第31話

 しばらくしたら、涙が止まっていた。

 頭の中の黒いもやもやは泣いているうちに流されて消えて、胸の暖かさが残った。



「……」


「お、泣き止んだか?」


「……うん」


「おー、そりゃよかった」


「あの……」


「ん?なんだ?」


 くっ言いにくい!こう、改まって真正面から言うのは、恥ずかしい!

 ……でも、こいつのおかげで、立ち直れたんだよな。


 あのままだったらずっとマイナス思考になっちゃうままだったろうから。

 頭の中は感謝の気持ちでいっぱいだ。


 だから、はっきりと言わないといけないんだ。

 恥ずかしくても、耳が熱くなっても、それでも目を見て、感謝の言葉を言うんだ。


「あ、ありが、とう……」


「お、おう」


 薬屋は顔を赤くしていた。いや、多分俺もしている。


 多分お互い我に返って恥ずかしくなってしまっているのだ。

 これは……黒歴史確定だなぁ。


 あーあ、恥ずかしい。


「こっ、この部屋、見栄えいいね」


「あ、うん、えっと……そうだよな。あの、俺も初めて来たんだよ」


「え、そうなの?」


 え、前にも来たことあるみたいな言い方じゃなかった?

 話し方はそんな感じの雰囲気醸し出してたけど……


「い、いやなんか、先輩の冒険者から話を聞いてただけで、来たことは一度も。てか、改めて見るとここから見る町すっげぇ綺麗だな!」


「うん」


 確かに薬屋の言った通りこの部屋からの眺めはすごく良かった。

 あ、あの店は昼ドラ喫茶……あの男は誰を選んだのだろうか……?


 いや、そう考えるときギャルゲ喫茶の方がいいのか……?なんか、秋葉原にいかがわしい店でありそうだな。


 やっぱり昼ドラ喫茶でいこう。


 それに、そこは服を買いに行った洋服屋か!

 あー、あんまり着れてないよなぁ……てか、あそこで服選びが妙にこなれていたのは僕の頃の記憶があったからなのかもな。


 ……そう考えると俺、全然この街の観光全然出来てないな。


「この街って色んなお店、あるんだね」


「おお、そうだぞ?俺のおすすめはだな、あそこの喫茶店でな?」


「ああ、昼ドラ喫茶」


「昼ドラ喫茶?よくわかんないけど、あそこの女性店員、みんな可愛いんだよなぁ〜」


「きも……」


 いや、たしかに可愛いとは思うけどさ、それ、女の子の前で言う?普通。

 いや別に俺男だし、そこまで気にはしないけどさ、こう、ねえ?


「いやぁきもって言っても男の性だから仕方ないだろ?」


「わからなくは、ないけどさ」


「今度一緒に行こうぜ?」


「うん」


「じゃあそんときに俺のおすすめ観光コース回るか!あんまりこの街見て回ってないんだろ?」


「ありがと」


 これは、傍から見たらデートなのではないだろうか。

 いや、精神的にはほもなんだけどさ、でも、そんなの俺以外は分からないわけでしょ?


 ってか、薬屋にも男だって伝えてないのか……まあ、いいか。

 今更言うのも気まずいし。


「薬屋?」


「ん?なんだ?」


「ありがとう」


「えっと……何に?」


「気にしなくていいの」


「そうか。じゃあそういうことにしよう。うん、男の俺にはわからん」


 いや俺も男なんだけど……っていうのは今更か。だいぶ女に慣れてきてしまったしな。


「そういえば、妹ちゃん」


「ああ、なんか心配してたぞ?あと話したいって」


「でも、近づけない」


「それなんだけどさ、一個思いついた案があるんだけどさ……」


「何?」


「お、食いつくなぁ」


「当たり前」


「そうなんか。手紙から交流する、なんでどうだ?」


「その手があった!」


 ここに来て、こんなに時間が経って。

 自分の居場所があることにようやく気がつけた。


 薬屋と出会って、迷宮に行ってオーガリーダーと遭遇して、そのあとも色々あって。


 以前までの鎖も薬屋が、断ち切ってくれた。


「薬屋」


「ん?なんだ?」


「明日も、よろしくお願いします」


 そうして俺たちの日々は、止まらずに進んでいる。

 今日が終われば明日がある。

 だから、ゆっくり、ゆっくりでいいから前に進むんだ。

 それが、薬屋が俺のマイナス思考を吹っ飛ばしてくれた結果で、俺が進むべき道だ。

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