第20話 連絡手段

 アカネとの会合の後、キミタカはまず、士官室へ報告に走った。

 が、こんなときに限って、隊長は不在である。


『アカネが、ころされそうなので、たすけにいきます』


 子供も書かないような拙い文章で報告を簡潔にまとめて、走り書きを扉に貼り付ける。


(アカネはまず、シズに会えと言っていた。どういうことだろう)


 キミタカは足早に食堂へ向かう。途中、気がつけば島田が真横についていた。


「先輩っ。アカネの救援要請は」

「不可だ。奴さん、何者か知らないが、やたらと手が長い。隊長以下、主立った下士官も含めて、ほとんどが出払ってる。残ってる隊員は俺とお前、それと小清水一曹と数人のみだ」

「そんな。いつのまに」

「最優先事項だそうだ。百鬼夜行中だってのに、強行軍で出て行ったよ。戻るまで最低でも数時間はかかる」

「遅すぎます。本当は今だって遅すぎるかも知れないんですっ」

「キミタカ」


 島田はキミタカの二の腕をやや強引に掴む。


「落ち着け」

「自分は落ち着いてますよ」

「我が儘を言う子供か、お前は」


 島田は苦笑した。

 のど元まで、先輩に対する態度とは思えない言葉が出かかったが、こらえる。


「まあいい。お前のそういう熱血漢っぽいところは嫌いじゃないぜ」


 手が解放され、二人はまた歩き始めた。


「とりあえず小清水一曹が動いてくれているが、彼女は戦闘要員ではない。ここを空にするわけにもいかんし、部隊を分けるにも頭数が足りん。アカネ隊員の現在地もわからない今、救援を出すのは難しいな」

「麓に駐在しているはずの人形に頼んで、電報を打って貰いましょう」

「とっくにやってる」

「伝書鳩は」

「だから落ち着けと言ってる。今は夜だ」


 自分で自分を、思い切り平手してやりたい。

 どうやら、先輩の言うことは一理あるようだ。自分はいま、冷静さに欠けている。


「……んで? キミタカくんは、どこに行こうとしてる?」

「食堂です」

「なんで」

「シズちゃんが、何か鍵を握っているらしくて」


 「やっぱりか」と、島田は唸る。


「だが、それももう手配済みだ。いま、小清水一曹以下五名が、アカネから渡された暗号の解読にかかってる」

「……暗号?」


 アカネはそんなこと、言っていなかったが。


「たまたまだが、今朝、シズちゃんに相談されてな。アカネが変な紙をくれたと。内容はもう確認したが、これがなかなか難解でな。暗号みたいなんだ。アカネと仲の良いお前なら何かわかるだろうと思って、探してたんだよ」

「ふむ」


 キミタカは思い切り表情をしかめた。

 先ほど、アカネと話した段取りは、こうだ。


① これ以上の通話は危ない。盗聴の恐れがある。

② 今後はシズを通じて、次の行動を指示する。

③ 最終的な策は、直接会って話したい。

④ 出会いの合図は、……そうね。月を眺めてみて。


(とにかくその、暗号とやらを解かなくては、話にならないみたいだ)


 一瞬だけ足を止めたキミタカに、島田はぴしゃりと叫ぶ。


「状況を把握したら駆け足! 今夜は忙しくなるぞ」



「いや、だからここでピタゴラスの定理をだねぇ……」

「タヌキの絵はないか、タヌキ!」

「そりゃ日本語の暗号だろ」

「大昔に使ってた住所か何かか?」

「でも、こんな名前の土地、どこにもなかっただろ」

「逆さ読み、縦読み……なわけないか」


 あーだ、こーだ。

 いい大人が数人集まっても、文殊の知恵は授からなかったらしい。

 どの顔も頭を捻らせて、その表情は一様に固い。

 冗談でやってるわけではなかろうが、なぞなぞで遊んでいるようにみえなくもなかった。


 その中心にあるのは、一枚の紙。

 島田曰く、暗号文が書かれた紙だろう。


(なんだってそんなややこしいものにしたんだ。お陰で救出が間に合わないかも知れないんだぞ)


