箱庭の楽園 (4)

 皆藤さんの会社の社員全員に “言の葉” を注入してから3週間後、マヤコが駅前の繁華街を歩いてると、街頭モニターの映像が一斉に切り替わり、能面のようなアナウンサーが淡々と次のようなニュースを読み始めた。


「緊急ニュースをお伝えいたします。先ほど、都市衛生管理局より新型ウイルス感染症に関する通知が発表されました。これより、その記者会見の模様をお伝えいたします。」


 少々尋常ではない雰囲気のニュースに、行き交う人々は、ひとり、またひとりと足を止めて、街頭モニターに集中しはじめた。

 ニュースは、役所の人間が資料を見ながら話をしている場面へと切り替わった。


「えー、都市衛生管理局長の鈴木です。昨日の午後16時ごろ、玉田製薬会社より新型ウイルスの感染症に関する報告を受けました。同社では、毎月定期健診を行っていて、前回の検診、つまり、えーと、先月の20日ですね、その時の検診で、社員の複数名が新型ウイルスに感染していることが確認されていたとのことです。」


 局長が眼鏡を押し上げる動作をしながら顔をあげると、集まったマスコミが一斉にカメラのシャッターを切り、画面には「フラッシュの点滅にご注意ください」の文字が表示された。


「先月に感染が分かっていたのに、何故今頃の発表となったのですか!?」


 記者のひとりが質問した。

 このくだりが全て台本通りに演じられているものであることをマヤコは知っていた。

 1週間ほど前に、医療従事者と政府関係者、公務員、大手マスコミ社員など、大衆を操作するために重要な位置にあたる人々への “言の葉” 注入が完了した、と皆藤さんに教えてもらっていたのだ。


 局長はどうも演技が苦手のようで、必要以上に緊張しているため、逆に真に迫った表情に見えた。


「何故、今頃の報告になったのか…ですが、先月の20日に感染が発覚してから、玉田製薬会社では、社員全員の検査、ならびに原因の調査を行っていたとのこです。それで、都市衛生管理局への報告が昨日になり、報告を受けた我々は、まずは対策を講じることが先決との判断に居たり、発表がこの時間になった次第でございます。」


 局長がまた顔をあげて前を向いたので、一斉にフラッシュがたかれた。


「質問は後にしてください。局長、続きをお願いします。」


 隣に座っていた生真面目そうな男が言った。広報担当か何かなのだろう。場慣れしている。

 局長は、うん、と頷いて資料の続きに目を落とした。


「都市衛生管理局ではこの報告をうけ、事実関係の確認を進めると同時に、念のために当局職員の検査も行いました。その結果、当局にも若干名の感染者が確認されました。そこで、新型ウイルスが外部に漏れた可能性はゼロではないと判断し、早くとも今週末から全住民に対する検査を開始できるよう、さきほど手筈を整えた終えたところであります。」


 人々はニュースの画面を見ながら、不安そうに顔を見合わせたり、携帯で何か調べたりし始めた。


「みなさまは、この報告を受けて、不安に思うことがたくさんあるかと思いますが、玉田製薬会社によりますと、同ウイルスは実験のために病原性が弱められているものであるため、感染していても直接的に人体になにか影響があるわけではないとのことです。ただ、症状がでにくいため、自己判断で感染の有無を判断することは不可能とのことです。幸い、このウイルスに対する特効薬は開発済のため、感染が確認された人には直ちに投与できるよう、全住民分を急ピッチで準備させています。なお、先に感染が確認された玉田製薬会社社員、ならびに当局職員にはこの薬を既に投与しており、現在は全員のウイルス検査陰性が確認されています。」


 ここまで聞いて、半数の人は足早に去って行った。マヤコはその場に残って人々の反応を見ていた。

 ニュースはアナウンサーの画面に切り替わった。


「会見の途中ですが、ここで専門家を招いて状況を詳しくお伝えしたいと思います。スタジオにはウイルスの感染症に詳しい花山教授にお越しいただいています。先生、今回の件ですが…いったいどういった過程で起こったことなのでしょうか?」


