第二一話 ~騎士~

「ハァ……ハァ……」


 一体あれからどれだけの時間が経っただろうか。

 少なくとも芹那の体感時間では俳人の言った二分を優に超えている。

 西洋の騎士鎧プレートアーマーを彷彿とさせる石鎧を纏った顔の見えない人型の異形に追われる時間は途轍もなく長い。

 全員に魔法の扱い方を教えているものの戦闘時に攻撃や防御、回避などの戦闘行動と同時に扱える者はごく少数。

 石鎧の魔物からすれば芹那は羽虫に過ぎない。

 脅威はないものの周囲に居れば鬱陶しく、排除する。

 ある程度離れていれば存在を認知していても無視をする。

 そんな程度の存在。

 そのため芹那は他の者たちを襲わせないよう必然的に石鎧の魔物が自身を排除しようとする至近距離で立ち回るしかなかった。

 当然のことながら今から約一週間前まで一般の社会人だった芹那がそんな危険極まりない場に身を置き続けて平気なワケがなく、芹那の精神は自覚出来るほどの速さで消耗する。

 そちらの方が本体なのではないかと錯覚するほど存在感を放つ金属で構成された大剣は力任せの一撃で地面を僅かに割り、近づきすぎるとそれが連撃となって襲い掛かった。

 当たれば即死、当たらなくともその余波を浴びるだけで重傷。

 魔法を抜きにしても芹那は共に戦っていた子どもたちを避難させていたに違いない。


(あと……どれくらい? 連絡してからどれだけ経った?)


 戦闘によって芹那の意識は完全に石鎧の魔物に向いていた。

 否、意識の全てを石鎧の魔物に向けるしかなかった。

 グラウンドから確認出来る巨大な時計を確認出来ないほどに芹那には余裕がない。

 魔法による足場の操作や加速により辛うじて足止めは出来ているが、魔法が無ければ呼吸する隙すらなくとうの昔に殺されていただろう。


(流石にもう……限界)


