第6章ㅤ再会と召喚獣

 住民のいない見通しのいい野原で魔物撃滅は行われていた。

 出撃命令では魔物を消滅させることを目的としたものが大半である。その時近くに魔物に襲われている村を発見すればその体制で向かい迅速に対処する、考えられた効率のいい巡回法だ。


 疲労した者がいればリキは駆け寄ってその者の側で応戦を試みた。傷を治す役割である治癒隊はいるが体力を気にする者はいないのである。

 戦闘終わりに生徒を回復魔法で治癒させることが治癒隊の真の役割で、戦闘中に中に入って回復させることは自己の判断。魔物と戦っている際中に回復だけしかできない者が近くにきたら邪魔になるのは当然だ。治癒隊の四~五名の者もそういったことを考えて行動しなければいけない。

 その点、リキは回復魔法以外にも攻撃魔法や防御魔法も使えるから制限のない自由な行動ができる。それゆえ他の者のサポートにまわった。


 地に片足をつく男子生徒に駆け寄り様子を窺う。上下に肩を動かし乱れた呼吸をしている、ただ単に疲れているようだ。

 そんな彼を元気づけようとしたリキの身に、前から鋭い角の生えた牛のような魔物が凄まじい足音をたて突進した。

 交戦中の生徒の声、肉の塊を斬るような物音、破裂音のする魔法、武器使いの放つ銃声。何体もの魔物に対して不協和音が生じ、それに加え似たようないくつもの足音が地響きとなっていて迫る足音に気づかなかった。


「ーー前っ……」


 おもむろに顔を上げた男子生徒が驚愕の顔をし、薄い声を出す。

 リキが前を向いた時にはすでに目の前には魔物。至近距離での鋭い角と恐ろしい顔面の効果か、まるでスローモーションのように瞳に映る。

 時間が止まったかのような光景の中に映り込んだ誰か。左手にする盾で激突を防ぎ衝撃まで受け止めた。牛の突進にこうも重圧的に抑えにいくことができるのは防御に特化した者。

 その後ろ姿には見覚えがあった。

 金髪で華奢な作りをしたされどちゃんと筋肉も平均的に備わっており、ファウンズより少し低い身長。でも頼りになりそうな背中。


「リキちゃん、久しぶりだね」


 顔だけ向けた彼はやはり、シルビア・シルフォン。

 優しい音色の声。

 学園に入ったばかりのリキに初めて声をかけた生徒だ。

 そのときシルビアは回復魔法の相棒<パートナー>を求めていて、そのときのリキには魔法自体が使えなくて、その一度きり会うことも姿を目にすることもなかった。




 目的地まで着く間に気づかずにいたのはシルビアが最後尾についていて、リキがもうひとつの列の前列にいたから。

 最後尾にいたシルビアは暇そうにしつつも長髪の女の後ろ姿が目に入った。何か感じとるものがあったのか目を離さずにいると、獣の声が聞こえたのか遠方を見つめた彼女の横顔を見て胸の内に現れた。

 リキ・ユナテッド。

 名前しか知らなかった。

 一度対面したが顔と名前を一致させたきり。クラスもどこなのか知らず。それよりも学園に留まるのかどうかも知らなかった。


 魔法が使えないと言っていたリキ。それなら武器を選択することもできるが、細身で一見弱々しそうなリキには無理だと思った。

 だからもうこの学園にはいない……と。

 一度しか対話しなかったけど良い子だとなんとなく感じてた。ぎこちなくも言葉を返してくれて。初対面で初めての場所で環境が急に変わって怖かっただろうに。そんな彼女に回復魔法使えるんだよね、と詰め寄って困らせたのはシルビアなのだが。

