第10話『旧講堂の死神』を追って

「り、リディアさん!?」


 シホは突然の死神の帰還に、慌てて髪を整えながら椅子を蹴って立ち上がった。

 使用人と一緒に立っていたのは、たったいま話していた『紅い死神』だった。


「食事時にすまない。だが、お前の力を借りたいので、来た」

「えっ……」


『紅い死神』リディア・クレイらしからぬ発言が飛び出し、シホは長い黒髪と、同じ色の長い外套を纏う姿をまじまじと見つめた。そこにいるのは間違いなくリディアで、シホはなんと答えるべきか、言葉を探した。


「……何かわかったのかい」

「確認する必要が出た。おれひとりでは手が足りない」


 フィッフスの言葉にぶっきらぼうに答える優男の死神は、なぜか急いでいるようで、シホにはその様子がとても気になった。常の彼とは違うからだ。


「シホ、お前の部下に潜入が得意なやつがいるだろう」

「イオリアですか?」


 シホはすぐにイオリアの姿を思い描いた。彼はシホの間者として、一流の仕事をするようになっていた。


「そいつを借りたい。忍び込んで欲しい場所がある」

「えっ、えっと、いったい、どこでしょうか……?」


 申し出が唐突過ぎて、リディアが何を言おうとしているのか、まるでわからない。リディアはいったい、何を見たというのか。


「まさか、崩壊したっていう旧講堂かい? そりゃいくらなんでも……」

「あそこに用はない」

「えっ?」


 フィッフスに答えたリディアの言葉があまりにも意外なもので、シホは声を上げた。


「で、でも、リディアさんはあそこにいたじゃないですか。忍び込んで……」


 だからあの旧講堂には、リディアが調べたい何かがあった。そのために何度か忍び込んで、その度に『旧講堂の死神』ルネ・デュランと遭遇し、戦闘に発展した。シホはリディアの行動をそうだと判断……いや、決め付けていた。そうだ、決め付けて見ていたのだ。

 前提から疑ってみなければ。フィッフスの言葉が脳裏を過った。


「おれが用があったのはあの場所じゃない。あそこにいた女だ」

「る、ルネさん?」

「お前も気付いただろう。あいつは百魔剣の使い手だ。いや、使い手というより……」

「旧講堂が崩壊して、ルネの行方がわからなくなった、ってことかい?」


 使い手というより、何だったのだろう。リディアが言いかけた言葉は、フィッフスの問いに応じる言葉に変化した。


「日中は学院にいるのだろう? それはわかるが、それ以後の行動がわからない。まさかあれだけ人がいる中で襲うわけにもいかないしな」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 シホは声を張り上げた。整理しなければいけない。


「つまり、リディアさんはルネさんが百魔剣の使い手だから、彼女の持っている百魔剣を破壊するためにあの旧講堂に行っていた、ということですか?」

「そうだ」


 シホはあの夜、対峙したルネの言葉を思い出す。


 なぜここへ来たの?

 ここに来たら、わたしはあなたを殺さなければいけない。


 ルネの言葉は、明らかにあの場所への人の進入を拒んでいるように聞こえた。

 何かがあそこにあったことは間違いない。でも、リディアはそれを目的とはしていなかった。そういうことか。


「百魔剣は全て破壊する。見つけ出したからには、逃がすわけにはいかない。まして、日中の行動は押えている。後は大事にせずに目的を達したい」

「では、イオリアにはルネさんがいそうなところへ向かわせる、そういうことですか?」

「そうだ。それを頼みたい」

「その場所の目星がついた、ってことかい? いったいどこなんだい、『旧講堂の死神』がいるのは」


 シホも、恐らくはその問いを口にしたフィッフスも、リディアから出てくる答えにおおよその見当がついていた。答えを促したのは、確認のためだ。自分でもそうしただろう、とシホは思った。

 そしてやはり、リディアはその場所を答えた。


「『東の尖塔』あの学院の教職員住居兼研究施設……ラザールという教授の部屋だ」

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