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 練習室の中にあるミーティングルーム。パイプ椅子に座った僕の前に、長机を挟んで令佳先輩、その隣にもう一人、知らない女子がやってきて座る。その人は僕的には令佳先輩よりはルックスは落ちる、って印象だけど、ショートヘアがよく似合ってる、かわいらしい感じだ。いきなりその人が口を開く。


「あたしは副部長、二年四組の三崎みさき 真由香まゆか。へえ、カメラマニアだって言うからどんなオタクっぽい子が来るのか、と思ってたんだけど……意外にまともな感じね」


 ちょっと鼻にかかった……アニメ声ってヤツ?……でそう言いながらその人、三崎さんは値踏みをするような目つきで僕を見つめた。


「はぁ」


 それ以上、僕は返答のしようがない。あんまり年上っぽくないけど、この人も先輩なんだ。二年四組って、国立理系クラスじゃないか。女子だと珍しいな。ちなみに令佳先輩の二組は国立文系クラスだ。


「ちょっと、マユ、その言い方は失礼じゃない?」咎めるように、令佳先輩。


「てへ。ごめーん」苦笑いしながら、三崎先輩が軽く頭を下げてみせる。なかなかお茶目な人らしい。


「もう」呆れ顔で三崎先輩を一瞥してから、令佳先輩は僕に向き直る。「それでね、浜田君。単刀直入に言うと、君にカメラマンになって欲しいのよ」


「カメラマン、ですか?」


「ええ。私らはね、練習や競技会の様子を動画で撮影して、後でそれを見て演技の改善に役立てたいと思ってるの。でも、今までスマホで部員が代わりばんこに撮ってたんだけど……さすがにスマホじゃ厳しくてね。だからムービーカメラを買ったんだけど……誰もそれを使いこなせないのよ。それで、部員のメンバーに、誰かカメラマンになってくれそうな人知らないか、って相談したら……茉奈ちゃんが、心当たりがある、って言ってね」


「ああ……」


 そういうことか。それで僕に佐藤さんが声を掛けてきたんだ。


「その人が撮った写真がフォトコンテストに入選して、市民会館のギャラリーに展示されてるから、って言うんで、私も茉奈ちゃんと一緒に見に行ったの。神輿の躍動感がすごく巧みに表現されてて、いい写真だった」


「……ありがとうございます」


 僕は顔が上気するのを感じる。嬉しかった。密かに片思いしてる人に自分の写真を見てもらえて、しかもこんなに褒められるなんて。


「それでね、君ならおそらく私達の練習や試合も上手く撮影してくれるんじゃないかな、って思ったのよ」


 令佳先輩にそう言ってもらえるのも、本当に嬉しい。けど……さすがにそれは、買いかぶりすぎな気がする。


「いや、でも僕、動画はほとんど経験ないですし……」


「ほとんど、ってことは、少しは経験があるってこと?」


「ええ。と言っても、親のカメラで、遊び程度に撮ったくらいですけど」


「それ、どんなカメラ?」


「いわゆるハンディカムってヤツですけど」


 そう。SONY HDR-CX560V 。中学二年の時に父さんに借りて、航空自衛隊の基地の航空祭に行ってブルーインパルスの展示飛行を撮影した事がある。もっともそれ以降は叔父さんから一眼レフ(SONY α350)とレンズを二つほどもらって、それでスチルを専門に撮ることにしたので、その時から全然動画は撮っていないのだが。


「ああ、それじゃこれと同じだわ。だったら大丈夫ね」


 そう言って、令佳先輩が机の下から取り出したのは、黒い SONY のカメラだった。目の前に差し出されたそれを受け取り、僕はいろんな角度から見てみる。ハンディカムと言いつつ結構でかい……って、4K !? げ、FDR-AX700 だと……?


 なんてこった。ZEISSレンズで、4Kハンディカムとしては最高級品にあたる。価格にして15万円以上はするはずだ。そりゃ、使いこなすのは大変だろう……


「どう? 使い方、分かりそう?」


 いつの間にか、令佳先輩が僕の顔をのぞき込んでいた。


「ええ……まあ、何となくは分かりますけど……これ、先輩のカメラなんですか?」


「ううん。これは市の新体操クラブの予算で買ったの。コーチの旦那さんがカメラ好きで、これなら体育館の屋内のような暗いところでも上手く撮影できるから、って言うんで買ったんだけど……本格的すぎて私達の手には負えないのよね……大きくて重いし」


 やっぱりな……もうちょっと安くて簡単なカメラにしておけば良かったのに……


「というわけで、それを使って私達の演技を撮影して欲しいんだけど、どうかな?」


「ええと、それ、どれくらいの頻度で撮影すればいいんですか?」


「そうね……試合や演技会は必ず、ね。あと、出来れば毎回の練習も撮影してもらえるとありがたいんだけど。もちろん、タダでとは言わないわ」


「え……バイト代も出るんですか?」


「まあ、ね。と言っても、出る……かもしれない、って程度だから、あんまり期待しないでもらいたいんだけど」


 そうか……まあしかし、毎回令佳先輩の顔が見られて話が出来るだけでも、僕にとっては十分報酬なんだけど……金銭的報酬まで出る (かもしれない)なんて……


「で、でも、バイト代どこから出るんですか? 部費からですか?」


「まさかぁ。そんな予算はさすがにないわよ。バイト代は市の新体操クラブの方から出ることになると思うわ。もちろん、出るとしたら、だけどね。新体操部と言っても、実質は新体操クラブに間借りしてるようなものだからね。これはクラブからのお願いでもあるのよ。練習時間は同じだから、部員だけじゃなくてクラブのメンバー全員の動画を撮ってもらいたいの」


 なるほど。そういうことか。


「というわけで浜田君、どうかな? ここでのクラブの練習は毎週月曜のこの時間で、私達だけ自主練で今日みたいに木曜のこの時間もやってるんだけど、塾とか部活とかバイトで忙しい? だったら週1で、どっちかだけ……できれば月曜がありがたいけど」


 令佳先輩が、この話を是非とも僕に引き受けて欲しい、と思っていることは良く分かった。しかし彼女の態度には僕に対する媚びが全くない。クールに淡々と、だけど爽やかな笑顔で交渉する。

 かえってそれが僕の好感度を上げた。よく女子が男子に頼み事をするときに甘えた声を出してお願いしているのを見ることがあるが、ああいうのは僕は苦手だった。


「そうですね、月も木も塾の時間はかぶってないし、部活もバイトもしてないんですけど……」


「だったら、引き受けてもらえる?」


「……ええ。僕で良ければ」


 とうとう、僕はうなずいてしまった。


「よかった」令佳先輩は心底嬉しそうに微笑む。が、すぐに真面目な顔に戻って言う。「ただ、いくつか守って欲しい条件があるの」

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