 最初は警戒して恐る恐る目をやっていた感じで、でもすぐにちゃんと目を合わせてくれるようになって、真っ直ぐと見てくれた。




*

 出撃命令を受けた二人は役目を終え、学園へと戻ってきた。

 教室に移動するまでの間、リキはこれまでの経緯を話した。戦闘中に魔法が使えるようになったこと、友達もできてこの学園に慣れてきたこと。

 良かったね、とシルビアは暖かい眼差しで言った。


「ここにいるってわかったらなんか安心したな。リキちゃんがこの学園にいるんだって」


 クラスを案内したリキは、教室と廊下の境界線であるドアのところでシルビアを見上げる。

 その表情は本当に暖かみのあるもので、茶色を帯びた黄色の瞳を見つめていると暖色の効果か、不思議と心がぽかぽかと暖まるような気におちいる。

 心の暖かさが表面に溢れでているのだ。


「このキラキラしたやつは誰だぴょん」

「この小動物なにリキちゃん、どうして喋れるの、というよりいつからいたの」


 肩にいる兎という小動物にシルビアの目が釘付けになる。

 肩に乗っているということを珍妙に思っているわけではない。兎のその小ささと人と同じように喋ることを怪奇に思っているのだ。

 片手に乗れる大きさからすると明らか兎の子供だがそんなふうには見えない。声がしたのは気のせいか。

 いや、気のせいではない。


「私は召喚獣だぴょん」

「兎の召喚獣……」

「力を与えることができるぴょん」

「力……って、なんの?」

「私を傍においておけば必殺技を使えるようになるぴょん。それに炎属性が通常攻撃にプラスされるぴょん」


 シルビアはとりあえず、へえと納得をする。

 もう動物が喋るなんて驚いていられない。内心、兎と喋っていることにドキドキだが召喚獣とあればなんでもありなんだろう。

 召喚獣を間近に見たことのないシルビアにとって召喚獣と会話を交わす行為は初体験だった。


「これは俺のだから無理だけど。スイリュウってやつもファウンズについてる、水属性の召喚獣。俺より先に必殺技使いやがった」


 ムギュっと後ろから兎(ラピ)を鷲掴みにしたのは赤髪のロキ・ウォンズ。

 兎のラピは、何すんだぴょんと反抗したそうだがどうやら鷲掴みにされているせいで上手く抗えない様子。


 リキの召喚獣は今のところ、決まった相手にしかつかないという習性がある。だから決まった者にしか必殺技は使えないしプラス属性も付かない。

 つかれる条件つまり、力を与えてもらえる相手は召喚獣が好いた者に限られている。


 スイリュウに限ってはもうファウンズ・キルにぞっこんだ。ファウンズ以外につくのはありえないほどに慕っている。なぜそこまで好いているのか、纏う空気が似ているからとしか思いつかない。

 どちらも無口で感情のなさそうな瞳にはいつも別の何かが宿っている。それは凡人にはわからない何か。それに気づいて召喚獣スイリュウはつこうとしたのか。


 召喚した当初からスイリュウはファウンズの元に寄り、ドラゴンと戦う力となった。

 召喚される前から召喚獣は、どの人の力になりたいという思念があるのだろうか。


 ロキとラピについては相性が良いのか悪いのか、未だ不明。

 ラピの力がロキに与えられるということは良いのだろうが、必殺技を使えない点としてどこか悪いところがあるのだろう。

 必殺技を使うにはスイリュウとファウンズのように目に見えない何かで繋がっていなくてはいけないのか。空気の中に糸を存在させるように。


 ファウンズは必殺技を使うコツとして「一方的な思いは通じない」と言っていた。ロキにぎゃんぎゃん騒がれて仕方なく適当に発言したものかもしれないが、奥深さを感じる。


*

 一方的というのはロキが必殺技を使いたいという気持ちで、それに対してラピは全く興味がないということなのか。

 だとしたらラピがロキに必殺技を使わせたいと強く思った時に必殺技は発動する、ということになる。果たしてそんな日がくるのか。


「なんかよくわからないけど……」


 ラピから召喚獣の特性を聞きそれとなく理解しつつ、ロキから召喚獣の個個人の話をされ理解を深めたかと思いきや、そうではない。情報が交錯し頭がまわらなくなってしまった。

