秘湯ハンター 初仕事

 もう夜も遅いので、宿屋で食事になった。


 昼間は迷惑を掛けたから、ボクがごちそうする。


 といっても、さっきシズクちゃんが捕らえた怪物のステーキなんだけど。


「女神さまに振り回されて、あなたはちっとも驚かないのですね?」


 切らずにステーキをかじりながら、シズクちゃんが聞いてきた。ワイルドだなぁ。


「仕事があるだけマシだよ。それにさ、異世界の温泉なんて興味深いネタを、ライバルに独占されたくないね」

「仕事人間ですね」

「いや、趣味人だよ」


 ボクの温泉探しは、あくまでも自分のためだ。

 それでも結果的に人の役に立つなら、喜んで引き受ける。


「変人と言うことですね。わかりました。変人と言えど恩人です。よろしくカズユキさん」

「おねがいします、シズクちゃん」


 それぞれ自室に戻る。もちろん、部屋は別々だ。


「今日はお風呂は? 部屋にも風呂釜はありますが?」


 部屋にあるのは、いわゆるゴエモン風呂である。


「シャワーで済ませるよ。お楽しみは明日に取っておきたいから」


 ボクは明日の快適タイムに備え、シャワーで汚れを落とすに留めた。

 


 翌朝、ボクは初仕事を開始する。


 場所は、昨日見つけた森の温泉だ。


「元来た道に戻るとは。さては、逃げ出したくなりましたか?」

 道案内をするシズクさんから、辛辣な言葉が。


「違うんだ。ちゃんと調べていなかったから」

 先日は、ボクが秘湯ハンターになる手続きだけで一日が終わってしまった。

 ちゃんとリサーチしないとね!


「あっ、ここだ」

 見つけた。緑色のホカホカした液体が流れる水たまりを。


「さっそく、源泉を見つけよう。どうやってこの色になるんだ?」


 原因はすぐにわかった。


「これか。樹だ!」


 温泉の正体は、樹液である。

 古くから生えていそうな大木から、樹液が漏れ出していた。


 岩場から溢れた源泉と、この森の樹液が混ざったのだ。

 それで、回復効果を持つ泉になったと。


「この樹木は、世界樹の一つと言われていて、誰も立ち入らなくなったことで神秘性が増したようですね」

「なるほど。妖力を持ったと。入って、大丈夫だったのかな?」

「今さら何を言っていますか。あなたが無事だったんですから、大丈夫なのでは?」


 それもそうか。


「じゃあ、入って」

「私がですか?」

「うん。動画撮るから」


 スマホを構えながら、ボクは告げる。


 報告の方法は、これでいいらしい。


 ボクが入って解説してもよかった。

 けれど、絵面的に女性の方がいいだろう。


「そうやって記録するのですね。わかりました」


 シズクちゃんが、チャイナドレスもどきの衣装を脱ぐ。

 また、レオタード姿に。


「あと、このプラカードを持ってくださいね」

 ボクはシズクちゃんに、木製の看板を持たせる。


「なんか、落ち着きません」

「そのうち慣れるから。ボクもキミを悪く扱ったりしない」

 シズクちゃんが入浴している間に、文面を書き終えた。 


 PCを温泉の側に置き、スマホを防水用の透明な袋に詰める。

 これも女神様のプレゼントだ。


「さて」と、ボクも服を脱ぐ。


「ひっ!」


 昨日と同じように、シズクちゃんが後ずさる。


「ボクも入りたいんだよ」

「一人でお入りになったらいいじゃないですか」

「それじゃあ、リサーチにならないよ。それに、いやらしいことは興味ないんだ。温泉に失礼だしね」

「私に失礼とは、思わないのですね?」


 ボディラインを隠すように、シズクちゃんは身体をくねらせた。


「ボクは別に。その辺の石だと思ってくれたらいいから」


「そうは言いますが! もう!」

 看板で、シズクちゃんが顔を隠す。


「カンペは、このPCで流すから、その文章を読んでね。もっと顔を見せて」


「はーい」

 肩まで浸かって、シズクちゃんが看板を掲げた。


「はいじゃあ、いきますよシズクちゃん! よーい、スタート!」


 スマホを構えて、録画を開始!


『温泉冒険者のシズクでーす。今日は、ユングルドアラの【迷いの森】にある、岩風呂に来ています。この地はかつて、エルフの森だったんですけど、魔族との戦争で焼けちゃったんですね。で、エルフがよその森に移転しちゃって、捨てられた土地なんですよ』


 放置された世界樹から養分が溢れ出し、この岩場にたまったという。


『温度は……四〇度弱ですね。ぬるめですが、長く浸かっているとあったまります。気持ちいいですね。効能は、主にケガの治療です。さすが世界樹です! 以上、シズクでした!』


「はいオッケーッ! いやあ、ホントに初めてなの?」


 なんか、プロっぽかった。


「私の仕事は、主にガイドなんですよ! 道案内の仕事がメインでして!」


 褒められたのがうれしいのか、シズクちゃんが饒舌になる。


「あっ……コホン。とまあ、私に掛かればレポートなんて朝飯前なのです!」

「すごいよ、シズクちゃん! 僕のパートナーになってくれてありがとう!」

「ど、どういたしまして!」


 ダンジョンから戻って一夜明けると、ギルドが朝から満員になっていた。


 何事かと思っていると、PCがひとりでに動き出す。またしても、女神さまをどアップで映し出した。


『お見事です、カズユキさま! カズユキさまの記事、大評判ですよ! これでこの森も安全に探索できるでしょう!』


 女神さまから、太鼓判を押される。


 こうして、ボクの初仕事は大成功に終わった。


 やり遂げた後のコーヒー牛乳も、また格別だ。

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