 芹那は声を出せないほど疲労し、右後方への跳躍による回避を最後に視界を白ませ、それを鈍い思考で自覚した芹那は死を覚悟したように瞼をそっと下ろした。


「お疲れさん。もう休んでろ、と言いたいところだが、流石にそこで気絶したら死ぬから最後の力振り絞って避難しろ」


 一週間にも満たない間で聴き馴染んだ声に閉じかけていた瞼をパッと開き、前を見る。

 そこには声の正体である俳人はもちろんのこと、俳人と行動を共にするヒナが揃って石鎧の魔物の振り下ろした大剣に向けて手を翳し、大剣を止めている姿があった。

 理解が追いつかない中で芹那が目をジッと目を凝らすと、大剣の手前に僅かに可視化された空気の壁があることに気が付く。


「芹那、ここからは私たちの仕事。後は任せて」


 二人がそう言うと芹那は安心したように硬直させていた身体を緩め、ゆっくりながらも邪魔にならないよう出せる最大のスピードでその場から離脱した。


「さて……そろそろこのバリア維持すんの辛いッ」


 芹那が離脱したのを確認した俳人はキリッとした表情とは裏腹に情けない声で情けない事を言うとそれが合図だったかのようにヒナと同時に魔法を解除し、左右に分かれる。

 バリアという剣の支えを失った石鎧の魔物は体勢を前傾に崩しながらもすぐ身体を引き起こし、そのままの勢いで大剣を地面に叩きつけた。

 直撃せずともその余波だけで高威力の一撃は二人を足元から襲う。

 砕けた地面は弾丸のように飛び散り、弾丸のように襲い掛かるほどの強度は持たなかった土塊は叩きつけの風圧で砂塵として二人の視界を少しずつ制限してゆく。


「吹き飛ばすぞ!」


 姿形は見えるが砂塵によって遮られ正確な意思疎通が出来ないため俳人は自身の行動を叫ぶことでヒナに自分の次の行動を理解させ、身構えさせた。

 意図した通り、ヒナは俳人の声を聞くと咄嗟に左腕で目元を覆っていた。

 そのお陰で俳人の宣言通り吹き飛んだ砂塵がヒナの目や口に入ることはなく済む。


「オラァッ!」


 芹那の時とは状況が異なる。

 足止めではなく討伐、一人ではなく二人。

 精神的にも人数的にも余裕が生まれ、俳人は石鎧の魔物の身体がヒナに向いた瞬間に攻撃を仕掛けた。

 魔法による加速によって石鎧の魔物が反応するよりも早く木刀が振り下ろされる。

 完全な不意打ち、渾身の一撃、にもかかわらず石鎧の魔物は体勢を崩さないどころか一切のダメージ――石粉すら飛び散らすことはなかった。


「チッ。……まあ元々石に木で勝とうってのが無理な話か」


 効果があったのかは分からないが木刀に強度向上の魔法をイメージしていたにもかかわらず木刀は石の強度に負けて一部が凹んでいる。

 木刀は効果が無いと理解した俳人は即座に木刀を収納空間に投げ込み、足元から大量の氷を伸ばした。

 真っ直ぐ伸びた氷は瞬時に石鎧の魔物の足元を氷結させ、動きを止める。

 だが効果があったのはほんの一瞬。

 強度が低かったのか石鎧の魔物の力が強かったのか、僅かな時間だけ足の動きが停止し、すぐに氷が砕かれた。


「次頼む!」


 それと同時に一瞬だけではあるが動きを止めた事で石鎧の魔物の優先順位が俳人に向く。

 そうなったら回避と防御だけで手一杯のため、俳人は自身に意識が向いたことを理解すると瞬時に魔法のイメージを中断して攻撃検証をヒナに任せた。


「ああ!」


 力強い返事を聞いた俳人はヒナがやりやすいように完全な正面ではなく、流れ弾を気にしなくてもいいように少し斜めの位置で動き回る。

 火の球が当たると同時に石鎧の魔物の体表を這い、風の刃が弾け、水の槍が飛び散り、石の弾が砕ける。

 ほとんどが意味を成さず、効果があったのは石の弾だけ。

 それもほんの少し体表を削る微々たるもの。

 だが俳人は勝機を見つけたように獰猛に笑っていた。

 微々たるものを積み重ねる、塵も積もれば山となる、もしそんな方法で勝とうというのなら無謀が過ぎる。

 削れる量は微小、手数で押し切ることなど正気ではない。

 魔石までの穴を穿つ前に体力を消耗しきって呆気なくやられるのが見えている。


「の前に――」


 勝機に向かう前に最後にやり残したこと。

 それを試すために俳人は後ろに跳躍しながら石鎧の魔物に向けて手を伸ばした。