 それでもひとつだけ、わかることーーお願いしたいことがある。


「俺も召喚獣ほしい! リキちゃん、俺のもよければだして」


 段階なしに、縮めてくる。目をキラッキラッにして。断る余地が見つからない。

 出会った時からこうで一気に距離を縮めてきて、気づく前からすぐ目の前にいた。


 召喚獣から力を与えてもらうにはその召喚獣に好かれることとあともう一つ条件があった。ラピたち召喚獣の主人であるリキと相性度が一定値以上になること。一定以下では無理。

 召喚獣を喚び出した召喚師と召喚獣はどこかで気持ちが繋がっているのだ。

 シルビアとはもう一定値に達していてすでに達成済みだろう。

 一方通行ではだめ。両者ともに歩み寄っているような状態ではないと。


「こいつ誰。この図々しいやつ」


 初めて目にしたやつのくせに、とロキは不満げな顔をしていた。

 今更かと突っ込みたいところだが冷静なものいいに何も言えなくなる。

 癇に障るものの言い方をされているのにも関わらず、シルビアは顔色一つ変えず自己紹介する。

 ここは誰もが嫌な態度を仕返していい場面。それか弱々しい態度か。

 相手のこともわきまえず、自分中心に世界さえ回っているんだという偉そうな態度をとる者に気さくに応じるのは、人類の何万分の何人いるだろうか。


「俺はシルビア・シルフォン。よろしくね」

「僕はライハルト。よろしく」

「……って違うだろ、ここ俺が名乗るとこ」

「私はフウコよ。リキとはセットだから覚えておいて」

「いつからお前らいた」


 ロキはこういう性格だから仕方がない。

 シルビアは全くもって感じていないようだが、淀んだ空気を和ませようと呼ばれてもないのに間に入った二人。とてもさりげない自己紹介、まるで最初からそこにいたかのような錯覚を与えた。ロキは振り返り、半々呆れた様子で問う。

 すでに場になじんでいる感があってなんとも言えない。

 ライハルトとフウコ、この幼馴染セットは予想もしていない時に絡んでくる。特にライハルトの方はいきなりロキのことをモンキー呼ばわり。クラスが同じとはいえ会話を交わすこともそれほどなかったはずなのに。

 そういうところを考えてみれば、急に距離を縮めようとしてくるシルビアとライハルトたちは一緒だと思った。自分の好きな時に好きなように絡んできて仲を縮めてくる。でも一定の距離は保っていて嫌な感じだ。ようは自由気ままだということ。


「ロキくんが妬いているようなところ発見しておもしろそーって思って」

「誰が誰に妬いてるって? そういうノリの悪いジョークやめろよな」


 リキより身長の低いフウコを見下げる。

 わざとらしい言い方。顔を見なくてもわかる、からかっていると。

 それにいつもロキのことを〝ロキくん〟などと呼ばない。フウコは男女問わず誰だって呼び捨てにする。そういうところからして男勝りがにおう。茶色の短髪で少々荒っぽい陽気な喋り方。リキとは違う。違うから友達が成り立っているのか。

 じっと見つめて次の反応を待っていると、前置きもなく破顔した。



*

「にやっ」

「それやめろ。きもい」

 公共の場でさらすものじゃない。

「きもいはないんじゃないの? 友達にむかって」

「誰が友達だ」

「リキの友達は私の友達」


 冗談半分に言うフウコだが複雑な顔をして黙ったところを見ると、ロキはリキのことを友達だと認めているのか。リキの召喚獣に力を与えてもらっていて、頻繁に顔を合わせているのだから友達だと認めざるおえないが。

 そんな会話や今までの成り行きを見て、四人は友達なのだと確定した。


「なんだか面白いお友達だね。仲良くなれたらいいな」


 そうやって王子スマイルを浮かべる。

 どこをどう見たらそんな発言が出てくるのか。

 リキ相手にだけではないとわかったロキはあることが思いつく。

 天然の二文字。

 その確信は他の者たちにも一斉に広まった。

 常に穏やかな表情をしているシルビア。


(こんな愛嬌を振りまくる相手と仲良くなれないわけがない)

 と、フウコ。苦手なタイプではあるが、一種の奇人に見えたとしてもそれはロキと同じだから仕方がない。慣れが必要だ。慣れることには慣れている。

(仲良くなれなかったらこちらに非がありそうだな)

