第2話

 その日は鼻歌を歌いたくなるほど暖かな太陽と優しげな風が吹いていた。


 暑過ぎず、寒過ぎず、普段から引きこもりがちの鈍った体でも動きに支障をきたさない心地の良い日だ。


 それだけでも気分は上々になるというのに、更にその日は一日幸運な日だった。


 大陸中から商人達がこぞって訪れ、活気に満ち溢れた王都マグノリア。


 商人の出入りが激しいこの都でさえ中々手に入らないレア素材を見つけ、思わず衝動買いをしてしまい、夕食に使う予定の金が無くしてしまう。


 このままでは同居人に怒られてしまうと焦っていると、商店街で鳥肉の安売りに出くわし、偶然にも求めていた食材を手に入れることに成功した。


 いつもならまるで仇敵を見つけたかのように徹底的に吠えてくる散歩中の犬達も、この日はすれ違っても大人しいモノだ。


 ならばと普段は絶対に近づかない大嫌いな占い師のいる通りに入ってみると、思った通り占い師はいなかった。


 近くで屋台を経営している甘味屋に聞いてみると、どうやら王国転覆の容疑で衛兵に検挙されたという。


 実際、証拠も大量に出てきたらしく、言い逃れの出来ない状況らしい。

 

 こんな幸運なことがあるのだろうか。お前の願いは一生叶わないと言い放ったあの占い師が捕まるとは、まさに人生最良の日である。


 あまりに何でも自分に都合のいい日過ぎて、笑いが止まらなかった。


「ブワーハッハハッ、まるで夢の世界にいるかのようではないか。まあ、そもそも夢など見たことがないのだがな!」


 いつもと違う帰り道。


 長く伸びた黄金の髪を揺らすカールは、緑に溢れた王都の内部を彩る美しい川の上にかかる橋で高笑いをしていた。


 無言で立っていれば数多の女性を虜にするであろう美丈夫だが、大口を開きながら笑うその姿はどこか残念な雰囲気を醸し出している。


 そんな彼は黒いマントを靡かせながら、まるで世界を全て掴んで見せると言わんばかりに両手を大きく広げ、陽光を反射してキラキラと輝く川に向かって高笑いを続けていた。


「世界よ! 私がカール! 世界最高の錬金術師、カール・ユングスだ! 世界は私を中心に回っている! ブワッハッハ! ブワーハッハッハハハハ!」

「ハァ……」

「ブワッハッハ――むっ?」


 笑う事に夢中になっていたせいで気付かなかったが、いつの間にかカールの隣に一人の少女が溜息を吐きながら、暗い顔で佇んでいる。


 その姿は正に世界の全ての不幸を背負っていますといわんばかりのオーラを醸し出し、死んだ魚のように濁った瞳をした少女だ。


 少々気になり、じっと見ていると、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。 


「なんでこんなことになっちゃったんだろぉ……今まで色んな不幸な目にあって来たけど、ここまで酷い日は初めてだよぉ」


 まるでこの世界の全てが自分を呪っている。そんな負のオーラを全開にして何度も溜息を吐く残念そうな少女は、眼下に流れる川を見下ろしながら瞳に涙を溜めていた。


 見た目は非常に見麗しく、もしも明るい笑顔でも見せれば大抵の男は顔を情けなく緩ませてしまうだろう。


 小柄な体格は幼さをより強調しているが、それなりに膨らんだ二つの双丘は体が小さい分強調されている様にも見える。


 その若々しい容姿や肉体は、男の観点から見れば非常に魅力的だが、苦労の滲んだその雰囲気は定収入の旦那を持った嫁以上に熟したようにも見え、魅力が九割減していた。


「ふむ……」


 だがそんなことよりもカールが気になったのは、腰まで伸ばされた美しい黒髪だ。


 黒髪はこの国では非常に珍しく、東方の遊牧民族の血を引いている者以外はいないと言われている。


 そして黒髪は錬金術においていい素材になると聞いたことはあったが、中々お目にかかることの出来ない人種であるので、今まで素材として利用することが出来なかった。


 それがこんな身近な場所でレア素材発見。キランとカールの瞳が光る。

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