「壊れろ!」


 地面を操作する要領で破壊出来ないか。

 試すも当然ながら操作の感覚が一切ない。

 もしかしたらイメージが足りないだけで集中すれば可能かもしれない。

 だが戦闘中に出来ないことを考えていても無意味だ。


「ヒナ……やるぞ」


 一度ヒナと合流した俳人は小さくそう言うと、続けて作戦というにはお粗末な手順の乏しい作戦を伝える。


「は? キツくないか、それ。……まあやるけどさ」


 単純ゆえに難易度の高い作戦にヒナは嫌そうな表情をしながらもそうするしかないため渋々木刀を収納し、意識を集中させた。

 作戦を伝え終えた俳人は未だ意識を向けられたままの為ヒナに被害が及ばないように即座にその場から離れる。

 そうして魔法を飛ばす必要がないため一直線になるよう、ヒナの反対に移動した。

 余程の質量があるのか石鎧の魔物は一歩走る度に大きな足音を立て、地面を揺らしながら俳人に向かって直進する。

 相対した俳人は逃げずあえて自ら近づき、真正面からではなく僅かに横から挑んだ。

 それにより石鎧の魔物は上から下への振り下ろしではなく、横へのなぎ払いを選択。

 そしてそれは目論見通りであり、行動を限定、予測していた俳人は一気に腰を落として前傾姿勢でその懐へ潜り込む。


「ラァッ!!」


 大剣を回避しながら触れられるほど接近した俳人は身体の向きを変え、どこからともなく現れた短剣を両手に握って石鎧の魔物の腕に全力で振り下ろした。

 短剣はバキンッと大きな音を立てて折れ砕け、石鎧の魔物は腕に細く短い溝を二本作る。


「ッシャァッ!」


 追撃される前に離脱した俳人はその戦果に大きくガッツポーズをした。

 そしてすぐに喜びを振り払い、次なる武器を地面から生やすように生み出す。

 土色とも灰色ともとれる単純な造りをした短剣は足元から伸び、先端を形成したところで飛び出すように俳人の両手に収まった。

 俳人と石鎧の魔物は睨み合い、互いの反応を見ながら同時に飛び出した。

 足場に影響の出る振り下ろしをされたら影響が出る俳人は再び横に移動しながら接近し、石鎧の魔物は恐らく理解しているが斬るには横方向の攻撃しかないため大剣を横に振るう。


「やっぱ攻撃の質量がちげぇな」


 正面から迫る攻撃をただ回避するのでは間に合わないと理解した俳人は即座に双剣を大剣を握る腕に向かって叩きつけ、それで勢いを落とすことで回避しようとし、攻撃の威力に負けて数メートルほど吹き飛ばされていた。

 辛うじて折れはしなかったものの打ち合えば威力は出ないほどに罅が入っている短剣を一瞥した俳人は魔法による軌道操作で腕に当てながら地面から再び短剣を生み出す。

 戦闘の中で大剣の攻撃を受け止めきれる短剣は今の実力では作成不可能と理解し、威力を持ちながらも一撃で折れ砕ける強度の物を作ることに専念した俳人は二撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返すうちにその精度と速度を最適化を行った。


「交替頼む!」


 攻撃と回避を行い、体力を大きく消耗していた俳人は回避と同時にそれまでジッと待っていたヒナに向けてそう叫ぶ。

 するとヒナは待っている間に造り貯めていた短剣を取り出し、俳人の作業を引き継いだ。


「ヘイトコントロールは……ネトゲーマーの基本スキル……だろ。……ソロプレイしか……やったことないけど」


 我慢していた疲労を吐き出すように肩で息をしながら俳人は短剣の製造を行う。

 攻撃と離脱の時に武器の作成の手間を省くことで、より戦闘に集中出来るという事だ。

 一方が戦っている間にもう一方が武器を造りながら体力を回復させる。

 もちろん俳人とヒナとでは身体能力に差があり俳人は両手に短剣を握っていたがヒナは両手で握っていた。

 もっとも、俳人が両手に剣を握っているのは未だ消え切らない中二心というのもあるかもしれない。


「にしてもアイツが低知能で助かったな。アイツの目的が人間の殺戮なら単純にあの硬さに任せて俺らを無視して他の奴らを襲えば良い話だし。……脳が無い以上他に思考領域があるハズだが少なくともそれは身体の大きさとは関係ないことが分かったな」