 と、冷静に分析するライハルト。単純に思ったことで、悪い意味ではない。

(あれだ、天然(バカ)だな)

 と、ロキ。この一言に限った。





「シルビア、バトルしようぜ」


 後ろから声をかけられ、振り返ったシルビア・シルフォン。見知った男子生徒が晴れやかな表情をしていた。

 彼は戦闘好きなのか顔を合わせるたび言ってくる。冗談かどうか定かではないが、冗談半分といったところだろう。

 シルビアは戦闘好きな方ではない、嫌いな方だ。

 微笑しながら断ると男子生徒がシルビアの隣の者に視線を移す。


「その女の子と組んでやるってのはどうよ」


 とぼけた顔をするのはリキ。

 皆と仲良くなれたらいいなと言いつつも、歩きながら話したいとシルビアが言うので誘いにのったのである。教室に残っているロキたちは何を思っているか。

 静かな中庭に向かおうとしていた廊下で男子生徒に出くわした。

 考えているような仕草をしていたシルビアはリキの瞳を覗く。


「一回だけ、いい?」


 何が理由で早くも気が変わったのか。




 男子生徒の相棒である女子生徒が魔法攻撃を仕掛ける。

 機敏に反応できずリキとシルビアはまともにくらう。が、次の攻撃は受けまいとリキが防御魔法をはった。

 斜め後ろにいるシルビアも攻撃を受けずにすむ。


 男子生徒が地に剣を刺す。と、そこからいばらが何本か生え、まるで生きもののように素早く動く。

 女子生徒の攻撃魔法に気を取られているうちに、前進した数本のいばらはリキとシルビアに巻きついた。


 近くにいたせいで一つに巻き縛られ、真っ正面に互いが存在する。いばらに包まれた二人は身じろぐがびくともしない。


「ごめん。ちょっとダメージ受けると思うけどーー《|炎の渦(ファイアスワール)》」


 自分らを炎で包み、いばらを燃やそうとする。動けない状態で相手の攻撃を受け続けるよりも、一度の魔法攻撃で解いた方が明らかに良い。

 思惑通りいばらは燃え、二人の拘束は解けた。





「リキちゃん強くてびっくりした。いばらに縛られた時なんか自らを炎で包むなんてことして。あの判断力、俺感嘆したよ」


 シルビアが絶賛を博す。

 口先だけではないとわかる輝々たる表情と饒舌な口ぶり。

 そんなに対したことをしていないと思うリキの横でシルビアだけが些細な興奮状態。



*

 戦闘(バトル)はシルビアとリキのペアが勝利した。

 シルビアは盾の防御を活かし徐々にダメージを与えていき。リキは攻撃魔法を使って女子生徒の魔法をできるだけ封じ、支援として防御魔法や回復魔法を駆使。


 演習だとしても負けるのはなんとなく悔しい。

 本番で戦闘が役に立つのだと知ってから本気でやるようになった。魔物相手に演習できないから頭脳のある人間相手に挑む。

 自分と同じ頭脳のある人間に勝つには策略と力が相手より長けていなければならない。実戦を重ね自分の実力を知り、向上していく。それが理想。


 最初は魔法とは無縁だと思っていた。

 回復魔法なんて使えないし攻撃魔法なんてもっと使える気がしなかった。

 でも魔法学園に入ることになって。

 きっかけが回復魔法を無意識に使ったところをサラビエル講師に見られたこと。


 初めに出会ったのが今傍にいるシルビア・シルフォン。

 回復魔法使える子を探していると言っていた。


「頑張ったんだね」


 その言葉にリキは微かに瞳孔を開く。

 全てが知られているような、包み込まれるようなそんな気分になったことに自分でも驚いた。

 魔法なんて使えなくて、なのにこんな所に連れてこられて。本当は不安で仕方がなかったのかもしれない。

 でも知っている人なんていなくて誰にも頼れない、って心にシールド張って、心細いとはける場がなかった。


 今になっては魔法も使えるようになり、フウコという友達や彼女の幼馴染であるライハルト、クラスメイトのファウンズやロキがいるので寂しくはない。

 それどころか魔物にどう対抗するか考え始めているところである。


 小さくて大きなところに気づけるシルビア・シルフォンはいい人なのだと思う。無意識に発言したとしても、自分にとって小さいことで相手にとって大きなことを口にできるのはすごい。