アナウンサーの質問に、隣の髭面の男が解説しはじめた。


「玉田製薬では、昨年から新薬開発のためにウイルスの研究を行っていたと聞いています。何らかの人的ミスによって人工的に変異させたウイルスが流出してしまった可能性が高いのではないでしょうか。通常、ウイルスの…」


 ここで電話がなった。サチエからだった。


「ニュース見てる?始まったね。」


「うん、今ちょうと駅前のモニターで見てる。」


「外にいるの?みんなはどんな様子?」


「ほとんどの人は立ち止まって見てたけど、その場でパニックを起こした人はいなかったよ。」


 サチエはこれから、ナミヲのところに行くつもりだと言った。マヤコもすぐに行くと言って電話を切った。


 ナミヲの家に着くと、他のメンバーも集まっていた。

 彼ら先行組は、ナミヲの家に定期的集まって情報交換を行ってきており、すっかりこの家が秘密のアジトみたいになっていたのだ。

 皆藤さんからの情報で、彼らは近々政府から何かしらの発表があるころだとは知っていた。

 それが今日だったのだ。


 テレビのニュースでは、発表を受けた街の人々の様子が映し出されていた。

 初めはびっくりしましたけど、大したことなさそうで安心した…といったインタビューが多く報道されていた。

 一部のスーパーなどでは、なぜか保存食やトイレットペーパーを買いあさる人が出現したようだったが、このくらいのパニックは想定内だった。

 マスコミは、慌てる必要はない、ただただ検査をしましょう、と繰り返し報じていた。


「もっとみんなが慌てない通知の仕方ってなかったの?」


 “言の葉” を注入済のサチエの弟アタムがテレビを見ながら言った。


「ある程度自分に害があるかもって思わないと人は動かないし、かといって死への恐怖をあおりすぎると、暴動を起こしたり、逃げたりする人が出てくる。みんなを過剰に恐れさせないで、でも確実に検査をさせる…これくらいがちょうどいいのよ。」


 社会心理学を専攻しているサチエがアタムに説明した。


「対応を玉田製薬に丸投げしてしまってよかったよ。」


 神田ヒロシが言った。


「僕が計画を仕切っていたら、致死率の高いウイルスが流出した!とか言ってただろうな。」


 それを聞いてみんなが笑った。

 マヤコはまるでSF映画のようなパンデミックパニックの世界を想像して身震いした。


「そういえば、あなたの彼女には何て言うつもり? 皆藤さんに言ったら優先で入れてもらえるんじゃない?」


 サチエが弟のアタムに聞いた。

 皆藤さんは、いいよと表情で答えた。

 それを見て、アタムは首を横に振ると、急に真面目な顔になって姉を見返した。


「どうしたの?何か心配ごと?」


 姉が聞き返すと、アタムはポロポロと涙をこぼして泣き出してしまった。


「何なの?話してみ。」


 サチエがそっとアタムの背中をさすった。


「はーやん、妊娠してるんだ…」


 えっ?とサチエは驚いた声を出した。


「そんな大事なこと!何で早く言わないのよ。」


「まあまあ、サチエちゃん。アタムくんは高校生だろう?なかなか言い出せないよ。」


 ケンタが姉弟の間に割って入った。


「僕だって、早くはーやんに “言の葉” を入れてあげたいんだけど…でもあれ、すごい衝撃じゃん。大丈夫なのかなって心配で…。」


「アタム君、大丈夫だよ。」


 皆藤さんが優しい声で言った。


「これまで妊婦に “言の葉” を投与したケースはあるよ。それで、特に不具合が起きた報告はない。胎児も親があっちの物質を取り込んでいれば同様の状態になり、“言の葉” も正常に取り込むことがわかっている。最初に投与に同意してくれた我が社の社員に感謝だよ。“言の葉” を接種後に生まれた赤ん坊も既に1ケースだけだけど、いる。今のところ問題は起きていない。」


