」

「こんばんは、田中さん。また昨日の話ですか?」

「ううん、あのね……今日は普通に話をしたいなって思って」


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