 魔法が使えるようになって、頑張ったねと褒めてくれる人はいなかった。学園に慣れてきたことに褒めてくれる人もいなかった。大人だからという理由もあるが。

 皆、普通にしてきたことだから。

 リキにとっての難問ーーそれを皆は成長するとともに解いてきた。空いている門をただ通ってきたようなものだ。それに追いつけるように成長を急ぐのは精神的にも疲れる。

 閉じている門は何度叩いても開きもしないし砕けもしない。門外で中のことを予測し勉強するだけ。

 それでも必要な情報は備わっている。

 こうして門内にいる人が接してくれるから。


「新たな召喚獣を感知したぴょん」


 シルビア・シルフォンは、些細なことだが大事なことに突き、自分でも知らなかった気持ちを気づかせてくれる、そんな人なのかもしれない。

 そう見做(みな)した途端、肩に乗っていたラピが急に喋り出した。

 何かを察したかのようにどこかを真っ直ぐ見て。そんなラピをシルビアも見つめている。


「リキ。召喚魔法を使うぴょん」

「え、こんなところで?」


 人影のある廊下である。すぐ傍にいるわけではないが迷惑にならないか。


「どこかいってもいいぴょん?」

「どこかって、召喚獣ってどこか行くの?」

「そんな現実味のある話はいいから早く召喚獣を喚びさましてあげるぴょん」


 現実味のある話かどうかはおいておくとして単なる脅しだったようだ。ラピにしては珍しい。

 ご主人様に対しては従順な兎の召喚獣ラピが、ご主人様であるリキに脅しをかけた。

 それほど急いでいるのだろう。


「召喚魔法ーー」


 念じ、出会ったことのない召喚獣を喚びさます。

 それは不思議と成功するものだ。


*

 地に現れた召喚獣はリキたちを見上げる。

 ラピの三、四倍ほどの大きさをもつ召喚獣は耳の生えた。


「猫……?」

「なにこれカワイイ」


 目をパチクリさせる猫に近づきしゃがみ込んだシルビアはその猫の頭を撫でる。大きな瞳が撫でる相手を探るように見つめている。

 兎の次は竜で今度は猫が召喚獣として現れた。身近なものからかけ離れたものへ、そしてまた身近なものへ。

 気を許せる者と判断したのか猫はシルビアの腕を飛び越え肩へと乗った。突然のことにシルビアは立ち上がり困ったかのように言う。それでも嬉しそうに。


「なんか慣れた?」


 可愛いものは目の保養になる。シルビアの両肩を使って立っている猫は軽量そうだ。

 黄色の毛並みで瞳は黄色がかった茶色。なんだかシルビアと同じ瞳に見える。


「気に入ったと言ってるんだぴょん」

「気持ちわかるの?」

「なんとなくぴょん」


(ああ、やっぱり)

 残念感と納得感。同じ召喚獣だとしても気持ちが伝わるわけがない。

 質問したリキ以外も思う。


「名前とかあるのかな」

「召喚された当初は皆名前がないぴょん」

「じゃあラッキーとかどう?」


 最初から考えていたのかシルビアが猫を見ながらに答える。

(ずいぶんと無難な名前ぴょんね)