 それを聞いてアタムはいくらか安心したようだった。


「じゃあ、さっそくはーやんのところに行って “言の葉” を入れてあげようよ。」


 のぶよが明るい声で言った。


「え?今から?」


「だって、早くはーやんの心配を取り除いてあげた方がいいでしょう?ウイルスのニュースが出ちゃったからきっと怯えてるよ。ストレスは妊婦にとって大敵なんだから。」


「ってゆうか、何であんたここに来てるのよ。そんな状況ならはーやんの傍にいなきゃダメでしょう?」


 サチエに怒られて、アタムは自分だけ事情を知っていて、どう説明すればいいんだよ…とメソメソ泣き出した。


「泣いててもしょうがない、さあさあ、立って、行くよ。」


 アタムと皆藤さん、それにマヤコとサチエとのぶよの女性チームが対応することになった。


 アタムがはーやんに電話をすると、なぜ電話に出ない、なぜすぐ来ない、と言って彼女は激怒していた。それはそうだ。

 やむなく皆藤さが電話を代わり、「私は医者です。アタム君に相談を受けていました。今からそちらへ行きますよ。」と言って彼女を安心させた。


 はーやんは小さなアパートで独り暮らしをしていた。高校に通うために両親と離れて暮らしているとのことだった。

 そう言えば、彼女から両親の話をそれ以上聞いたことがないな…とアタムはぼそりと言った。


 はーやんは部屋の隅にうずくまって泣いていた。

 姉に背中をどつかれて、アタムは彼女の傍に行った。


「連絡しないでごめんよ。俺もあのニュースでパニクッて姉貴の知り合いのお医者さんに相談しに行ってたんだ。」


「なんで連絡しないのよ。」


「本当にごめんよ。」


 皆藤さんが彼女の向かいに座って、やさしく話しかけた。


「驚かせてごめんなさい。僕は医師の皆藤といいます。」


 皆藤さんは名刺を彼女に渡した。

 それを見て、はーやんは、ギョッとした顔をした。


「玉田製薬って、あの?」


「そうです。この度は弊社のとんでもない事故のためにこんな思いをさせてしまって大変申し訳ありません。」


 はーやんは皆藤さんを無言でじーっとにらんだ。


「ニュースで報道させれているとおり、今回流出したウイルスはほとんど無害です。心配ありません。幸い、完全に治療できる薬もあります。この薬はお腹の赤ちゃんにも無害です。既に我々の社員によって証明されています。」


 はーやんはアタムの方を見た。


「妊娠のこと、この人たちに話したの?」


 アタムは頷いた。


「アタム君は、何よりもまず君と赤ちゃんのことを心配するあまり、お姉さんを通じて私に相談しに来てくれました。ネットの不確かな情報を見たりしないで、一番の専門家に相談したことは立派な行為です。腹がたつのはしょうがないですが、許してあげてください。」


 皆藤さんの優しい言葉に、はーやんも徐々に心を開いていったようだった。


「じゃあ、今日は、特別に、私が君の検査をしましょう。で、会社から特別に薬をもらってきましたから、もしも陽性だったら、すぐにここで治療をしたいと思います。どうでしょうか?いいですか?」


