第23話

 ふと、目を覚ます。


 まだ目は開いていない。でもいつもと違う違和感がある。

 なんだろうか。


 そうだ、布団の感触と今寝ているところの匂いがいつもと違う。

 なんだか優しい匂いだ。最近この匂いに触れることも多かった気がするが……


 まぶたの間からすり抜けるように入ってくる光が俺の目をゆっくりとこじ開けていく。

 窓から輝くような朝日の眩しさとアイボリー色の前髪と、いつもと違う、木目調の天井が見えた。


 部屋の広さはいつも泊まっている部屋とそんなに変わらないが、見たことのない部屋だ。


 一体ここはどこだろうか。


「うぅ……」


 眩しさから、目を細める。

 朝は苦手だ。


 少しでも眠気を醒まそうと身を捩り――体の痛みに気がついた。


 痛み?何で……ああ、そういえば、俺はオーガリーダーと戦っていたんだった。

 肉体を酷使して何とか勝利して、その後薬屋の怪我を治そうとしてそうしたら光があいつを包んで。


 わからないことだらけだが、わかった……というか、予想できたことが一つだけある。


 ここが薬屋の家ということだ。

 この嗅ぎなれた匂いがそれを証明している。


 うん、間違いなく薬屋の匂いだ。


 そうわかると少しだけそわそわとした気分になった。

 人の家、というのはやっぱり緊張する。


 何せ人のプライベートの奥の奥なのだから。

 なんだかアウェーな感じがしてしまうのだ。


「お、起きたか」


 部屋の内装を見渡しているとガチャリ、とドアが開き薬屋が部屋のなかに入ってきた。


「乙女の寝起きに忍び込む……変態?」


「それに関しては申し訳ない気も無いわけではないがじゃあ俺にどうしろと!?」


「ドアのノックって知ってる?」


「お前が丸一日寝てたからわざわざ看病してやってたんだろうがぁ!」


 丸一日も寝ていたのか。そりゃあ勝手に入ってきても不思議じゃない。

 寝てるやつの部屋にノックなんて馬鹿らしいもんな。


 そもそもここ、こいつの家だし。


 まあとにかく、馬鹿話はこれくらいにしてそろそろ真面目な話をしなければ。


「……あの時、助けてくれてありがとう」


「ん?あ、ああ。俺もあの後助けてもらったからトントンだよ。こちらこそありがとな」


「違う、あれは、ただの……偶然。私が頑張った訳じゃない」


「いーや、間違いなく俺の怪我がなおったのはお前のお陰だ」


 薬屋は、俺が治したと断言した。

 そう言ってくれるのはありがたいが、何で断言できるんだろう?


「何で、そう思ったの?」


「光に包まれて体が治る瞬間にふわーって、体が軽くなって暖かいものが入ってきているような気がしたんだ。うーん、言葉ではうまく言い表せないんだけどな?あの暖かさは、間違いない。お前とおんなじ暖かさだ」


「意味がわからない」


「わからなくてもいいよ。でも、俺は確信しているんだ。それに、万が一死んだとしても冒険者としてはそれが普通だよ。命を懸けてやってんだ。俺たちは」


 全然訳がわからない。

 でもまあ、本人が納得しているのならそれでいいのかもしれないが。


「まあ、とにかくだ。命懸けで共に戦った仲間としてお前を信用して、俺の秘密を、言いたいんだが、いいか……?」


「……うん、いいよ。信じてくれて、ありがとう」


「……こんな言い方だと、今までが信じてなかったみたいだけど、別にそういう訳じゃないからな?」


「わかってるよ」


 信じていても、言えないこともあるのだ。

 信じていても、何をいっても関係性が変わらないとわかっていても、もしも、もしも仲が悪くなってしまったら、疎遠になってしまったらと考えてしまうものなのだ。


 その気持ちは痛いほどわかっている。わかっているから、今まで待ってそして、今日薬屋は打ち明ける決心をしてくれたのだ。


 俺ができるのはしっかりと受け止めてあげることだけだ。


「俺に兄弟がいるって話を前したの、覚えてるか?」


「うん。おぼえてる」


 確か、俺が記憶喪失について薬屋に話したとき、何となく話にちょろっと出てきていた。


「俺には妹がいるんだ。体が弱くて、ベットから動けないような、病弱な妹が」


「そう……だったんだ」


 妹がいたのか。でも、それが秘密とどんな関係があるんだろうか。

 大したことではない気がするが……これから話してくれるだろう。


「シルヴァもわかってると思うけど、冒険者ってのは野蛮な奴が多い。野蛮って言うか……ガラが悪いって言うか、まあ、わかるだろ?」


「わかる」


「だから、体の弱い親族ってのは相手によっては弱味になっちまうことも、あるんだよ……悲しいことに、俺みたいに名前だけ売れてると特に、な。」


 人質みたいにするのだろうか。確かに、体の弱い妹をそんな風にされたらと考えると人には言えないわな。


「でも、お前はそういうことはしない……だろ?うん。しない。絶対にお前はしない。俺は信じてる」


「しないよ」


「で、さ。俺の妹はさっきも言った通り体が弱くてベットから出れないんだ。それに、同姓にしか話せないような話もあると思うし……ああ、そのなんていうか」


 同姓にしか話せないこと、と言われても俺の中身男だけど大丈夫だろうか。

 まあ、これはさすがに言う気はないけど。


 もし言ったら一悶着起きそうだ。

 めんどくさい。


「とにかく!俺の、妹と、友達になってくれない、か……?」


 不安そうな面持ちで薬屋は俺にそう聞いてきた。

 薬屋の妹と友達になる?

 あったり前だろ。


「良いに、決まってる」


 これを聞いた薬屋は、いままでで一番の良い笑顔になった。

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