 ラピの心情は大人だ。


「あ、でもやっぱりこれはリキちゃんが決めるべきかな。ほら、主(あるじ)だし」

「別にいいよ。その子もシルビアくんに名前決めてほしそうだから」


 そうかなとシルビアが猫を窺う。


「それならラッキーで決まり、っと」


 名前が決まった途端、シルビアの肩から飛び降りたラッキーがリキの目の前に座る。そして瞳を瞑り、微かに頭を下げた気がした。


「よろしくってことかな。ラッキー、これからよろしくね」


 普通の猫ではない行動に戸惑いつつも笑顔を向けた。





 わざわざ報告するために教室に戻ってきたのは相当嬉しかったに違いない。


「召喚獣、生まれたよ」


 と、ロキの姿を見つけ次第足速に目の前まで行き嬉々を隠しきれない表情でシルビアは言った。

 どんな返答をしてくれるか。


 意味不明の文字を浮かべるロキはいきなりのことについていけていない。机にピョンッと何かが乗ったことで第一段階話が進む。


「……猫?」


 机に乗った身軽な猫は、黄色の毛並みの目がくりっとしたもので栗皮色の瞳はどこか奥深さを感じさせる。どこかシルビアに似ていなくもない。これが本当に召喚獣なのだろうか。


「おめでたね」

「なんか羨ましくなってきた」

「あんた、狙ってる?」


 フウコとライハルトが加わる。離れた距離でも聞こえていた。羨ましがるライハルトを隣から伺うフウコ。


「ロキにつく兎に、今回生まれた……天狐(テンコ)くんにつくかもしれない猫。二体もいたら十分だと思うけど」


 天狐とはシルビアのことを示している。シルビアを表す二文字、天然とかけているのだ。シルビアはそのことについて何も反応しない。

 ロキの呼び名は不良的な印象、ヤンキーとかけたモンキー。そのことを踏まえれば天狐なんて呼び名はその漢字通りモンキーとは天と地ほどの差があり、悪くない方。


 ライハルトのつける呼び名は閃きだけでできるものだからある意味危険。だがそれは親しくなってみたいという気持ちができたという証なのである。

 一線距離をとって相手の様子を見、やはり興味がないと思ったらとりあえず離れておく。それでやっぱり興味がなかったと思ったら関わりをなくす。それがライハルト。



*

 名前で呼ばれるようになったロキは認められたということか。だがたまにモンキーさんと呼ぶことがある。60パーセントの確率で。

 リキの呼び名は巫女さんだった。格好がそれっぽかったから。リキの場合、あだ名がしっくりこなかったのか初めの方にしか呼ばれていない。


「あと、もう一体いるよ」


 リキの言葉によりチビ竜の存在を知らない二人が沈黙後、揃えたかのように沸き立った。何の動物、誰の、と。


「まじ羨(うらや)ばくなった」


 二人だけではない。実験台が三人もいたのか。

 抑揚をつけずにライハルトは一人呟く。

 あんたの造語(そうご)発言の方がやばいわよ、とツッコミを省いたフウコだった。

 そのためリキは疑問符を浮かべたまま。




 確かロキに聞いたことがあったなと思い出したシルビアの要望により、ファウンズの元へやって来た。

 なんとなく、中庭だと思っていた。

 リキたちを無表情で見据えている。まるで鷹のように、いや狼のようにか。ついでにとついてきたロキは負けじといつもより睨みを利かす。


「何だ」

「お前に用があって来たんだよ」

「あまり俺に近寄らない方がいい」


 瞳に宿る感情の真意はわからない。

 ここから立ち去らせる出任せの発言だろう。


「別に俺噂とか気にしてねえから」

「噂? 噂って何?」

(空気読めないやつか)


 能天気な声が小爆弾を落とす。その純粋な目に暴言という鋭利なものを刺してやろうか。と思ってもこの場ではロキはやらない。


「お前人の気考えろよ。普通に知れ渡って浸透しきってるだろ」

「俺と血筋の繋がる者が人殺しという風説のことか」

「あ、それって本当なの?」

(直球だなおい、どっちもよ)


 そしてどっちもシュールだ。

 シルビアの度を越す台詞にすでに諦めたロキ。これ以上は見守るしかない。

 しばしの沈黙後。


「俺は本当だと思っている」

「それって本当かどうか実のところは知らないってこと? それなのにそんな決めつけるような言い方していいの?」


 ファウンズはシルビアのことを刺すような視線で見ている。


「真実がわからないなら自分が望む方を期待した方がいいと思うんだ」


 奥深しい話に瞳孔を大きくしていたファウンズだが、最もらしい意見に少しだけ瞳孔を開いた。感情の豊かな人物の傍にいるとそれが影響するのか。といっても表情筋は鉄のように動きはしない。


