第16話

 ショッピングを楽しいと思えるのは女性の特権だと、俺は思っている。

 少なくとも俺は今まで記憶が残っているうちで楽しいと思ったことは一度もない。


 今だってそうだ。

 女子になったんだし女子っぽいことをしてみようと、流行りになっている服屋にでも行ってみたのだが(もちろん情報は神様wiki)、俺自体は全く、これっぽっちも楽しいと思ってない。

 いやこれまじで。


 なのになぜか、体が勝手に動いている。


 体に服を当て柄や色合いのチェック、着ている状態のイメージをしたのちに、縫合がちゃんとされているかまで確かめて腕に掛けるか元に戻すかしている。


 体がフルオートで動きまくっているのだ。何これ怖い。

 何せこんな無駄なこと考えながらも体はしっかりと服選びをしてるのだから、笑うしかない。


「……」


 服選びは女子のパッシブスキルだとでも言うのだろうか……?


 服選びは終わらない。

 この世界にもいるのだ。

 奴らが。


「お客様、何かお探しですか?」


 で、出たー服屋の店員!!

(服屋の店員としては)珍しく、(俺に寄ってくる人間としては)珍しくないが、安定の男性だった。

 ですよね。


 しかし、この世界の店員も押せ押せどんどんなのは変わらないらしい。

 めんどくさいなぁ。


 俺はあまり男だった頃、洋服を気にしていなかったため、こういう経験をしたことがなかった。

 だから、あるかどうかも不確定なものだったんだが……本当にあるんだなぁ。


「い、いや。似あう服ないかなって」


「お客様はとっても可愛らしいですから、どんな服も似合いますよ。例えば……これなんて、どうです?」


 そうやってたくさん並んでいる数々の服の中から選び取ったのは、先程戻したうちの一つだった。

 きっと、いいカモだと思われてんだろうなぁ……とはいえ、俺とてそんなに金はない。


 借金持ちなのだ。正直今持ってる数着でいっぱいいっぱいである。


 なんとかして引き剝がさないと……!っと思ったところで、体が勝手に口を開いた。


「それは色が合わないからダメ」


 感情の乏しい顔はいつも以上の無表情になり、冷たく突き放すような口調が勝手に出てきた。

 我ながら怖いな。


 オートシルヴァは迷惑な店員に有効だろうか。

 店員の様子を見てみると、確かに少したじろいでいたがまだまだ平気そうだった。


「で、ではこれは?」


「それもダメ。私のスタイルにそのデザインはあんまり合わない」


「そんなことないですよ?」


「……少なくとも私の好みには合わない」


「新しく試してみるのも服選びの楽しみの一つですよ!」


 やっぱりめんどくさい。こいつ、暇なんかな。

 正直うざい。なんでこんな接客してるんだろうか?


 俺の体を動かしている俺(?)もそう思ったのか、ピクリ、と一度体を揺らし先程と同じ口調で店員に言った。


「必要なら呼ぶ。今は必要じゃないから、あなたのことは呼んでない」


「……すいません」


「別に、いい」


「ありがとうございます。言い訳のつもりは、別にないんですけど私も声かけ、あんまりしたくないんですよね」


 話の流れが変わった。言い訳のつもりはないんですけどってつまりは言い訳を言うよって言ってるようなものなんだけど……まあ、そんな揚げ足を取らなくてもいいか。

 声かけ、したくないならなんでしているんだろうか?


「じゃあなんでしてるの?」


「上司から、強制っていうか声かけないと怒られてしまうんです。僕たちもやりたくないんですけど……すいません」


 そんなことがあるのか。この世界にもあるんだな。パワーハラスメント。

 なんのために声かけなんか強制しているんだろうか。


 店側も得しないし、客側も嫌な気持ちになる、最悪のシステムだと思うが……

 正直、きつい言い方してしまって少し申し訳なかったな。

 店員が悪いとは言い切れない状態だ。


「きつい言い方して、ごめんなさい」


「いえ、こちらこそ。……今持たれてるもの、買われますか?」


「うん」


 そうして俺は服屋を出た。

 もしかして服屋の裏事情を話したのは今持っている服をスムーズに買わせるためかもしれないと考えたのは、服屋から出てしばらくしてのことだった。


 こっちもこっちで世知辛い世界だ。

 そんな感じに、適度に散財をしながらついにやってきた。

 カフェだ。しかしただのカフェではない。


 そう、あの女性店員全員が一人の男性店員を狙っている昼ドラカフェだ。


 外見は、そこらにある店と一緒だ。

 木と石で作られた西洋建築。


 からんからん、と入口のベルを鳴らしながら、俺は店に入った。


「いらっしゃいませ〜何名様ですか?」


 男の店員が対応してくれた。

 こいつがあのモテモテ野郎だろうか?爆ぜればいいのに。


「一人」


「一名様ですね、こちらへどうぞー」


 そうして、俺は御誂え向きにも店が一望できる卓に座った。


「こちら、メニューでございます」


「ん、ありがとう」


「注文をお決めになったらこちらのベルを鳴らしてください」


「わかった」


 ベルでどうやってどこの卓だか判断しているのだろうか。

 音程?絶対音感かよ。


 よく見てみるとこの店の客は男性客が多く女性客は俺一人しかいない。


 男性客たちの対応は全て女性の店員がしていた。

 一方、男性店員は女が俺しかいないためか、暇そうにしている。


 性別によって接客する人を変えているようだ。

 ……そのうち、店員を指名してメイド喫茶のようになっていくんだろうか。


 将来が実に楽しみなカフェである。


 俺はベルを鳴らして、適当なケーキを注文した。


 接客中は切り替えてやってるっぽいし、面白いのも見れなさそうだ。

 これを食べたら帰ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る