奪う世界

街賊がいぞくってやつは根本的に奪うのが好きだ。

争いの火種もいつだって持ち歩いて火のつけ所を探しているし。しかもいくつも。ひとつ間違えば自分が火だるま。

まあそれも厭わない。



そして相手が誰であろうが関係ない。

だからこその賊。



多元界たげんかいだろうが関係ない。

もうなんだーって関係ない。


欲しいものがあるからってだけ。


いま欲しいもの。

それは、

「ミコの食料は用意しないとな。まあこうなることはわかってたから心配すんな」



ミコの食料。栄養源。


鼻歌交じりのヒコによる頼もしい言葉。



「お兄様、奪うことなどできるのですか?」

「ま、普通は無理だな。魂塊こんかいは通常、ロザリアにあるし、ロザリアに渡るのは今のところ不可能に近いしね。

だけどまあ……魂塊をロザリア人がせっせとロザリアで作ってるわけじゃないしな。そんなもん下々の者にやらせるのがアイツらだしっ。

ってことは……穴があるってことだ」


穴。つまりは抜け道であり法の外であり枠外であり想定の外側であり……まあ正規のことだけじゃないってこと。

要は違法。不法。



「……まあ他の方法もなくはないけど……。

まだミコはチカラが戻ってないから無理だしなー……やっぱ奪うしかない」

そこでなぜか半笑い。しまいには普通に笑い出す。

ソファに座り込み足をバタバタさせている。

カノンでさえ不思議そうに見ている。


やはり世間一般の感覚からはズレた人種だ。

こういうことが楽しくて仕方ないといった空気が出まくっている。

だからこそ街賊なんていうならず者を極めきったことをしているんだけど。



「……他の方法もあるにはあるんですね」

「……いまは無理だ。ミコの覚醒を待ってる暇もない。

だから手っ取り早く奪う」


「誰から?」


「ロザリア人にもいろんなのがいるんだよ。この街にいろんな悪人がいるように」

「いやいや悪人しかおらんのかーい!」

青白い顔をしながらミコはなんとかつっ込む。

もはやそれが自分の立ち位置になりつつあるミコ。



「ま、色々いるわけで。そりゃ中には違法に魂塊を手に入れようって奴もいる。やだねー悪人は」

「お前が言うんかーい!」

ミコがつっ込むのは自分がツッコミ担当的ポジションという自覚があるから、ではなくそうやってないとまた気を失いそうだからだ。



「まあそんな違法なモノを欲しがる奴がいるってことはそれを作ったり捌いたりしてる奴もいるってことだ。この場合作らされていると言った方が正確かな」



違法な薬物や物品と同じってわけだ。


「多元界に、ユールフォルスって世界がある。ここはアレだ、ほとんどの奴らがロザリア人を神と本気で崇めてる。

まあ簡単に言うと……アホだな」



アホときた。簡単すぎ。


「なにかにつけてロザリアを至上としてるしなんなら自分達よりロザリア優先なアホだ。崇拝してるからね。アホだろ?

