005 前代未聞とは

前代未聞ぜんだいみもんの数値が出たというのは君か!?」


 女性に呼ばれてやってきたのは、メガネをかけた男性だった。

 あまりの迫力に「違います」と答えたくなるが、そういうわけにもいかないので…素直に答える。


「は、はい…。すみません、お騒がせして。」


 これからチート無双でお騒がせしまくる予定なので、とりあえず先に謝っておこう。


「何という数値だ…。」


 ふらふらと天を仰いだ男性。

 あまりの数値に…驚きを通り越して、現実を受け入れられないのだろう。


 これがチート無双の第一歩…常識を超える。


―――すみません、チートってこういうことなんです…。異世界転移の特権でして…。


 心のなかで謝って、若干胸を張る俺。

 どうせ目立つのだ。

 多少は格好をつけておかないと。何事もはじめが肝心。


すぎるっ!ありえないっ!」

「…え?」


 聞き間違いだろうか。

 今…「低すぎる」と言われたような。


「攻撃力1防御力1、ともに過去最低だ。赤ちゃんよりも低い…。生まれたての小鹿よりも…。君、怪我はないか?」


 想定外すぎる情報に…現実が受け入れられない。

 物理的な怪我はないが、心に大きすぎる怪我を負った。


「だ、大丈夫です…。あの、機械が壊れてるんじゃ。」


 もうそれを疑うしかない。


 異世界転移とチートはセットなのだ、ニコイチなのだ。

 チートがなければ、常識知らずの人間がひとり迷い込んだだけ…いくらなんでも悲惨すぎる。


「確かに…それしか考えられん。すまないが、新しい機械を持ってきてくれるか。」


 女性が再び奥の部屋へと向かい、機械を持って戻ってきた。


「…なんと…。」


 再計測の結果、何も変わらなかった。

 結論、機械は壊れていいなかった。


「…いや、こんなことは…。申し訳ない、規定上、君の登録を認めるわけにはいかない。」

「そんな…困ります。」

「しかし…。困ったな…今まで、登録できなかった人なんていないんだが…。」


 それは本当に困る。

 魔王あたりを軽く蹴散らして、王国のお姫さまとハーレム…世界最強の存在として崇められる存在。


 それがチート。


 チートで悠々自適ゆうゆうじてきな異世界無双ライフを思い描いていたのに…。


「…あ、そうだっ、魔法は…魔法の力をはかってもらえませんか?」


 何を焦っていたんだ俺。

 異世界転移と言えば、魔法…相場はそう決まってるではないか。

 いくら衝撃的な事実が突きつけられたとはいえ、あれほど熱心に見続けたアニメの知識を忘れてしまうとは…。

 我ながら情けない。


 魔法の力がチートという可能性…というか、もうそれぐらいしかない。

 転移場所のそばに魔法に関する本があった、その時点で気づくべきだった。

 魔法の火を見ることも、俺が魔法の世界へ来たことを知らせるイニシエーションだったのだろう。


 どうして気づかなかったんだ俺。


 どうやら俺のチートは魔法についてだったらしい。


「…魔法…か。まあ、規定は百年近く改正されていないからな。魔法攻撃力が100もとい98あれば登録を許可しないわけにはいかないんだが…。」

「お願いします。」


 心を覆いかけていた絶望感を吹き飛ばし、魔法チートの可能性で心を満足させる。

 絶対にありえないことではあるが、魔法攻撃力が98未満であれば…それはもうあきらめるしかない。


 そうなったら悲しいけれど、ひっそりと暮らそう。


「うーん…あ、そういえば倉庫に昔使っていた計測器が…。」


 男性が倉庫室らしき部屋に入っていく。

 しばらく待っていると、アニメでよくみたような…実に魔法っぽい雰囲気の計測器がやってきた。

 透明な水晶が花瓶のような台座に設置されている。


「これだ、これだ。手をかざしてみてくれ。悪いが俺も使うのは初めてなんだ…ちょっと時間をくれ。」

「え、ギルドマスターも使われたことないんですか?」


 受付の女性が驚いている。

 俺はというと、この男性がギルドマスターであることに驚いている。


「俺がギルドマスターになる前にからな…でも使い方はそんなに変わらないはず…あ、よし、計測できたぞ!」


 何だか聞き捨てならない言葉が聞こえたが、今は計測できたことを喜ぶべきだろう。


「魔法攻撃力は…1000だな…。うーん…この数字は…。」


 よしきた。

 1000ということは、登録基準の10倍だ。

 これは間違いなくチートだろう。


「わからんな。高いのか低いのか…。まあ、合計は1002だから、一応登録はできるんだが…。」


―――まあ、わからないのは仕方ないよな。だってチートだもん。


「本当に登録するかい?」


 安堵一色の俺に、思ってもみない言葉が飛んできた。


「いや、こう言っては申し訳ないのだが…。このご時世、魔法が使えてもそんなに意味はないし、攻撃力と防御力がこれだけだと…冒険者になるのは…。」


 なんだかさっきから気になる言葉が続いている。

 魔法が「廃れた」だの「使えても」だの。


「あの…失礼ですが、魔法って強いんじゃないんですか?」

「…何を言ってるんだ?魔法なんて過去の遺物いぶつさ。科学技術が進んだこの世界で、魔法なんて役に立たないぞ。」

「そうですよ。魔法使いなんていませんし。」


 一刀両断。

 この世界では魔法は科学に負けているらしい。

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