第3話

アルティメットストラテジー(究極の計画)と名付けられた計画が発令されて一週間。アリスなどはとてつもなく習得が難しいアルティメットスキルを得ようとしているため、まだ一つもアルティメットスキルは得ていないが、かなり応用のきくオリジナルスキルを二つ開発したらしい。彼女曰く、このスキルは四つ揃う事で、真価を発揮するのだとかで、おそらくプログラムのように、さまざまな要素を組み合わせて一つの効果を生み出すスキルなのだろうと予想している。逆にアリス以外の全員が一つはアルティメットスキルを習得したようで、それもまた恐ろしい。


俺もオリジナルスキルを二つ開発し、地獄での戦闘はある程度可能になったが、地獄の最下層にある氷塊のコキュートスから神滅理剣を引き抜く時の保険として物理干渉系のスキルを開発しなければならない。何しろ、地獄では虚数空間からの干渉が殆どできない。というのも、地獄は今いる世界とは違う世界であるため、虚数世界もこことは違う別の世界になるのである。そのためどうしても感覚にズレが出てしまうのだ。戦闘面や転移などは問題ないが、大規模な影響、例えば、辺り一帯を吹き飛ばしたりするような芸当を影響を世界に与えることはできないだろう。


俺は物理干渉系であり、綻と相性の良いスキルの理論を考える。ある程度の形は出来上がっているがこの程度では他のスキルと比べて少し足りないのである。


更に付け加えて、このスキルには対多数への攻撃手段としての能力を持たせたいと考えている。いくら対一戦闘特化といえど、全く対多数戦闘ができないというものはいかがなものかと思う。


思考開始から八時間、いくつか候補は出たのだがそのどれもが理論を組み立てられていないものである。


それから更に四時間、おぼろげな理論が組み立てることができた。しかし、このままスキルを発現させると、制御装置が不十分な戦略核ミサイルを抱えることと同じようなことになる。そのため、これからはこのスキルを最適化するという工程が必要になってくる。


そこで俺は更に思考を重ねる。


空間ごと物質を消滅させる場合、消滅した空間を埋めるためにブラックホールに似た性質を持つ真空空間が出てくる筈だ。それを埋めることは大気中の空気で事足りるのだが、大規模に魔法行使を行えば、それは確証できない。空間の消滅は許数時間空間への空間の転移として、それを埋めるために一時的に虚数空間にある物質で代用した場合は世界への負荷が大きい。空間を自分の魔素で埋めることはできるが非生産的だ。消費が大きすぎる。綻は空間を切り裂き、すぐにそこが埋まるが今回は空間と一緒に切り取るではなく、物質を消滅させながら切断しなければいけない。


(いや、そうか、虚数空間での代用を行う際に空間を少しいじれいいのか?いや、そんなスキルは開発できない。虚数空間をいじり、無駄に干渉するとと世界が狂う。それでは空間干渉?粒子レベルで干渉できる物理干渉スキルを作ればいいのか?いや、これも現実的ではない。時間が絶対に足りない。あぁ、ならば分ければいいのか。オリジナルスキルの数を一つ増やすのか、それならば元の思考であった、 物質を消滅させるということだけできるスキルを作ればいいのか?違うな、物質の消滅はもう一つのスキルで代用可能だ。ならば今使っているスキルに必要なものは虚数空間から物理干渉ができるスキルを作ればいいのか。それならば綻よりも作るのは簡単だ。粒子干渉についてはまた後でだな。粒子は一つ一つ魔素から作り上げなければいけないが、なんとかなるか……?)