で、そいつらの中にはどうにか取り入ろうとする奴らもいる。アホの中のカスだな」



もうボキャブラリーがいちいち貧困かつ低俗。

何回アホって言うんだ。

でも分かりやすいと感じてしまうミコ。

ああそうか、自分もそんな頭よくないし、とヒコをじっとり見つめる。


「そんなカスはやっぱりカスで違法行為はさらに下の方にやらせる。下請けみたいなもん。そいつらが違法に魂塊を精製してる」


「なるほど。正規ルートではないから襲いやすく奪いやすい。しかもこの街で作っていると……いうことですね、お兄様」

ずっと黙って聞いていたカノンがヒコを羨望の眼差しで讃えている。



「ま、そうゆうこと」

あっさりした答えのヒコ。


「まあカス共に言い様に扱われてるような奴らが作ってんだけどね」



ここでミコがふと気づく。弱っている体と頭でも。

「てかちょっと待って! それって……私、その違法な魂塊? を食べるってこと!?」

ヒコを指さす手が小刻みに震えている。

痙攣しだしているのか? いよいよやばそう。


「ぬ……」

「いや。ぬ……じゃないでしょ!」

「よく気づいたな。ミコのくせに」

と半笑い。


「のび太のくせにみたいに言わないで! 気づくでしょ、そんだけ違法違法って言ってたら」


「まあ落ち着けよー。違法っつっても別に悪いもんが入ってるとかそうゆうことじゃないから。

例えば特定の……イケメンばっかから精製した魂塊とかそうゆうアレよ。正規品はそんな作り方しないから。そういう意味で違法ってことよ?」



「いや説明されてもよくわかんない、それ」

「だから別に害はないってやつ」



好みの問題といつやつだ。

材料や精製の仕方が正規の、法に則ったやり方じゃないというだけ。



例えばフォアグラ。

まあ別にアレは違法じゃあないけど、作り方は特殊だ。

ガチョウに大量の餌をやって肝臓を肥大させてそれを美味! とか言って食べる。しかも高級食材。

世界三大珍味とか持て囃される。



魂塊にもそうゆうもんがあるってわけ。

そういった特殊・特別な魂塊を隠れて作る。

そんな集団を襲う。



で、ヒコはまだ笑っている。カノンは無表情ながらもどこか高揚しているしアレックスは面倒くさそうだけどニコニコだ。


「な、なんでそんな嬉しそうなの?」

若干引いてるミコ。


「悪い奴はどの世界にもいるもんだねーって。

まあだから俺が潤う」

「素晴らしいです、お兄様」

悪者は悪者を知る、というか悪は悪に引き寄せられるというか、まあそんなノリ。



その素晴らしさがよくわからないミコは再びベッドに横たわる。チカラが入らないのも確か。




奪う。

街賊らしい答え。ある意味模範解答。

その相手が多元界人ではあるが、通常運転の街賊だ。


相手は、ユールフォルス世界の者……の、下請け。



ユールフォルス人は、

ロザリア人を神と仰ぎ、ロザリア世界を天上世界と崇拝する生粋のロザリア信奉者。


自らを天使と名乗り神の傍に常にある存在と思っている。

それがユールフォルスという世界に住まう人類種の常識であり何よりも優先されるべき思想と行動になっている。



彼らの絶対的存在価値。


それ故に他世界の住人からは疎まれることも多々ある。

ロザリアとそれに心底仕えるユールフォルスだけが世界の上位にあり必要な存在だと信じているからだ。

それ以外の世界に価値を見出していない。

せいぜいロザリアをさらなる高みへと押し上げるための糧でしかないと思っている。



狂信的。そこにある熱狂。その熱量に酔う。

いつしか彼らはその宗教を作り上げ自らをその教徒とし殉教することを望む。

それすら彼らにとっては喜ばしいこと。

宗教。まさに。

そしてユールフォルス人はロザリア世界を創造したとされる伝承の中の存在、ロザリーを冠して

ロザリー教を生み出しその教義に生きる。

すべてはロザリアのために。



「まあでも相手はそんな多元界人。それもロザリアを崇める狂信者共。あっ、その下請けか(笑)

ま。余裕たな」



「では、アレックス様」



「にゃ? ええー? なんでー? 俺もー? そんなめんどくさーい」

「それならお前のホテルの使用権奪うぞ。いくら使用料溜まってると思ってんだ。あと、ユールフォルス人のオンナは美人が多い。

肉体的にも俺らと変わらない」

ヒコの笑顔がいかがわしく見える。



「ならしょうがないなー。お前の妹のために一肌脱ぐかー」

そう言いながら立ち上がるアレックス。

もうあからさまな程オンナに釣られている。わかりやす過ぎる。

しかもなんだかんだ言って嬉しそう。



「では私もお兄様のために命をかけましょう」

ここにも狂信者がいますよ、と思いながら会話をぼんやりと聞くミコ。



もう何かを言う気力すらなくなっていた。

呆れている、とミコ自身思っていたがだんだん身体中が痺れるようになり力も入らなくなる。

目を開けているのもしんどい。

その証拠にミコは、悪ノリした勢いで自分の体に馬乗りになって上半身裸になっているアレックスに突っ込めない、というか拒否できない。



「一肌脱ぐってそうゆう意味かよ!」とか言えない。

アレックスも若干不思議そうな顔だ。



ミコ自身唇が乾ききっているのがわかったがケアする気も起きない。

顔は生気を失い灰色だ。

それを見てヒコは笑うのをやめた。



「時間がねえな……。早速いくしかない」

と。本気モードに入った矢先、




「なにか……くる?」

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