女神の涙

Phantom Cat

1


 すれ違った瞬間、僕は一目惚れした。


 セミロングのサラサラの黒髪。白くきめ細やかな肌。切れ長の眼に整った鼻筋。やや薄いが綺麗なピンク色の、形の良い唇。身長は僕よりも少し低いくらいだから、170センチくらいか。制服の胸のエンブレムの色を見る限り、僕よりも一つ上の二年生だ。そしてちょうどそのエンブレムを頂点としてふっくらと盛り上がった、日本人の標準よりは若干大きなサイズと思われるバスト。かといって、体型は太ってもいないし痩せてもいない。


 僕は思わず見とれる。なんて綺麗なひとなんだろう。まるで女神のような神々しさを身に纏っている。

 だけどその人は僕には目もくれずに通り過ぎ、そのまま廊下を歩いていく。


 こんな美人がこの学校にいるなんて……


 僕はこの学校、県立青野高校に入学できたことを、神に感謝した。


---


 その女神の正体は、あっけなく判明した。


 二年二組、佐藤 令佳さとう れいか。生徒会副会長。


 生徒総会の時に壇上で喋っていた。良く通るアルトの声で。


 そうか……まさか副会長とはなあ。やっぱ優秀なんだろうな。ま、僕とは住む世界が違うよな……女神さまだもんな……


 ……と、その時の僕は思っていた。の、だが……


---


「ねえ、浜田君」


 夏休みが終わってしばらく経ったある日のこと。昼休み、僕は同じクラスの佐藤 茉奈さとう まなに声を掛けられた。


「え、なに?」


 意外だった。それまで僕は彼女と一度も口をきいたことがない。彼女は割とかわいらしい顔立ちだが、それほど僕の好みというわけではない。同じ佐藤でも、僕はやはり佐藤令佳副会長の方が圧倒的に好みのタイプだ。


「浜田君って、動画撮影もできるの?」


「動画?」


「ほら、浜田君ってカメラが得意なんでしょ?」


 ……ああ。


 実は僕は3ヶ月前に市の祭りのフォトコンテストに応募したのだが、その結果が先週の始めに発表された。なんと僕は佳作に入選したのだ。それが学校に伝わって、先週の金曜にホームルームで先生にその件について紹介されたのだった。


「あたし、日曜日に君の写真、見てきたよ」と、佐藤さん。


「え、市民会館のギャラリーまで行ったの?」


 コンテストの入選作は Web でも見られるのに、わざわざ展示会場まで足を運んでくれたんだ……ちょっと嬉しい。


「ええ。やっぱりスマホの画面じゃなくて、大きな写真として見たくてさ。激しく動く神輿みこしの、一瞬のシャッターチャンスを上手く捉えてたね。さすが、って思った」


「あ、ありがとう」僕は照れくさく感じながら頭を下げる。


「それで実はね、カメラが得意な君に一つ、頼みがあるのよ。話だけでも聞いてもらえないかな……」


「頼み……?」


「うん。とりあえず、今日の放課後空いてる?」


「あ、ああ」


「だったら、ちょっと来て欲しいところがあるんだけど」


「え……どこに?」


「市立体育館」


「なんで?」


「あたしの部活の練習場所なの。部長が君に会いたいんだって。詳しい話はそこで部長から聞いて」


「……わかった」


 僕がうなずくと、佐藤さんは笑顔になる。


「それじゃあたし、四時半に体育館の正面玄関で待ってるから。よろしくね」


 そう言い残して、彼女は教室を出て行った。


 しまった……何の部活か、聞くの忘れてたよ……


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