 脱線していたことに気づき、シルビアは目的を話す。


「今回は君の召喚獣を見せてほしくて来たんだ」

「俺は召喚獣なんかだせない」

「君のって言っても君が喚びだすものじゃなくて、この子が喚びだすもの」


 リキを一瞥する。


「勝手にやってくれないか」


 目的を果たせる者がいるのならその者だけで十分。どうして関係のない者まで巻き込もうとするのか。

 完全に関係ないというわけではない。リキが喚び出した召喚獣には世話になった。ドラゴンとの戦闘時にスイリュウに力をかしてもらい、属性が付くというのはこんなにも力が変わるものかと驚いた。

 しかし、そもそもあの召喚獣は俺のじゃない、と思う。


「そうじゃなくて、君がいないと召喚できないんだって」


 召喚獣の力を貸すべきものが傍にいないと召喚できない。召喚獣は力を貸すべき者に反応し喚び出され現れる。だから、一度召喚獣に懐かれた者が傍にいないとその召喚獣は現れない。


「ラピ先生がそう言ってた」

(ラピ先生……?)


 ファウンズは内心首を傾げる。



*

 ラピは召喚獣でありながら兎であり、兎でありながら博識なのだ。シルビアがラピの知識を褒め称えると調子に乗ったラピが「ラピ先生と呼ぶぴょん」と言い、まさかそれに乗るわけないだろうなという皆の予想を覆し素直に呼ぶようになってしまった。兎をだ、兎を。


「だったら早急に頼む」


 一応納得したファウンズが物事を終わらせようと急かす。無理だと言っても無理そうだ。シルビアには勝てそうにない。


「小さい竜、可愛い!」


 急いでリキが喚び出したスイリュウの容姿に感激したシルビアは質問を迫る。


「名前は? なんていうの?」

「スイリュウ」

「いい名前だね。やっぱり君が付けたの? 俺もこの猫、ラッキーって付けたんだよ」


 どうでもいいという顔をする相手に自分の召喚獣の紹介をする。


「あ、そうだ。ファウンズって呼んでもいい? 俺はシルビア・シルフォン」


 これまた呼ぶことのない名前。


「俺はロキ・ウォンズ。知ってるだろ」


 クラスメイトなんだし、と言葉にはせず視線を刺す。


「これから俺たち仲間だね。同じ召喚師から力を貸してくれる召喚獣が生まれてる」


 共通するものがあれば仲間なのか。単純だなと二人は薄々思った。

 仲間の定義というものは知らない。



(期待しても真実は変わらないし、わからないって言ったらただの屁理屈になるか)

(俺の場合、俺に反応して生まれたわけじゃないけどな。そこんところ考えるとあいつが俺につくのはなんでだ)



 それぞれに考えることがある。

 ファウンズははじめの方のシルビアの発言について。

 ロキは二人と共通しないところに関して。


「同じニオイがするんだぴょん」

「同じニオイだ?」


 気になったロキは早々にラピに訊いた。



「意思を固く決意できるというところは他の人にもあるぴょん。それに加えて人を思いやる気持ちが一緒なんだぴょん、人を思いやる時の眼差しが同じなんだぴょん、というところはついてから気づいたぴょん。ニオイで直感的にこやつだと決めたんだぴょん。おまえは特別ぴょん、私の気まぐれで力を手に入れるようになったぴょん、リキが傍にいればそれは永遠の力となるぴょん」


 ぴょんぴょんしつけーな。

 もう少しで十回達したのではないか。


「傍にいなかったら?」

「おまえが思ってる通りぴょん。そうなったら私は他のやつにでもつくぴょん」


 卒業したら離れることは確実でそうなったら必殺技の使えるおもしろい力を使えなくなる。未だ必殺技は使えていないが。


(そうしたらこいつは別のやつにつくのか)


 少し寂しい気持ちにならなくもなかった。

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