俺は思考を一度終了させる。理論は綻に似ているため一時間もせずに組み立てられ、オリジナルスキル滅が完成した。このスキルは、虚数空間から、空間を干渉するのではなく物体を選んで干渉できるのだ。綻と大きな違いはないように思えるが、綻の唯一の弱点は魔素の塊である魔法に対して、魔法で作られた物質に対して、干渉できないことであるのに対して、滅はそれが可能なのだ。逆に言えば滅は物体を切れないとも言える。


しかし、このスキルは思考段階でも述べた通り、もう一つのスキルが無いと使い物にならない。


そのため、この勢いのままもう一つのスキルの理論を組み立て出す。


これに関しては理論は全く組み立てられていないのだ。更にこのスキルの作成ができなければ滅も使えないことになる。決まったのはスキルの効果と名前だけだ。


織守は二十四時間ぶっつづけで思考を回し、考え始めてから二十一時間で、ついに閃き、スキルの微調整段階にまでこぎつけた。理論は完璧。しかしどこか不安がある。どう考えても一万桁をゆうに超える演算にミスがないはずがない。


スキル名は完、スキルを補完、及び完成させるために作ったスキルであるためこの名前だ。


単純な計算量の多さは必ずミスを生む。その計算ミスは自分で修正するのだ。残念ながら俺はそんなバカみたいな計算をできるような人間では無い。


アルティメットスキル、絶対信者は思考知覚加速で文字通り最も高い性能を持つ。そして、それがあればこのスキルは完璧に作動する。しかし、このスキルの習得法は地獄の最下層で輝夜から貰う以外の習得方法なく、運命覇者についても、地獄の最下層にあるコキュートスの氷から神滅理剣を引き抜くことで得られるスキルだ。ルシファーを無視して輝夜姫と喋ることができるほど俺は器用ではないし、剣を引き抜くことも同じくである。ルシファーを倒す。それが俺に残された道である。



他の知覚上昇系スキルを取る時間はない。というのも、さきほど少し触れたが、アルティメットスキル運命覇者は7月7日のみに、地・獄・に現れる輝夜姫と接触しなければならないのだ。そして輝夜姫が現れる場所は最下層、コキュートスやルシファーが存在する場所なのだ。それまでにそこを攻略できなければ今回の作戦は失敗である。そしてその日までの残り日数は六十一日、とてもではないが地獄を攻略する日数に知覚系統スキルを手に入れ、スキルに慣れるような時間はない。


考えるまでもないことだが、俺はスキルに慣れるためいつものごとく外に向かうのだった。





輝夜姫の出現まで残り五日、俺はまだ不慣れではあるがある程度スキルを使えるようになった状態で地獄に潜ることを決意した。


長年開けられた形跡がない扉を開く。扉に入るまで仲は全く見えなかったが、入ってみれば辺りは赤黒く、空には赤い月が大小合わせて7つ浮かんでいた。


(あれが地獄の門か、ならばあれは差し詰めケルベロスと言ったところだな)


俺は目の前にいる体長5メートルほどの三首の犬と対峙した。向こうにはそもそも理性とやらがなく、門に近寄る人間を排除するという本能に抗えないような様子である。向こうは俺の想像の倍ほどの速度で距離を詰めてきた。


(あぶねぇ、少し遅れたら死んでた)


俺は虚数空間に逃げ込んだ。虚数空間を開いて中に入るまでには数秒のラグがあるため、戦闘中、すぐに逃げ込むことは難しい。


統を発動し、ケルベロスの精神をつまり本体の首を断ち切る。この世界にある生物はすべて精神体であるので、精神攻撃スキルが自ずと物理攻撃になるのだ。しかし、魔法は魔法体、物理攻撃であるので切ることができないことは注意しなければいけない。



精神を真っ二つに切られたケルベロスは地面を転げ回りやがて動かなくなった。


(こんなもんか、それにしても俺には近接戦闘系のスキルが無いな。盲点だったか、さすがに戦闘のことはイマイチ実感が湧かないな。戦闘についての知識は全くと言っていいほどなかったからか、計画に狂いが出るのも仕方ないか)


そこで俺は思案した、時間にして五秒ほどでそのアイデアは思い浮かんだ。


「精神体であっても物理干渉できる武器を作ればいいのか、そうすれば扱いの難しい長物でも自分を切りつけても透過して自分がダメージを負うことはないはずだ」


そう言って俺はすぐさま精神体に攻撃できる片手剣の頭身のような形をした刃に意識を向けて形状を変化させる。イメージはダースベイダーソードと呼ばれる両方に刃のついた全長190センチほどの刃を作り出した。


