異世界なのにチートが使えない件。

くるとん

第一章 異世界へ飛ばされた件。

001 布団の魔力

耕太こうたーっ!朝よ、起きなさーい!」


 母さんの声が家中に響きわたる。

 目をこすりながら窓の外を見ると、雪がシンシンと降り積もっていた。

 まだ12月のはじめなのだが、通りで寒いわけだ。


 慌てて布団をかぶった俺。寒いのは苦手なのだ。


「むうぅぅぅん…もう少しだけ…。」


 どうあがこうが、布団の魔力にはかなわない。

 そして今日、部活の朝練は休みなのだ。

 グラウンドが工事で使えないらしい。

 時間もまだ…どこまでをまだと表現するか問題はさておいて、朝練分の30分くらいは余裕があるだろう。


 あたたかさというのは恐ろしいもので、数秒で俺の意識をかりとっていった。



■■■



「…ん?なんだか明るいな…やべっ!寝過ごした!?」


 慌てて時計を探すが、どこにもない。

 右手を振り回すが、くうをきり続ける。

 それどころか…周りには草むらが広がっていた。


「…?」


 混乱の極みだ。


 脳内をクエスチョンマークが飛び回り、言葉が出てこない。

 あまりのことに何も受け入れられず、とりあえず目を瞑ってみた。

 続けて意味の薄い深呼吸を一回。


―――今…草むらにいたよな…俺。


 ようやく思考が再開した。

 草むらは主に屋外に存在するものであり、屋内には存在しないはずだ。

 テレビで紹介されるような豪邸ならば…あるのかもしれないが、少なくとも借家暮らしである我が家にはなかったはずだ。


 まだ夢を見ているのだろうか。

 夢か現かの確認方法は、古来より確立されている…と思っている。

 目を瞑ったまま、ゆっくりと右手を右頬みぎほおへ。

 恐るおそる力を込める俺。


「痛っ!…夢じゃ…ない!?」


 衝撃的な痛さだった。

 混乱のあまり、力加減のコントロールが崩壊ほうかいしていたらしい。

 マジでちぎれるかと思った…。


―――まあ、異世界…なんてことはないよね。ないない。


 全く現実味はない推測ではあるのだが、寝ぼけて迷い込んでしまったのだろう。

 あるいは誘拐ゆうかいされたのかもしれない。

 母さんと妹は無事だろうか。


 妙に冷静な思考を維持しつつ、ゆっくりと目を開ける俺。

 覚悟を決めて、周囲が草むらであるという現実を受け入れる。


―――とりあえず人を探そう。ここがどこかわからないし…。まさか国外ってことはないよな。


 言語はもちろん一か国語しか話せない。母国語の一択だ。


 まずは空を見上げた。

 晴天ここに極まれり…雲一つない青空だった。

 太陽もほぼ頭上にあるので、まだ昼間なのだろう。


―――雪降ってないし…かなり遠いところだな…。


 服装はパジャマ。

 持ち物は特になし。

 頼れるものは部活で鍛えた…とは言えない、普通な身体と…一介の高校生が持つ知識のみ。


 気候的な問題点はなさそうなので、周囲をぐるりと見まわしてみた。


「あ…あれはっ!」


 右前方、2時の方向。

 やや距離はあるものの建物を発見した。

 山小屋だろうか…煙突から煙が上がっているように見えるので、誰かがいるということだ。


 よかった、これで助かる。


「うおっ!?」


 遠くばかり見ていて足元を見ていなかった。

 どうってことのない石につまづいてしまった。


「あいててててて…。ん?なんだこれっ!?」


 想像を超える痛みにもだえるなか、目の前にあらわれた光景に…高揚感が駆け巡った。

 見慣れた光景が広がっていたのだ。

 見慣れたといっても…大好きな異世界ファンタジーアニメのなかで。


「これって…ステータス画面じゃ…。」


 名前や職業といった情報が表示されている。

 妙なテンションと恐怖心がないまぜになって襲ってくる。


「異世界…転移…。」


 寝ぼけて迷い込んだ説よりも、さらに突飛な現実が突き付けられている。

 いろいろと考えを巡らせてみたものの、諦めるが吉という結論を得た。


「まあ、大丈夫か…。異世界転移にはチート能力がつきものだし!チートで無双して、かわいいお姫さまと付き合って…。」


 妄想がどんどんと膨らんでいく。

 三度の飯よりも好きな異世界ファンタジーアニメ、その知識が記憶を支配している俺にとって…異世界などちょろいもんだ。


「さてと、どんなチートが備わっているのかな…?」


 ステータス画面を触れてみる。ゲームやらアニメやら、散々操作方法を見てきた。


「ほら、触れば操作できる!」


 うれしくていちいち声が出てしまう。まずはステータスを見よう。


 チートの定番と言えば、やはり攻撃力そして防御力だ。

 ボス級の怪物モンスターを一撃でほふり、世界を消し飛ばすほどの攻撃を受けてもけろっとしている。


 これこそチートの王道、俺がこの先歩むであろう異世界ライフだ。


「あれ、ステータスの見方がわからんな…。」


 持ち物を確認することはできたものの、肝心のステータスが確認できなかった。

 装備はパジャマのままなので、チートは期待できない。

 今後の展開として、突然強力な装備を手に入れるパターンもある。


「違うちがう、まずはあの山小屋に向かわないと。」


 すっかい忘れてしまっていた。


 いずれにせよパジャマだけではどうにもならない。

 泊めてもらおうなどと図々しいことまでは想定していないが、せめて町の方向だけでも教えてもらいたい。


―――そうか…あの山小屋に賢者けんじゃとかが住んでて、力をもらえるパターンもあるな…。それでも良いなぁ。


 妄想に拍車がかかるなか、山を少しづつ下りていく。

 このあたりでモンスターと出くわすことが小説的展開なのだが、今のところその様子はない。

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