 はーやんは、突然のことにしばし考えていたが、アタムの強い頷きにも勇気づけられたのか、検査と治療を了承した。


 皆藤さんが、鼻の粘膜を採取し、持ってきた検査キットにこすりつけた。いつのまにこんな物まで作ったんだ…マヤコは驚きなら見ていた。

 数分後、検査キットの陽性の枠に見事に線が出て、はーやんはあっちの世界の果汁を吸い込んでいることが証明された。


 それを見て、はーやんとアタムは泣き出したが、二人の涙の意味は大きく違っていた。


「それでは…」


 と言いながら、皆藤さんが注射器を出すと、はーやんは少々緊張した顔をした。


「注射なんですか?」


「はい。この薬は血管に入れないと効果が出ないんです。」


 皆藤さんが注射すると、はーやんは、がくっと後ろにのけぞり、そして覚醒した。少し気分が悪そうにしていたが、吐きはしなかった。


「これは…何ですか?」


 はーやんはかろうじて聞き取れる声で言った。


「これが、この世界の真実です。」


「こんなことって…。」


 そう言いながら、はーやんは涙を流した。アタムが彼女を肩をさすりながら優しく声をかけ始めた。


「二人でさ、この子を育てていこうよ、あっちの世界でさ。」


 するとはーやんは、アタムの腕を振りほどいで、怒りはじめた。


「簡単に言わないでよ! 産むのは私なのよ!? せっかく産む病院も決まって、いい先生に巡り合ったばかりなのに! 何百年も “出産” を経験していない世界なんだよ。運よくこっちで産めたとしても、ここと同じように、あっちでも赤ちゃんの世話ができるの? ミルクとか哺乳瓶とか、オムツとかあるの?」


 アタムは彼女が怒りだすとは予想していなかったようで、びっくりしすぎてフリーズしてしまった。

 代わりに皆藤さんが答える。


「はーやんさん。大丈夫ですよ。僕の把握している限り、こっちの世界の医療チームはごっそり、あっちの世界へ移行することを望んでいます。きっとあなたの主治医もあちらへ行くことでしょう。それに、クローンとは言え、あちらにも赤ちゃんは存在します。赤ちゃんを育てるのに必要なものはそろっていますよ。それに、我々もすぐ作れる。」


「そうそう、それに、私達もついているよ。」


「小うるさい小姑もいるし!」


 マヤコと、サチエ、のぶよの面々もはーやんに寄り添って励ました。


 次第にはーやんは落ち着きを取り戻した。


 この子が産む子供たちが、新しい世界の第一世代になるのかもしれない…とマヤコは思った。

 妊婦を見たら先生はどうするかしら? 絶対に変な実験はさせないからね。マヤコは誓うのであった。


 それからほどなくして、一般人にも次々と “言の葉” が注入されて行った。若い人たちや教育者を優先的に検査していったので、マヤコ達の高百大学の学生と教授たちは草々に覚醒した状態となった。

 そして、授業はそっちのけで、向こうの世界へ行くべきか、残留するべきかの議論がいち早く始まっていた。


 のぶよはその議論会に積極的に参加して、向こうの世界へ行くべきだと主張するグループのリーダー的存在になりつつあった。


 マヤコは議論にはあまり興味はなく、世論がどっちに向かおうと、一人になったとしても、何が何でもあっちの世界に戻るつもりだった。

 また、大学に行くと、一部の学生から救世主扱いされて疲れるので、ほとんどナミヲの家に入り浸って過ごしていた。


 先行組と一緒にいると落ち着くし、ナミヲが時々ハヤトと話をするので、それを聞きたいという理由でもあった。

 今日はめずらく、アタムに付き添われてはーやんもナミヲの家に来ていた。何か相談があるらしい。


「私の友達に検査や注射を受けないって言っているグループがいて…ちょっと無視できない感じになってきたので、みなさんに言った方がいいと思って…」


「詳しく聞かせてくれる?」


 ケンタが興味を持ったようだ。


「いま高校生の間で、ナチュラル思考…というのか、なんか妙な宗教みたいなものが流行りはじめていて。たぶん、ウイルス騒動の前から少しあったんですけど、これを期に一気に広まったみたいなんです。」