 普段なら考えている余裕がないと排除してしまう思考だが、少しでも弱点を見つけたいという思いが余計な思考まで巡らせている。

 鎧に阻まれていて中身が何なのかが分からないという得体の知れなさも相まってその正体、性質、癖などにどうしても意識を向けてしまっていた。

 だがそんな思考も長くは続かない。

 短剣の生成と収納、主に二つの魔法を使い続けた結果俳人は魔力を大量に消費していた。

 魔力の大量消費によって俳人は一時的に並行思考が難しくなっていたのだ。

 意識を失うほどではないが思考を妨害する程度には激しい頭痛に俳人は思考を止め、短剣の生成と体力の回復に努めるようになる。


「交替頼む!」


 無心状態でひたすら作業を繰り返している俳人に交替の声が掛かる。

 不安定な思考とはいえ戦闘中だからか俳人はその声を正しく理解することが出来、理解と同時に飛び出しヒナを攻撃するために大きく後ろに引いた腕を渾身の一撃で斬りつけた。

 ボキン、と剣身が回転しながら宙を舞い、破片が俳人の頬を撫でる。

 突然の攻撃に石鎧の魔物は驚愕し、ヒナへの攻撃を揺らがせた。

 体力を大きく消耗しているとはいえそんな不安定な剣筋の攻撃がヒナに当たるワケもなく、ヒナは回避と同時に離脱する。

 大剣を振り回す力があるとはいえ慣性の働く大剣に引っ張られるように動き大きな隙を見せる石鎧の魔物に俳人は収納空間から短剣を取り出し連続で攻撃をする。

 さっきは短剣の生成。

 地面の土を圧縮、形状操作、強度強化などをイメージしなければならなかったため離脱をする必要があったが、今は既に造り貯めた武器があるのだ。

 前時代の感覚で言えば時空間の操作をする収納の方が難易度が高いように思えるが魔法を用いる場合はその限りではなく、収納魔法を使えるようになってからは実験を兼ねて幾度となく使用してきた俳人はほとんど意識することなく短剣を取り出すことが出来ていた。


(あと……三割くらいか? つーか普通クソ重武器振り回してたらそんな細さじゃ折れるだろうが!? 折れろよ!)


 至近距離で攻防を繰り広げる俳人は内心でそんな風に悪態を吐く。

 度重なる攻撃によって狙っている部位はかなり削れており、残る幅は一〇センチ強。

 状態としては石柱の一部だけが極端にくびれているようなものであり、さらに言えばその先で鉄球が不規則に振り回されている状態だ。

 普通に見れば壊れるべき形状をしている。

 これでもかというほど攻撃したにも関わらずあまりにもしぶとく、魔法使用を複数から一つに変えたことで回復しつつある俳人の思考は今現在自分が魔法を使っているのに魔法の存在を忘れて己が目を疑っていた。


「流石にキチィな」


 俳人が想定していたよりも体力の消耗が激しい。

 ずっと戦っているとはいえ戦闘経験は一週間にも満たず、戦闘回数は数えられる程度。

 俳人の積み重ねてきた経験が物事を楽観的に考える人間の悪癖に負け、の状態だ。

 ヒナも以前は走っていたため体力があると言っていたがランニングと戦闘では身体の動かし方が大きく異なる。

 確かに戦闘において足腰は重要であり今までヒナがやってこれたのはそのランニングのお陰だが、無心で可能な主な可動部は下半身だけのランニングに対して戦闘は常に思考し続け、可動部は全身だ。

 俳人と同様に戦闘経験の乏しいヒナがランニングよりもハイペースで動けば当然のように体力は想定を超える速度で尽きる。

 結果としてヒナも俳人も体力が底を尽きかけている状態だった。


(これ以上ヒナを動かしたら多分無理してヒナが死ぬ……。かといってこれ以上俺一人で動き続けるのは体力もそうだが、なによりも……頭がキツイ。魔法使い続けてるせいで思考力落ちてるから判断を確実にミスる)


 チラリとヒナを見た俳人はその疲労度合い――俳人の指示に従って武器を造ってはいるが最早疲労で状況を読めていない虚ろな目にヒナに負担を掛け過ぎていることを理解する。

 二つ下、つまり年齢的には高校二年生の少女に負わせるにはあまりにも重い荷だ。

 あまりにもラノベ的な展開に思考がラノベ的になり過ぎている。

 ラノベは所詮ラノベだ、家が古武術をやっていて特別な闇を抱えた少女などこの世には存在しない。

 今目の前に存在するのは親の判断ミスで苦しんだ、か弱い普通の少女だ。

 ありふれた親からのストレスで悩んでいた少女に自分は世界の命運を、情けない自分を背負わせてしまった。


(年上は皆教育者だ。……あまり教育者が多く情けない姿見せるワケにゃいかんよな。二つしか変わらんが)


