トルコライスとオムライス

とんこつ毬藻

1品目 ミルクセーキ 

「あおい~~~、大事件、大事件っさ~~~!」

「こら、そんなに大きい声出すと他のお客様に迷惑でしょう!?」


 お店のカウンターごしに事件はカフェで起きているんじゃない、現場で起きているんだと言わんばかりに主張している黒髪ポニーテール女子は、大学の後輩――甘奈津美柑あまなつみかん


 美柑があまりに大きな声を出すものだから、テーブル席に座る常連の男性と、寡黙そうな男子大学生、店の奥に座るお淑やかそうな女性がこちらを一瞬ちら見したではないか。


「ごめんごめん。でも大事件なんよ~~」

「はいはい、まぁミルクセーキでも食べて落ち着かんね」


 そう言うと私は彼女が注文したミルクセーキをカウンターごしに提供する。

 私も大学へ入ってN崎県でひとり暮らしを始めるまで、ミルクセーキに馴染みがなかった。牛乳へ卵黄や砂糖などを加え、シェイクした飲み物だが、ここN崎県では喫茶店の名物となっており、今日みたいな日差しの強い日には、甘味料と練乳を加え、かき氷風にアレンジした、所謂「食べるミルクセーキ」が定番となっている。


「ふぅ~、火照った身体にこの冷たさが染みるさね~~」

「で、事件って何があった訳?」

「そうそう、聞いてくれる~~あおい~~?」


 ひと呼吸置いて、彼女が経緯を話し始める。




 ここは、N崎の中心となる商店街から少し裏路地に入った場所にある昔ながらの喫茶店。近くには眼鏡の形で有名な橋や、中華街なんかもある。私――小茉莉葵こまつりあおいは、この街の大学に通う二年生。他県から大学へ通うため一人暮らしを始めた私は、女一人で私を育ててくれた母親へ心配かけないよう、親戚の叔父さん叔母さんがやっている地元の人に人気の小さな喫茶店でアルバイトをしている。


 友人の美柑は大学で知り合った実家暮らしの同級生。こうしてアルバイトをしている私を尋ねては日常に起きた出来事の報告をするという訳だ。


「で、合コンで知り合った男が最悪だったって訳ね?」

「そう、そうなんよ~~! あの男、彼女持ちの癖に合コンへ行くなんて最悪でしょう?」


 まぁ、予想通りの展開だ。いつも大事件という割に日常を楽しんでいる彼女は、少なくともバイトと学校の往復をしているだけの私よりも、大学生活を謳歌していると言えるだろう。


「あ~。私ってどうして男運ないんだろう~。なぜ私に彼氏が出来ないのか? これぞ日常の謎よねぇ~」

「いや、それは全然謎ではない気がするんだけど……」


 ミルクセーキをひと口含み、腕組みをする彼女。黒髪ポニーテールで可愛らしい容姿の美柑。身長148センチの小柄な身体だが、出るところは出ていて、美脚の彼女はとっても目立つ。私より10センチも背が低いのに、私よりとっても果実が実っている。私にとってはこれこそ日常の謎よ。そもそも彼女は気づいていない。日常の謎に鍵をかけているのは彼女自身であると。


「お待たせしました。トルコライスひとつ、お待ちどう様。美柑ちゃん、ごゆっくりね~」

「ありがとうございます! マスターが作るトルコライス、大好きなんです~」


 N崎の名物であるトルコライスは、ピラフ、トンカツ、スパゲティの三つがひとつのお皿で楽しめる贅沢な逸品だ。最近では観光客向けに作られた、トンカツの部分をハンバーグやステーキにしたハンバーグトルコ、ステーキトルコといったものも人気だったりする。


 ドライカレーのようなスパイスの効いたピラフに、デミグラスソースのかかった豚カツは、相性がよく、食が進む。子供しか食べる事の出来ないお子様ランチを大人になっても注文出来るという背徳感と贅沢を味わっているかのよう。


 さっきまで悲観的に嘆いていた彼女も、トルコライスを口にして、至福の表情だ。美柑の笑顔を見届け仕事へと戻る私は、美柑が注文したものと同じトルコライスをテーブル席に座っていた男の子の席へと持っていく。彼もミルクセーキとトルコライスを注文している。ふと、テーブルに置いてある本へ視線がいく。あれは確か、文化人類学の講義で使われる本。どうやら同じ大学の子らしい。


 お店の奥へ座る女性へは紅茶とガトーショコラ。テーブル席へ座る常連客の男性には喫茶店オープン当初からあるという看板メニュー――マスターのおすすめオムライス。ごゆっくりどうぞと一礼する私に軽く会釈をする男性。寡黙な人だが、いつも利用してくれている男性には、悪い印象を感じない。


 カウンターの中へと戻ると、美柑は既にトルコライスの半分を食べ終えていた。その小さな身体のどこにトルコは入るんだ? その果実か、果実なのか。


「日常の謎の話をしていたみたいだけど、日常の謎なんて、意外と身近んところにたくさんあるもんさね」


 私と美柑の話が聞こえていたらしく、キッチンで作業を終えたマスターがやって来た。盗み聞きをしていた訳じゃないよと詫びる、私の叔父さんであるマスター。ええ、そうですよね、美柑の声が大きかったんですね、わかります。


「ほほう、それは興味深いお話ですな、マスター。例えばどんな?」


 眼鏡をかけていない癖に、眼鏡の縁をあげる仕草をする美柑。どうやら彼女、探偵の真似事をしたいらしい。


「そうさね。例えば、今美柑ちゃんが食べているトルコライスがなぜ、トルコライスという名前になったのか?」


「え? トルコ名産とかじゃないんですか?」

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