 はーやんが言うには、その集団は若者ばかりの集まりらしく、リーダーは佐奈田マリコという人で動画サイトのチャンネルを持っていて、そこで仲間を集めているそうだ。

 早速その動画を見てみると、佐奈田マリコは驚くべき内容を語っていた。


「我々は神によって作られました。我々が彼の楽園に帰還し、その約束の地で繁栄することを神は望んでいます。そのためには清き食べ物と水を口にし、神の思考に近づかなくてはなりません。しかし、現在、我々の政府はそれと真逆の行為、化学物質によってこの世を汚し、我々を永遠にこの不毛の大地に閉じ込めるべく、悪魔の薬を人々に与えようと目論んでいます。さあ、いまこそ、神の子である我々は、この悪しき大人たちに立ち向かい、約束の地へのゲートをくぐるべく精神と身体を浄化しようではありませんかっ!」


 佐奈田マリコがばーんと天を仰ぐ動作をすると、画面はホワイトアウトし、癒し系の音楽が流れ始めた。この音楽を聴きながら瞑想をしましょう…ということのようだ。


「すごいな…こんなに正解で、同時に不正解なものを見たのは初めてだよ。」


 ケンタが言った。


「彼女を取り込むのは簡単そうだな。ナミヲに話しをさせてたらよさそうだな。どうする?みんなで行く?」


 佐奈田マリコの元へは、神田ヒロシ、マヤコ、皆藤さん、ケンタ、ナミヲのメンバーで行くことになった。


 ホームページに問い合わせフォームがあったので、信者になりたい学生を装って、事前に連絡を入れておいた。

 佐奈田マリコは雑居ビルの1室に事務所を構えていた。ナチュラル系の集団にしてはいささか不釣り合いな場所ではあったが、思ったより予算がないのかもしれない。


『マリコの瞑想室』


 ドアにはそう書かれていた。


 コンコンと神田ヒロシが二階ノックした。中から「どうぞ」という声が聞こえた。

 入ると、そこは狭いスタジオのような空間になっていた。


 床の真ん中に、動画で見た佐奈田マリコが座禅の姿勢で座っていた。

 奥のソファーには、彼女と雰囲気がよく似ている男性がくつろいだ様子で腰を下ろしていた。


「予約していた神田です。友達も連れてきちゃったんですが、大丈夫ですか?」


 佐奈田マリコはゆっくりと顔をうごかして、訪問者の面々を見回した。そしてにっこり笑うと、どうぞと仕草で示した。

 神田ヒロシたちは彼女の前に座った。


「ようこそいらっしゃいました。あなた方は全員、私の言葉を聞いて来てくださったんですか?」


 神田ヒロシは頷いた。


「みんなであなたの動画を見たんです。それで僕驚いてしまって。」


「そうでしょうね。とても受け入れがたいことかもしれません。でも私が話したことは真実なのです。」


 この言葉に、ケンタがにやりと笑って口を開いた。


「あ、そうじゃないんですよ。実は、僕の友達の…ここにいるナミヲもあなたと全く同じことを言っていたからなんです。」


 佐奈田マリコの目が大きく見開かれた。


「ナミヲ、彼女に話して聞かせてよ。」


 ケンタに誘導されて、ナミヲがずいずいっと前に出てきた。


「私、ナミヲは、創造主ハヤトによって造られた。そして、ここにいる神田ヒロシ、篠崎マヤコ、そしてナミヲは、何を隠そう、創造主ハヤトによって直接 “言の葉” を入れられた唯一のヒト型なのであーる。」


 それを聞いた佐奈田マリコは、動揺を隠せない表情となり、後ろを振り返った。ソファーに座っている男が小さく頷くのが見えた。

 佐奈田マリコは前を向くと、ナミヲに向かって話しかけた。


「あなたはなぜそれを知っているのです?どこで聞いたんです?」


「それはナミヲもあなた方に聞きたい。ナミヲはこの世でただ一人、この世界から創造神ハヤトとお話できる人間なのですよ。」


「詳しく聞かせてくれないか?」


 ソファーに座っていた男性が立ち上がって、佐奈田マリコの隣に座った。


「申し遅れました。私は家須キヨヒトです。この団体の理事をしています。」


 神田ヒロシがナミヲからバトンタッチをして話を始めた。


「私と、ここにいる篠崎マヤコさんは、創造神ハヤトと直接会って話をしています。僕らはあちらの世界に招かれたのです。そして、あちらの世界で創造神を造ったという全く別の神々にも会いました。その神々は、彼らの世界の繁栄のために、我々を造り、そして、あちらの世界で生きていくことを望んでいました。」