 残る三割ほどを全て自分で削り切る。

 そう方針を決めた俳人はヒナに気付かれないように一度自然に離脱し、軽く呼吸を整えてから突進するように石鎧の魔物との攻防を再開した。

 単純に考えれば交替までにそれぞれが三割を削った計算になる。

 もう少し考えれば体力の消耗によって二度目の攻防はペースが落ちると分かるが、同様に思考力の低下したヒナが気付く事はないだろうと考えた俳人はそれを体力が残っている早期に決着をつけようとさらにペースを上げた。


「オラァァァアアア!!」


 削ったお陰で攻撃のペースが落ち、その隙に俳人は睨み殺さんばかりの鬼のような形相で一点に向けて連撃を叩きつけ続ける。

 振り下ろした腕を上げる時にも短剣を握り、上下から削る。

 大量の剣身と破片が宙を舞い頬を、額を、手を掠め血が流れても意に介さず削り続けた。

 その時間はあまりにも長く、思考を止めたまま状況を認識することなく本能的に顔を上げていたヒナの意識も覚醒し始めていた。

 意識が飛びかけていたことをその時初めて理解しながら、ヒナは俳人の周囲に散乱した大量の剣身に目を見開く。

 短剣を造り貯めていたためスピードは上がるだろうがそれにしてもあまりにも多すぎた。

 疲労で一撃一撃に攻撃力が込められないため手数で押し切るしかないのは理解出来、収納空間から取り出すその速度に多いのは分かる。

 移動を重ねているため剣身に足を取られる事はないが俳人が戦っていた場所は見えている地面よりも剣身の方が多いほど。

 どれだけの時間を無我で過ごしていたと驚愕し、そんな情けない姿を見せていたために交替出来なかったのだろうと羞恥し、それと同時に俳人の戦う姿に一つの懸念をした。


「あと……ちょっとぉッ!」


 幅はあと一割もない。

 それこそ叩けば折れそうなほどに全体から見れば細いが叩いても折れない。

 だが俳人は剣を叩きつける感触で、叩けば後一〇も掛からずに折れる事を理解していた。

 回避し、削る。

 あと少しと認識して緩んでいた力が元に戻る俳人は、さらに加速して短剣を振るう。

 石鎧の魔物もただ黙ってやられることを受け入れるワケもなく、最後の力を振り絞るかのように腕はほとんど繋がっていないにも関わらず今日一番の力を発揮し、回避出来るか分からないほどの速度で大剣を振るった。


「ラストォッ!!」


 互いに全力。

 斬れば問題ない、攻撃は最大の防御とばかりに俳人は回避する曖昧な可能性を捨てて大剣を迎え撃つように両手を大きく振り上げる。

 片足が浮き、それが地面に向けて強く振り下ろされると共に上げられていた両手が弧を描くように振り下ろされた。

 弧の軌道上に黒い穴が現れ、俳人の手がその中に吸い込まれるように入る。

 収納空間に手を入れた状態で俳人は短剣をイメージし、収納空間から手が出る直前に短剣を握るように拳を握った。


「ッ!?」


 イメージ通りその手には短剣が握られている。

 だがその右手は空を切っていた。

 収まっているハズの短剣の姿が右手には欠片もない。

 これこそがヒナの懸念。

 現状魔力量の少ない俳人には尽きることのない剣を造ることは出来ない。

 足元に散乱した短剣の剣身。

 その数から短剣の残量が少ないことをヒナは理解していたのだ。


(クソッ! 今から造っても間に合わん! 最後の一本に賭けるしかないッ)

