第3話 全てを知る者

「ルネはこれからどうなるんだ?」


 ルネとの会話を終えて、教職員棟を出たところで、シホはリディアにそう聞かれた。よく晴れて日差しが明るい。眩しさに目を細めながらシホが振り返ると、影のようにリディアの漆黒の立ち姿が付いてきていた。


「彼女は彼女が話した通り、人造人間ホムンクルスであり百魔剣でもある、不安定な存在です。ただ、やはり百魔剣ではあるので、彼女の身柄はわたしが預かろうと思っています」

「そうだな。それがいい」


 珍しくすんなりと同意したリディアが歩み寄り、シホの隣に並んだ。雲ひとつない青い空を見上げて、リディアも目を細めていた。


「……彼女が百魔剣である以上、やはり破壊するのですか?」

「……そうだな」


 奥歯に物が挟まったような物言いで応じたリディアは、それ以上続けようとしなかった。シホもそれ以上の言葉を求めなかった。瀟洒な石造りの建物の玄関口で、ただ青い空を見上げて日差しに目を細める時間がしばらく続いた。


「……お前の言ったことが正しいのかもしれない」

「えっ?」


 陽光の暖かさもあり、不思議な幸福感に半ば呆けていたシホは、リディアが突然話した言葉に驚いた。わたしが言ったこと? いったいどういう……まさか……


「死は、救いではないのかもしれない。周りの誰かにとっては、特に」

「……はい? え? ええと……はい、そうですね」


 聖女が死神を想ってしまう話のことかと思い動揺した気配をどうにか取り繕ったシホは、赤らめた頬のまま、また一層目を細めて笑った。


「誰もが、全く孤独に生きているわけではないのであれば……誰かが誰かを悟られないように想っている世界なのであれば……死がもたらすのは完璧な救いになることはないはずです」

「お前は優しくないな」


 言って歩み出したリディアの背中に、シホは肝の冷える思いをしたが、その声音にはからかうような笑みが含まれていた。


「単純な答えを、おれにくれない」


 肩越しに振り返ったリディアは、やはり笑っていた。


「シホ様、こちらにいらっしゃいましたか」


 声をかけられた方に目を向けると、近付いてくるルディ・ハヴィオの姿があった。


「ルディ。どうしましたか?」

「調査の結果がだいたい出揃いましたのでご報告に……と、お邪魔でしたかね?」


 ルディの視線がリディアに向いて戸惑っていたので、シホは首を横に振った。


「いいえ。リディアさんにも聞いていただけるのでちょうどよかったです」

「……なんだ」

「『円卓の騎士ナイツオブラウンド』の動向とラザールとの繋がりについて、です。おれたちはエオリアを救うためにラザールから奴らの目的、組織の規模、活動拠点なんかが聞き出せればいいと思っていたんですがね……まあ、死神殿がっちまいましたからね」

「……すまなかった」


 いつもの様子で薄ら笑いを浮かべながら気だるげに言うルディの小言とも冗談とも付かない言葉を真に受け、リディアが頭を下げた。当のルディにはそんなことをさせるつもりはもちろんなかったようで、寧ろ慌てた様子で手を振った。


「ああ、あ、いや、これがおれたちの仕事なんで。それに、ほんとに手懸かりがなくなっちまったわけじゃあないですしね」

「なにかわかったんですか?」

「わかった、というか、基本に立ち返った、ってぇところですね」


 ルディは手にしていた紙の束を捲った。


「ラザールに『円卓の騎士』が協力をしていた以上、ラザールの研究に必要になるものはやつらが用意していたと考えるのがまあ、普通です。ですんで、物資の流れを見れば、まあ、何らかの足跡は追えそうかな、ってところで」

「物資の流れ……」

「なるほど。やつの研究室にあったものも、始めからあったわけではないだろう」


 リディアが応じ、ルディがさらに応えて、二人が何か意見の交換をしている様子があった。しかしシホにはその内容が全く耳に入ってこなかった。

 ルディの言葉に何か引っ掛かりを覚えた。シホの思考は、その『何か』を求めて目まぐるしく動いていた。


「ルディ、ラザールさんの研究室にあった物の一覧はありますか?」


 唐突に声を張り上げたシホに圧倒された様子のルディが、幾度か瞬きをした後、


「まだ調査中なので全部、とは言えませんが」


 と紙の束を差し出した。一瞥して、それはラザールの研究室にあった物品の一覧であることがわかった。


「……そうですよね」


 目当てのものを確認して、シホは呟く。シホの思考がエバンスに来てからこれまで出会った人、遭遇した出来事全てを回想する。その言葉、事象。あらゆる人を、状況を、一切の垣根なく結びつけ、ひとつの繋がりを導き出す。


「どうされました?」

「何かわかったのか?」


 ルディとリディアがほとんど同時に訊いた。俯き加減だったシホは顔を上げ、その二人に意図して強い視線を向けた。


「ええ。……全てを知っている方に、会いに行きましょう」

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