カフェのオーナーは武勇伝を語りたがる

「ん? なんだい? 俺が残した数々の伝説の話かい?」


ーーいや、全然聞いてませんけど・・・っていうか早く注文したチャイ作ってください。

と心の中で怒鳴りながらも愛想笑いで応えるミコ。気分はゲンナリ。



日も暮れた南中央区・ヘブンにてぶらぶら散歩していたミコは、プリン早食い対決に勝利したあとまったく離れようとしないカノンと一緒にカフェにいた。

テーブルを挟んで座り大きなガラス窓から外を眺めているとこのカフェのオーナーがテンション高めで席まできたところ。



立派な口ひげを生やして黒縁メガネをかけたその風貌はカフェというより純喫茶のマスターといった感じの40代。

雇っているスタッフに店は任せてお客に自分の武勇伝を聞かせるのが趣味。

で、いま見事に趣味の時間に捕まっている。


あと、

「俺さ〜サーフィンも趣味でさー」

と聞いてもないのにさりげなく気取って言う。

オーナーのサーフボードは見たことない。



「で? なんだっけ? ああ〜そうそう! 伝説な。俺がまだ二十歳ぐらいの頃はさー、このへんもまだまだ暴力団が闊歩してやがってさー。俺とかも若いからもう色々とバチバチよ」

と、少し遠い目をしながら熱っぽく語るが、


「あ、あの……私の注文通ってます?」

チャイを注文してからもうかれこれ30分だ。遅い。


「ちゃい? ああ〜チャイね。昔やり合った中華マフィアのチャイのことかと思ったぜ。おぅ注文通ってるよ。おい! 早くしろよ! お客様がお待ちだろ!!」

とオーナーは怒鳴る。いやいや頑固オヤジのラーメン屋の厨房じゃあないんだから。

小洒落たカフェでその怒声はどうなんだ!? と思いながらもミコはまた苦い愛想笑い。



スタッフが気をきかせてか、オーナーのことを奥から呼ぶ。

「仕方ないね〜。ヤンチャだった俺も今やオーナーだからさー、頼られるね〜」

と高揚しながら奥へと引っ込んでいった。



一体何が目的なんだ? どう思われたいんだ、あの人は、とふと思うがいちいちそんなことを考えても時間の無駄。

今はゆっくりお茶しよう。

と、また外を眺めるミコ。





夕方からは街の景色やその空気は一変する。

行き交う人々に一般人が大量になだれ込み、毎日が祭りのような喧騒に彩られる。



ひと目見て昼間との違いがわかるほど賑やかだ。のんびりした感じもなくなっている。



違法なキャッチがひっきりなしに道行く人に声をかけて、女の子はスカウトやらナンパやらを断るのに大変。

真っ直ぐ歩くのもままならない。

車道にも人が溢れてクルマはノロノロ運転のサファリパーク状態だ。

煌びやかな電飾に彩られたいくつもの通り。

酔っぱらいがケンカしたり、寝っ転がったりと本当に野生動物を見ているようだ。

そんなことが毎日毎晩当たり前に続く場所。




その街を街賊がいぞく・セディショナリーズは時に激しく、時に怪しく、時にせつなく平然と往来している。


そもそも法や警察は何やってるんだ! とお怒りの声も聞こえてきそう。

実際数年前まではそんな声も多かった。



が、今は誰もケーサツを当てにしていない。

事、街賊に関しては信頼もされていない。



街賊をほとんど野放しのようにしている警察。いつも何か事が起こってから後手後手の対応。

それもあって街賊の検挙率は低い。ほぼ捕まらない。だから街賊がまた増長する。

ニッポンの警察は優秀じゃないのか! という認識は間違ってはいないが、この街においてはある意味その権威が低空飛行を続けている。



「……20年も前……。この街はもっと薄汚れていて映画やドラマで観るようなヤクザが幅を利かせていたのでしょうね」

カノンが水の入ったコップに少し口をつけながら静かに言った。



「この街を変えたのもお兄様です」

「は? え? ああーそう……。ねえカノン。このモンブラン頼んでいい?」


「……まだ甘いモノ食べるのですか? さっきバケツ並のプリンを食べたところですよ?」

「だって全然食べられるんだもん。特に最近は」

「……まあいいでしょう」

「ありがと。で? なんだっけ? ああー街を変えたのがヒコって話?」

いつものカノンによるヒコ称賛の嵐となるやるなんだろうとぼんやりふんわりしか聞いていないミコ。



なにが”街を変えたのもお兄様”なんだと……。

でもナニかが、誰かが世界を変えるっていうのは案外そこら中で起きてることなんだろうね。



「5年ほど前から続くあのグリッスルとの戦いがこの街を変化させました。

当時は街賊なんてものもなく、オーナーが言ってたようにまだまだ暴力団も幅をきかせていましたし、

ケーサツだって優秀でした。街の犯罪件数もいまほど高くはなかったですし」



「ああ〜えっと……悪い方に変えたってこと……ですね……」

ふんわり聞いても以前の方がよかったっぽい。



ヒコとグリッスルの戦い。それはグリッスルが自分の勢力にヒコを取り込もうとして接触したことから始まる。

当時はヒコの方も街賊なんて存在でもなく、悪さを繰り返す街の不良程度のものだった。

次期ロザリア王の座を狙うグリッスルはとにかく自身のチカラを大きくする必要にかられ、

落胤でありながらもこの八華はっかの街で自由に生きるヒコは何かと利用できるとふんだわけだ。



が、

もともとソリの合わない2人。

自由を迫害されたくないヒコ。だいたい王座を巡る争いになんて興味はない。

だからグリッスルを突っぱねる。

それが気に入らないグリッスル。なんだって自分の思い通りにならないと気が済まない。

ワガママ王子だ。チカラだって誇示したい。



そんな2人が激しく衝突しないわけがない。




【血の水曜日】

そう呼ばれる事件が起こる。

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