「折れろぉぉぉおおお!!」


 体力は今日の中で最も少ない。

 だが石鎧の魔物と同じように過去最大の力で短剣を正確に狙った位置へ振り下ろす。

 究極の緊張の中での集中力によって俳人の攻撃は寸分のズレもなく狙い通りの位置、最も効果が出る場所へ叩きつけられた。

 バキッ

 魔法で強化した短剣が当たった瞬間大きく亀裂が入る音が響く。

 音に反応して俳人はより表情を険しくし、ヒナは万が一に備えて身体を構えた。

 その感触は俳人にも伝わるが興奮した俳人はそれが短剣からなのか石鎧の魔物からなのか判別が出来ない。

 そして半ばまで罅割れていた――短剣は音もなく剣身を飛ばした。


(ああ、俺はその器じゃなかったか……。…………ヒナ、あとは頼んだ)


 今から対応しても間に合わない。

 諦めが早いという話ではなく、今の俳人の反射速度では不可能。

 死を眼前に控えた俳人はヒナに残る全てを託すように目を閉じた。


「受け取れッ!!」


 諦め、閉じようと瞼を下ろそうとしていると、突然ヒナの声と共に、

 ドンッ、という重く鈍い音がまるで空間を鳴らしたように広がる。

 ハッと目を見開き、圧縮した風のバリアに阻まれた大剣を視界に入れながらヒナの方を見ると、一本の短剣が回転しながら迫っているのが見えた。


「……ありがとう」


 手を伸ばし、指を絡めた俳人は本来の使用者の違いで少し柄の長い短剣を手のサイズの問題で両手で持つには無理があるそれを強引に両手で握り、斜めの回転切りをするかのように反動で短剣が大きく後ろへ向かうほどに振り下ろす。

 一度の攻撃で壊れることを前提に造られたワケではないヒナの短剣は両手持ちで向上した威力で石鎧の魔物の腕を大きく削った。

 そしてその結果、ドンッと音を立てて石鎧の魔物の腕が地に落ちる。


「やったぜ、と言いたいところだが……勝ったワケじゃないんだな、これが」


 腕を削り落としたことで少し余裕が出たのか俳人は少し軽薄そうな笑みを浮かべながら横に移動した。

 石鎧の魔物は腕を落とされたことで激昂し、残った左腕で殴り掛かる。


「ふぅ……剣がないから速度があるけどリーチが落ちた分躱しやすいな」


 素早い拳を何度も回避して位置を変えた俳人は、それまで後ろに引いて躱していた拳を腕の下を通ることで回避し、落ちた腕の下へ駆け寄った。

 腰を落とし滑り込むようにして大剣を掴んだ俳人は身体能力向上の魔法で強化された腕力を駆使して削り落とした腕を投げ、その間に大剣に強化の魔法を掛ける。


「っと、ちとデカすぎるな」


 強化したにも関わらず多大な負担を両腕に掛ける身の丈ほどの大剣を全力で構える俳人。

 大剣を得たことで攻撃力は向上した。

 だがその引き換えに動きの制限を課せられた。

 これまでほど素早い動きで躱す事は出来ず、前後左右への跳躍による咄嗟の回避も封じられている。


「テメェ……その図体ならもっとゆっくり動けよな」


激昂を続けている石鎧の魔物は素早く俳人との距離を詰め、拳を打ち出した。

 動きを制限された今、その速度を確実に回避することの出来ない俳人は片脚を後ろに引いて支えにしながら大剣の切っ先を地面に当ててその腹で拳を斜めに受ける。

 拳の威力に負けて僅かに後ろへ押されるものの斜めに受けたお陰で攻撃は見事逸らすことに成功し、さらには防御しただけにも関わらず大剣の刃に触れた部分が削れて周囲に石粉を撒き散らしていた。


「よし、イケるぞ」


 大剣の強度を身を以て理解した俳人はそう呟き、威圧のように僅かな笑みを浮かべながらも額から冷や汗を流す。


(つっても動くの辛い。速度で負けてるからこの距離からだと離脱出来ない、攻撃するにしても大剣は完全に素人だ。……イケるか?)