剣長は各方向85センチで太刀に比べて5センチほど長い。持ち手は20センチと少し大きめだが、それは持ち替えという作業を有することを見越してであり、この刃は自分に触れてもダメージを負うことはなく、地面を透過するという物だ。ただし、統を具現化しただけの槍ではダメージを与えるのは精神であるので物理的に攻撃を受けられないことは忘れてはいけない。


この地獄という場所で俺は実験を行おうとしているのだ。かなり無茶だが一年間輝夜姫が降臨するのを待つ方がごめんだ。多少の無理は目を瞑る。


「おい、人間何をしに来た?」


突然門に飾られている飾りに話かけられた。


「ん、あぁちょっとね、」


俺は言葉をきり、虚数空間に向かって先ほど作った両刃槍を突きつける。虚数空間にある精神の本体を破壊したのだ。


飾りがガタッと音を立てた。そしてそれ以降それが動くことはなかった。

地獄の門は、壮大という言葉では表せないほど巨大であったことが窺えるが今はかなり寂れているため、今後パッとこの見た目を思い出すことはないだろう。


こちらの世界の地獄は悪魔の住処という意味合いであり、人間が裁かれるような場所では無いようで基本的には孤独な世界というような印象を受ける。そして俺は第一階層に足を踏み入れた。


第一階層煉獄


灼熱の大地、火山帯というよりも火山活動真っ最中の地下空間に来たような印象さえ受けるが、その熱に対する対策は既にできている。スキル統で精神体として己の存在を変化させることで熱を感じないのだ。


地獄は中心に巨大な空洞があり最下層にまで下りることができるがまずその中心を目指さなければいけない。


人間だ。 ニンゲンガイルゾ。


あたりからそんな声が聞こえてくる。姿は見えないが目を瞑ればわかる。下級悪魔、名もなき悪魔たちだ。


綻と統を合わせていつものように虚数空間から攻撃をする。下位の悪魔はそれだけで滅びる。織守は運良く俺は上級やネーム持ちの悪魔と出会わずに二時間ほどで地獄の空洞にたどり着いた。


これは後から知ったことだが、上位の悪魔は自分の住処が荒らされた時以外は基本的に地獄に出てこない。

俺が読んだ本が冒険者の作った物で、その冒険者がアルティメットスキルを手に入れるためではなく、財宝目当てで潜っていたものの、日記だったため、上位悪魔との戦闘のことが大量に書かれていたようだ。


言うなれば俺はホームレスの悪魔と戦っていたわけだ。ホームレスの悪魔に強大な力があるわけもない。


さて、この空洞、実はえげつなく深い。自由落下で下に到達するのに十五分ほどかかるのだ。空間が歪んでいなければマントルに余裕で到達する時間だ。そして辺りは真っ暗、結構怖い。地獄での時間は早く流れるので、この十五分という時間は現実世界の一日だったりする。


寒い、精神世界にいつでも逃げ込める存在である俺が悪寒を感じている。そして落下が止まった。この空間は重力がとてつもなく弱いが、魔素が大量に満ちていてそこが見えない。そのため攻略者はこの穴に飛び込めば地獄の底につくと言うことを知らないし、やろうと思わない。地獄を製作した過去の世界の管理者の日記を読んでいなければ誰もやろうとは思わない。地獄は人工ダンジョンなのだ。


地獄の最下層にはルシファーがいる、負ければ死ぬのは他の魔物と何も変わらないが、やはり緊張はする。空間魔法を使えないと逃げることはできないし、高位の精神攻撃系スキルを持たなければ攻撃すらできない。そのためこの地獄という空間は一層一層少しずつ攻略されてはあるものの未だに八分の一しか攻略されていないのだ。


バシャという音が響く。そして着地した場所が凍る。過冷却水と同じ原理だろうか。ここの水はすべて液体窒素レベルで冷えているのに水として液体のまま存在している。


俺は息を吐き、集中力を高める。俺は小手先の技しか持っていない俺はそれだけで天才達と渡り合ってこれた。そして、それができた理由は集中した時の集中力と問題解決能力の二つのみだ。


