第28話

 水色のワゴン車に轢かれた直後僕が見たのは紅い華、まあ、つまりは飛び散った僕の血さ。

 ……ここまで来たら、何が僕を思い出すカギになったか分かったかな?


 が水色のワゴンに轢かれたことも、オーガリーダーに体に強い衝撃を与えられた時も、ロートさんの……の呼び方でいうとすれば、薬屋、だったっけ?に、その戦いのときかばわれてみた血しぶきも、さっき背中を押されたことも、探せばきりがないくらいにこの世界にきてから、僕を思い出すためのカギはたくさんあったんだ。


 それに、テイカさん――薬屋の妹さんに近づこうとしたこともあったかな。

 わざわざ怖くて近づけない、女性に自分から近づこうとするなんて、そんな馬鹿なことするから、僕を思い出してしまったんじゃないか。


 そう、は怖いんだよ。女の人を怖がっているんだ。――もちろん、僕もそうだけどね。

 無意識下で、君はいつでも女性を、女という性別を持つものを全て怖がっている。

だから、歩いているときに女性に近づかないように避けたり、店の内側の音を聞いて、レジ打ちが男に代わるタイミングを見計らって並んだりしていたんだ。


 なに?そんなわけがないって?

 じゃあ、テイカさんに近づこうとしていた時のこと、思い出してみなよ。


 君はあそこで止まっていた場所から一歩でも自分の力で動くことができたのかい?……言わなくてもいいよ。答えはわかりきっているからね。

 なにせ、僕がであるように、は僕なんだから。


 反論はないよね?あるわけないもんね?

 じゃあ、話を続けようか。


 次はが目を覚ました後のことだ。

……なに?確かにここからはも、覚えている部分ではあるんだろうけど、でも、今まで自分が女の人を無意識的に避けていたくせに、女の人に避けられる、と思い込んでいたの記憶や考えにどれほどの正確性があるって言うんだい?

 ないよね?頭の奥底で冷静に見ていた僕のほうがまだ信憑性のある情報を言えると思うよ?


 それに、が知らない情報も僕は知っているしね。答え合わせとでも考えてくれ。

そのくらい君の考えは間違いだらけなんだから。


 これを聞かないのは、今まで通りの、ただの逃げだよ。

 僕の役目は、がこれ以上女性という自分の弱点から逃げないようにすることだとすら思っているんだから。


 何、別に今更体や心の主導権を渡せ、なんて言わないよ?そんなことできないし、僕が今から変わっても小四の中身の青年ができるだけだからね。損しかない。

 でもだからこそ、には、自分の弱点を――女性への恐怖感をなくしてほしいと思っているんだ。本当だよ?


 弱点なんてあってもいいことないじゃないか。そんなことぐらいはにもわかるだろう?


 さて、話がだいぶずれてしまったけれど、元に戻そうか。


 は、母親が遠くに暮らしているのがなぜだかわかっていないみたいだし、そこから話していこうかな。


 は医者に事故の衝撃で記憶を失ったと聞いたね?でも本当の理由は違う。

 恐怖の感情がその前までの記憶を全てシャットアウトしてしまっているのさ。もちろん医者もそのことはわかっていたよ?

 優しい嘘ってやつだよ。


 医者はの両親には嘘なく、しっかりとこのことを伝えた。そして、両親はそれの理由が姉であることを理解した。

 まあ、姉っていうか恐怖しすぎて女性全般になっていたんだけれども。

 だから母親は姉を連れて、実家に帰った。


 その後、父親はが姉だけでなく女性全般に恐怖を示していることがわかり、学校の先生にそれを伝えた。

 ほら、覚えはないかい?例えば、班が全員男だったり、席替えで毎回男に囲まれたりしていたり。


 あれはすべて、学校の先生が手をまわしてくれていたんだ。君のために、ね。


君は、謎の運命やら、呪いやらを疑っていたみたいだけれど、そんなわけないじゃないか。


 うーん、そろそろ言いたいことわかるかな。

 は、いろんな人に迷惑をかけているんだよ?

 は、人に迷惑をかけてはいけないんだよ。

 迷惑をかけたら、何か相手が嫌がることをしたら、また、姉の時みたいに殺されるかもよ?


……僕が言いたいのは、こういうこと。もう分かるよね?


じゃあ、お話は終わりだ。楽しんでもらえたかな?――ああ、死にそうな顔してるね。死なないでね?僕も死んじゃうんだから。


うーん、さっき呪いなんてない、なんて言ったけど、これは呪いかもね。姉の呪い。

ジョークが効いているでしょ?笑えないね。

君は、姉の呪いで自分の弱みや、利己的な感情で人に迷惑をかけてはいけなくなってしまったのだよ……なんてね。


まあ、でも、そういうこと。わざわざ言葉にすると、それだけの事。


じゃあ、僕はまた奥底で見ているとするよ。

君が呪いに従順に、弱みを治していくのか、それとも、別の何かの手段を取るのか……後者になったらいいなって、僕は思いたいな。無理だろうけれど。

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