 キミタカは少し歯噛みして、その暗号文を覗き見た。

 確かに、意味が分からない。


 マッドドリーマーズ、円で囲んだアルファマーク、ドールフォン(と、読めるが、どういう意味かはわからない)。点が入って、エヌ、イー、また点が入って、ジェイ、ピー。


(なんだこれ)


 キミタカも、先に悩んでいた五人と全く同じ表情を作る。

 英語のようだが、意味のある文章には見えない。


「この、円で囲んだアルファマークに何か意味があるのか? これだけ円で囲まれて目立ってるってことは……」

「いや、それより二つの点で区切られた二文字も気にならないか? エヌとイー。何かの頭文字かも知れない」

「だぁー! あたしゃ、こういうのは苦手なんだ!」

「キレないでください、光子二士」


 先輩方は、入ってきたキミタカに見向きもせず、議論に夢中である。

 キミタカは、表情こそ先輩方と一緒だが、何か引っかかるものを感じていた。

 多分、この中で唯一心当たりがあるのも、自分だけだろうと気づいていた。


(見たことがある。これに似たものを)


 数分、頭の中をしっちゃかめっちゃかに引っかき回して、それに関する記憶を掘り出す。

 その間に、シズが入ってきた。

 少し沈んでいるようで、元気がない。


「アカ姉の部屋探してきたけど、ごちゃごちゃしてて……。でも、携帯端末を一つ、見つけた」

「携帯端末? 中には何か入ってたの?」

「いや、使い方、よお、わからんかったから、ちゃんと調べられてへんけど……、多分、これにはなんのデータも入ってない。中身は新品のままだぁ」

「? 使い方がわからないのに新品だって、なんでわかったんだ?」


 ……シズはしばらく黙ったかと思うと、ぽろっと、一粒だけ、涙がこぼれた。


「ちょ、ちょっと。何で泣くの」


 光子が苦虫を口いっぱいに頬張ったような顔になる。


「う、う、う……。ウチの、入学祝いって、……書いてあったぁ……」


 それまで議論をしていた先輩方の言葉が止まった。


「キミタカ」


 佐藤光子二士だ。


「あの人形、……絶対助けるよ」

「了解しております」

「だったら、何か言ってみろ。さっきから何か、引っかかってるみたいじゃない」


 どうやら、見られていたらしい。

 佐藤二士は自他共に認める体力馬鹿のメスゴリラだが、ゴリラ呼ばわりされているだけあって、野生の勘みたいなものは並外れている。

 他の連中も、いったん議論を中断してキミタカを注視した。

 ならば、と、一応頭に浮かんだ考えを言う。


「いや、なんというか……アカネが、助けを呼ぶために保険をかけたって言うくらいだから、そんな難しいものじゃないんじゃないかな、と。ってか、そもそもこれ、暗号でもないんじゃないかな、と……」

「……で?」

「ひょっとすると、アカネはこれが何かわからないとは思わなかったんじゃないですかね? あいつの時代じゃ当たり前のものだから……ってか、ええと……実は俺、これを見たことあります。どこかで……うーん。どこだろ」


 もう一度紙を見る。


“maddreamers@dollphone.ne.jp”。


 これってひょっとして……。


「あっ。わかった。わかりました! これ、漫画で読んだことあります。大昔の漫画で」

「漫画ぁ?」


 眉毛を思い切り段違いにして、佐藤二士は素っ頓狂に声を上げる。


「これ、メルアドですよ。メールアドレス」

「めるあど?」

「大昔には、電子メールという、電気を使った手紙の一種のやりとりがされてたんです」

「……それくらいは知ってるけど」

「それの認識番号みたいなものですよ」

「へえ」


 佐藤二士が何かに感心するところなど、初めて見た。


「シズちゃん、悪いけど、急いでその携帯端末でこの宛先に“メール”というのを送ってくれないかな」

「メール……うんっ。たしかさっき見た時、そーいう項目を見た気がする……!」


 たたたっと、シズは食堂を走り出た。

 キミタカはため息をつく。まだ、始まってもいないのに、先が思いやられる。


 しかしだからといって、諦めるつもりは毛頭なかった。

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