 あのままでは決定打に欠けるからと大剣を奪ったが、かと言って勝てるとは限らない。

 ある程度敏捷に長けていれば問題ないが、俳人は今大きくその点で劣っている。

 窮屈すぎるほどに制限された動きの中、リーチの掴めていない初めて触れる武器で勝てるほど甘い相手ではないことはこれまでのやり取りで分かっているのだ。


(そもそもどこを壊せば勝てる? 魔石……これまで戦った魔物は全て心臓部に魔石があったがコイツもそうとは限らない。腕が中まで完全に石だったのを考えると生物かどうか曖昧、今までだって魔石が心臓にあったのは偶然かもしれない、どうして心臓の位置に魔石があったのか究明出来て無い以上心臓狙い――つまり突きでの攻撃は危なすぎる)


 魔石を狙うという事は胸の中まで攻撃を届けるという事。

 胸の中まで攻撃を届けるという事は切れ味の分からない大剣で挑む以上は突きしかない。

 素人の突きに威力はロクに乗らず、倒せなかった場合隙だらけで格好の的になるだろう。


「…………叩き切る!」


 最終的に俳人が導き出した答えは『一刀両断』。

 真ん中から真っ二つに割ってしまえば魔石の有無など関係なく、そもそも割られればロクに動けない。

 ゴリ押しにも程があるが成功すれば確実に勝てる一撃。

 どこを狙って攻撃しても賭けならば、成功した時確実に勝てる一撃に俳人は賭ける。


「オラァッ」


 さっきとほぼ同じように、だがさっきとは違い拳を打ち出される直前に後ろに退いて脚で支えながら、今度は大剣を地面から浮かせた状態で構えて拳を受けた。

 拳の力を受けて後ろへ強く流れた大剣を力と体捌きでその威力を利用し、円を描くようにして石鎧の魔物の頭に叩きつけた。

 その威力に地面が揺れ、俳人は硬い物が割れる感触を喜び、即座に表情を危機に染める。


「ッ!?」


 確かに俳人の感じた感触通り割れていた。

 だが真っ二つになるには至らず、大剣は頭部で止められている。

 体格差によって俳人は両腕を上げた状態であり、無防備になった腹に拳が打ち込まれた。

 感触が両断したものではないと理解していた俳人は咄嗟に腹と拳の間にバリアを張った。

 だがバリアは砕かれ、威力は大きく軽減したものの直撃を受けた俳人は大きく後ろへ吹き飛ばされる。

 それと同時にパキッと音が鳴り、石で出来た兜が真っ二つになって落ちた。


「ゥッ……ォハッ、ガハッ……そ、そぉんな物騒な顔しちゃってまぁ」


 あまりの威力に折れかけた心を保つように掠れた声で強がり、折れた肋骨を抑えながら割れた兜の下から現れた鬼の顔を睨む。

 怒ったような表情をしているが、その顔も全て石で出来ているため表情が変わることはなく、言わば生まれつきそういう表情だ。


「それに……流石にこれ振り回して勝てる自信は流石にねぇぞ」


 全力と言っても過言ではない一撃。

 だが出来たのは兜を壊すだけ、ほとんど頭部にダメージは入っていない。

 一撃必殺を狙って行った攻撃ゆえの威力であり、何度も攻撃することを前提とした攻撃では先に俳人の体力が尽きる。

 心は激痛に耐えろと叫んでいてもこれ以上は身体がついて行く気がしていなかった。

 今こうしている間にも石鬼は近づいてきているが、肋骨が折れたことで呼吸するたびに尋常ではない痛みが襲うため何度も走ることは確実に出来ない。

 もってあと四度ほど。


「心臓を狙え!」


 叫びたくなるほどの激痛を我慢し、必死に駆けだそうとしている俳人の目の前にヒナが現れた。