 佐奈田マリコは、頷きながら涙を流し始めた。


「こちらの世界の人々を、あちらの世界へ連れて行くために、神々はいくつかの手順を設けました。我々は、それを今、進行中なのです。」


「それでは、あなたたちは、我々と共に戦ってくれるのですか? 悪しき政府から人々を開放し、約束の地へと向かうことを我々は目的としています。」


 家須キヨヒトが言った。神田ヒロシは首を振ってそれに答えた。


「我々は人々を約束に地へ導くために活動はしていますが、一つだけ、あなたたちに打ち明けたい真実があります。それは…」


 神田ヒロシの言葉に、佐奈田マリコと家須キヨヒトはぐっと身を乗り出して、聞く体制になった。


「実は、我々は既に政府を味方に取り込んでいるのです。政府がここ最近で急に始めた一連のウイルス関連ですが、あれは全て、我々を約束の地へと導くための準備なのです。」


 佐奈田マリコと家須キヨヒトは小さく「ウソだ…」と言って、不安な表情になってしまった。


「こんなふうに言っても、あなたたちは信じてくれないでしょう。どうすれば私達の話が本当だと信じてくれます? 佐奈田さん、あなたはどうやってこの事実を知ったのですが? 何か見えたり聞こえたりしたのでしょうか?」


 ここでようやく佐奈田マリコが肩の力を抜いて、うふふと笑った。


「一瞬、あなたたちが政府の回し者で私達を騙して洗脳しに来たのではと疑ったのですが、信じますよ。だって、最初にナミヲさんが “創造神ハヤト” と言ったでしょう?その名前は私達は活動の中では言っていません。その名は私と家須だけしか知らないはずなんです。だから信じますよ。」


「あなたはその名前をどうやって知ったんですか?」


 ケンタの問いに、佐奈田マリコは家須キヨヒトの方を見た。


「神の声を聞いたんですよ。私じゃなくて、家須が。私には何も聞こえていません。でも家須は人前に出るタイプではないですから、私が代わりに神々の声をみんなに伝えていたんです。」


「神の声を聞いた?」


「そうです。」


 家須キヨヒトが静かに話し始めた。彼は、昔から幻聴に悩まされてきて、この世が滅びるイメージに取りつかれていたそうだ。

 そんなある日、寝る前など心が落ちくつタイミングで、はっきりと誰かが話をしているのが聞こえて来たそうだ。

 それは今までの幻聴と違って、ものすごく具体的な会話が聞こえて来たのだ。


 その会話から、話しているのは創造神ハヤトで、どうやら我々を造った時の話をしているらしいことが感じ取られたという。


「私ははっきり聞いたのです。『怖がることはない。俺は創造神。ゆえに君を作った。創造神 ハヤトNo.8 はヒトを作る。』とその声が言ったのを。」


 それを聞いて、マヤコはハッと思い出した。確かにハヤトはその言葉を言った。あまりにぶっ飛んだ台詞だったからよく覚えている。

 もしかして…この人は…。


 マヤコは、ちょっと失礼…と言って、家須キヨヒトの近くによって匂いをかいでみた。

 セージのような、お香のような、何とも言えない良い香がした。


 この香をマヤコは知っていた。ハヤトがマヤコに見せるために作ったヒト型の香りだ。確かネジから作られた。


「人類を滅亡から救うため、君たち新しい人類を生み出すためにここにいる。」


 マヤコが言うと、家須キヨヒトは驚きで目をまん丸にした。


「何故それを?」


「その言葉をハヤトが発した時に、私は隣にいました。印象的な言葉だったから覚えていた。そして私はあなたが作られるところを見ていました。その時あなたはこの言葉を聞いていたんです。」

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