狙うは地獄の支配者ルシファーただ一体。無理をして死ぬのは厳禁だが、逃げ腰で行くのも非常に悪い選択である。俺は足を踏み出した。


地獄の最下層、地球の重力が集う場所にそいつは、ルシファーは座っていた。


「何をしに来たニンゲン」


厳密には織守は人間ではないがこの際そんなことはどうでもいい。


どこまでも冷たい声だ。感情を感じさせないようにも聞こえるが、強い憎しみと怒りに溢れていることがなんとなくわかる。それほどまでに異様な雰囲気を、オーラをルシファーは持っていた。


「心当たりはないのか?」


「フッ、滑稽だ。まぁ良いさ、これから死に者など興味が湧かない」


「なんだ、自分の立場がよくわかっているじゃないか」


ブチッと音がしてしらない魔法が飛んでくる。とりあえず綻びを使った瞬間移動で避ける。


「チッ、口だけではなかったか」


「あっぶね、なんだそれ」


「ただの、崩壊の玉環だ。大したものではない」


今のは触れたら間違いなく死んでいた。大したことはないと言っていたので、おそらく悪魔にとって人間が死ぬのは大したことがないのだろうが、人間にとってそれは大きな問題だ。


はどうやら喋っている余裕はなさそうだ。しかし、負けるつもりなど毛頭ない。


俺は統で自分のスキル、滅の能力を書き換える。精神から物質への干渉の部分を精神からエネルギーへの干渉にするだけだ。


先ほどの魔法が次は十二個飛んでくる。それをすべて虚数空間から滅を使い打ち消す。滅の能力を統の能力で自分の精神に干渉し書き換えたことで一万桁とかいう馬鹿げた演算量ではなく、純粋に滅に触れたしたエネルギーを消滅させるものに変化させた。これが対悪魔への最大の切り札だ。

これの恐ろしいところはその効果が消滅である点だ。エネルギー体でもあり、精神体でもある悪魔は文字通りこれに触れることすらできない。すべて回避するしかないのだ。


「いくぞ、地獄の王」


一言、断りを入れて俺は虚数空間を展開し、中に入り込む。大規模干渉はできないが、これからやろうとしていることはさほど大規模なものではない。ルシファーは虚数空間に入るまでの隙を誘いと考えたのか攻撃してこなかった。


虚数空間内からルシファーに対して両刃槍を突きつける。


コア一つ目。



ルシファーにはコアが六つある。それらをすべて破壊することが勝利条件だ。無論、体全体を吹き飛ばせるなら話は別だ。そうすればコアごと全てが砕け散る。


「く、貴様何をしたッ」


ルシファーは苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを睨んでいる。ルシファーは虚数空間で移動する俺が見えている。もちろん俺はルシファーの問いかけを無視して、両刃槍のみを虚数空間に飛ばし二つ目のコアを狙う。虚数空間に入り込むにはそれなりに時間がかかる。


(チッ避けられた)


「くそっ、忌々しい、裏世界干渉か」


流石に悪魔の王、博識だ。そして唱えた魔法は世界固定それを自分にかけた。これで虚数世界からの干渉は受けない。


突然ルシファーが神聖魔法を唱えだす。


(あぁルシファーは堕天使だったな)


一瞬悪魔が神聖魔法を使うことに疑問を感じたがすぐに納得する答えを得た。


だが、甘い。


その魔法は、そう言った対応は既に対策済みだ。


俺は虚数空間で、綻を使った擬似瞬間移動のみを行いルシファーに直接滅を突き刺す。この体にはコアはないが、俺が狙ったのはそれではない。


俺が狙ったのはエネルギー、ルシファーを覆う、神聖魔法のエネルギーだ。それによりエネルギーが消滅した。そのまま、ルシファーに左手で持っていた綻で虚数世界から二つ目のコアを突き刺し破壊した。ルシファーは核を五次元に移動させたようだが、虚数空間は六次元以下の空間にならばどこにでも干渉できる。つまり、槍を虚数空間に飛ばしていれば、この空間に存在しないコアを攻撃できるのだ。


ルシファーの表情から余裕が消えた。



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