 一度に何重ものバリアを張り、手には分厚く頑丈そうな大盾を持っている。

 言葉は交わしていないが俳人はそれを理解出来た。

 自分が攻めあぐねている間に石鬼の魔石の位置を捉えたと、自分が自力で回避出来るほどの余力が残っていないと悟られたことを。


(イメージしろ! 一撃で胸を貫くイメージを! 石鬼アイツに打ち勝つ今の俺に出来る最強の一撃を!!)


 自分の体力的にも、ヒナの体力的にも何度も攻撃することは最早不可能。

 今度こそ最後の一撃。

 ゆえにそれを解き放った後に気絶しても構わないほどの最強の一撃。

 疾く駆け、回避も防御も不可能な圧倒的一撃を自分の想像力を総動員して思い描く。


(英雄の……決着の一撃と言えばやはり『炎』だ)


 大剣を握る両腕から大剣に大量の魔力が流れ出した。

 初め、魔力は表面を這い流れるように先端に向かって伸び、やがて大剣に染み込んだように均一に大剣全体を魔力が覆う。

 大剣全体を魔力が覆い尽くした瞬間、染み出るように少しずつ火が表面に現れ始めた。

 やがて火は炎となり剣身全体が炎を纏う。


(炎、炎、炎……何度イメージをしても思い浮かぶのは虎狼。今までの人生で最も炎の強さを示し、相対した中での最強はお前だからな)


 不規則に揺らめくだけだった炎は次第に伸び、渦を巻き、剣先から迸り始めた。

 だが迸る炎は次第に細く小さく、剣身に吸収されるかのように見えなくなる。


「いくぞ!!」


 僅かな深呼吸をした俳人がそう叫ぶと、ヒナは最後の力を振り絞って襲い掛かる拳を弾き上げ、俳人と石鬼の直線状から離れた。

 俳人がはじめの一歩を強く踏み込んだ瞬間、消えていた螺旋の炎が一気に解き放たれる。

 魔法で強化された身体能力に加え、火炎による推進力を得た俳人は瞬く間に石鬼との距離をゼロにした。


「セアァァァアアアッ!!」


 推進力を切って炎を圧縮し、後ろに向けていた大剣を前に向ける。

 瞬間、剣身の火力が増し、石鬼の胸に大剣が突き刺さり、その背を抜けた。

 貫通した大剣は僅かに魔石を砕いていたらしく、背を突き破った際に鎧の破片とともに魔石の断片が零れ落ちる。


「……」


 胸に大剣を突き刺した俳人は一切反応せず大剣を突き刺したままの体勢で固まり、石鬼も全く動かない。

 静寂の中、何の前触れもなく石鬼が姿を消した。


「勝……った?」


 勝ったことが信じられないかのようにヒナは小さく呟く。

 そして石鬼という支えを失った大剣は石鬼からの魔力供給が途切れたことで消滅する前に俳人の魔力供給を受け物質としての存在強度を高めたことで霧散することなく、柄を中心にするように剣先を回転させ、剣先を地面に落とした。

 大剣に引っ張られるように俳人は前のめりに体勢を崩し、地面に当たった時に炎を消滅させた大剣に寄りかかるようにして俳人は倒れずになんとか保つ。


「やったぞ! おい!」


 ようやく勝利を飲み込み、歓喜に震えるヒナが満面の笑みで俳人に近付いた。


「おい!?」


 だが反応を見せず、確かめるように前に回り込んだヒナは俳人の表情に驚き、そして大剣を握る俳人の指を一本ずつ外し、倒れかかって来る俳人を抱きしめるように受け止める。


「無理……させちまったな……」


 石鬼との戦いで全てを出し切った俳人は気絶していた。

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